094


「東条。」

冬休みに入る前、花城が話しかけてきた。
時々話す仲だけど、花城から声をかけてくるのは珍しいことだった。

「おはよう!何?」
「おはよう…。あの、東条って…御幸先輩と会う?」
「え?まぁ…同じ寮だから…」

頷くと、花城は持っていた紙袋から本を1冊取り出し、俺に差し出した。…野球のルールの解説本。

「これ…。渡してくれる?先輩に借りてた本だから」
「え?いいけど…花城が渡せばいいのに」
「……。…別れたから」

呟かれた言葉を、俺は一瞬理解できなかった。

「……えっ?」
「じゃあ…。」

花城は追及を避けるように、さっと席に戻ってしまった。追いかけて行って詳しく聞くのは無神経だよな…。
でも、なんで…?悪い話は聞いてなかったし、最後に見たときも…仲良く見えたけど…。



***



夜、御幸先輩の部屋のドアをノックした。少し間が空いて、ドアが開いて――そこにいたのはいつも通りの御幸先輩だった。

「東条?何?」

不思議そうに言う御幸先輩の後ろに、荷造り中の鞄や荷物が見える。冬合宿に参加しない3年生の寮生のほとんどは、終業式の後そのまま帰省するからだ。御幸先輩もそうするつもりなのだろう。

「あの…これ…」

俺が本を差し出すと、不思議そうな顔をしていた御幸先輩はすぐに、表情を神妙に曇らせた。

「花城…が、渡してくれって…」
「……あぁ…サンキュ」

御幸先輩は短く言って、本を受け取るとすぐに「じゃあ」とドアを閉めた。
…緊張した…。けどあの様子…本当に別れたのかな…。

悶々としながら室内練習場へ行くと、すでに信二がバットを振っていた。

「お疲れ」

声をかけ、俺もバットを握る。

「御幸先輩に何の用だったんだよ?」
「いや…」
「もしかして球受けて欲しいって頼みに…」
「え!?違う違う」

ピッチャーから野手に転向したことをまだ引きずってると思ったのか、真剣な顔になる信二に首と手を振った。

「…花城から御幸先輩の本を預かってさ、渡しただけだよ。」
「なんだ。」
「……。」
「何?」

どうかしたのか?と俺の顔を見る信二。顔に出てしまったか。

「今日聞いたんだけど…」
「?」
「花城……、御幸先輩と別れたんだって」
「…え!!」

信二の声で、周りにいた奴らがなんだ何だと振り返る。
なんでもない、と誤魔化して、俺たちは外に出た。

「……マジ!?」

人がいなくなったところで、信二は堪えきったように言った。マジだよ、と俺が頷いても、まだ信じきれないような顔をしていた。

「え…なんで!?」
「それは知らないけど…」
「えぇマジ!?つーか…マジ!?」
「マジだって。信二驚きすぎじゃない?」

信二自身も自分の動揺具合を自覚しているようで苦笑した。

「だって…そんな感じ全然なかったし…」
「だよね…」
「…お似合いだったし…」

そう。お似合い。
二人ともすごくモテる。端正な容姿は言わずもがな、二人ともその実績でも学校では有名だ。
御幸先輩は野球部の主将で青道を甲子園に導いたヒーロー。
花城は成績優秀で新入生代表も務め、1年の時から生徒会役員を務めている。
御幸先輩のファンも花城のファンも、あの二人なら、という気持ちだった。

「へー…」

信二はかみしめるようにつぶやいて、ふと思いついたように言った。

「…麻生先輩が知ったら喜びそう」
「はは…だね」
「あと……倉持先輩」
「…降谷もね」
「あ、そうだった。あとは…誰かいたっけ…」

知っているだけでもポンポン名前が出てくるんだから、やっぱり花城ってモテるよなぁ…

「…お前は?」
「え!?…お、俺?」

ちら、と信二が俺を見てきて、俺は慌てた。何に慌てたかって言うと、顔が熱くなったことに慌てた。
そりゃ、俺だって、花城は美人だと思うし…性格も、可愛いと思うけど…
けどまさか、手が届くとは思ってないし…

「俺は…別に…。…し、信二こそどうなの?」
「お、俺!?いやいやいや、ないって。」
「……。」
「……。」
「……はは…。」
「…へへ」

お互いに赤くなってひきつった変な笑顔のまま、俺たちはごまかすように笑った。

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