賑やかな町



翌朝早くに私たちは出発した。

宿の人の話によると、町までは1日もあれば着くらしい。
その情報があるだけで足取りも気持ちも軽い。…はずなのだが。

「レイちゃん、顔色悪いぞ?大丈夫か?」
「大丈夫…」

出発して少ししたところで体調の違和感を感じ始めた。昨夜はよく休んだし、朝食もしっかり食べたし、問題はないはずなのに…。
きっと気のせいだ、と考えるようにした時、不意に腹部に鈍痛を感じた。
…まさか…。

「レイちゃん?」
「…大丈夫」

…じゃない。
生理…きちゃったかもしれない…!

どうしよう。そういえばこの世界の生理用品ってどうなってるんだろう?ナプキンみたいなものがあるのかな?いや、文明レベル的に、布を使うとか?あぁ、サラに聞いておけばよかった…!

「なあ、体調悪いんだろ?少し休んで…」
「大丈夫!」

それよりも早く街に着きたい。いや、でも急いだところで着くのは早くて今日の夜…。それに、街に着いても生理がなんとかなるわけじゃないし…。
リヒトに聞くわけに…いかないし。
ていうか、リヒトは男だし、リヒトだって別の世界から来たんだから、この世界の生理事情なんて知るわけないし。

ああもう、どうしたら…!

「…!」

下腹部にあの嫌な感覚が伝い、私は思わず立ち止まった。

「レイちゃん?どうした?」
「少し…待て、て」
「え?」

私は近くの木の陰に向かった。

「来ない、ね!」
「わ、わかった。ここにいる」

用でも足すと思ったのか、リヒトはこくこく頷いてこちらに背を向けた。まあ、半分間違いではない。
木の陰に隠れた私は周りを確認して、そっと下着を確認した。

そしてそこに溜まった赤黒い血を見て絶望した。
やっぱり…生理だ…。

汚れた下着を脱いで新しい下着を出し、怪我をした時用に幾らか持ってきていた清潔な布の切れ端も出して、下着に敷いて身につけた。これでひとまず大丈夫…。
汚れた下着は迷ったが荷物に入れるわけにもいかず、穴を掘って埋めた。

「…リヒト。」

声をかけるとリヒトは振り向いて、私に心配そうな顔を向けた。

「レイちゃん大丈夫?腹壊したなら良い薬草が…」
「ちがう!」

リヒトの横を追い越して先を歩くと、リヒトは慌てて謝りながら追いかけてきた。

しばらく歩いていくと、腹部の鈍痛がますます強くなってきた。リヒトに聞けば、鎮痛効果のある薬草の用意があるかもしれないけど、それには生理を打ち明けなければならない。
でも、どうやって?私はこの世界の、生理を示す言葉を知らない。もしかしたらリヒトも知らないんじゃないか?そんなこと、話す機会もなかっただろうし…。

サラはどうしてたんだろう…。
ああ、サラ。
母のようだった彼女の存在が、今は特に恋しい。

…これってホームシック?

「…なあレイちゃん、体調悪いんだろ?まだ先は長いし、俺にはちゃんと言ってくれなきゃ…」

リヒトが説得するように私に言う。
確かに私も我慢してあと数時間歩き続けるのは気が遠くなる思いだし、鎮痛薬が欲しい。

私は覚悟を決めて、リヒトを見上げた。

「私…。」

…って、どうやって説明すればいいんだろう。

「…お腹…痛い。」
「あ、やっぱり腹壊した?昨日の山菜かな…風呂の後に体が冷えたとか?まあいいや、ちょうどいい薬草があるから…」
「だから、ちがう!」

え?と、キョトンとした目で私を見るリヒト。

「あの…アレ…。女の子、の。」
「女の子の?」
「……。…月、いちかい、くる。」
「月…一回…」
「…血、も、流れる。」
「…あ。」

じわり、とリヒトの顔が赤くなった。

「あ、あぁ〜…ソレか…そっか、女の子だもんなぁ…」
「あの…だから、痛い…治す、ある?」
「あ!えーと鎮痛薬な!あるある、ちょうど昨日森で採ったのがある!」

リヒトは懐から麻布の包みを取り出し、開いて、深い緑の小さな葉をちぎって差し出した。

「これ、よく噛んで食べて!ちょっと苦いけど、効き目はいいから!」
「…ありがとう。」

歯を口に含むと青臭い匂いが鼻をつき、思い切って噛むと、舌が痺れるような苦味が口の中に広がった。

「…う〜〜」
「苦いよな…頑張れ」

ごくん。思い切って飲み込んで、これで少ししたら痛みから解放されるかもと思うと、少し気持ちが軽くなった。

「やっぱりちょっと休んでいくか?」
「大丈夫。急ぐ。」
「でも顔色悪いし…」
「大丈夫!」

強引に歩みを進め、完全に日が暮れてから、私たちは大きな街にたどり着いた。
真夜中だというのに、酒場の通りは人で溢れかえっていて賑やかだった。
町は飾り付けられていて、店先で楽器を演奏する人々もいる。
道には誰かが撒いたらしいたくさんの花びらが落ち、皆上機嫌で乾杯をして何かを祝ってるようだった。

「祭りかな。」

リヒトが言い、その眼は少し輝いている。
明るい彼のことだから、こういう賑やかな場が好きなのかもしれない。

「あ…体調はどうだ?とりあえず宿を探すか。」
「うん。もう、大丈夫。」

薬草の効果かもしれないが、もうほとんど腹痛は治まっていた。少し体はだるいけど、慣れているから平気だ。
宿を見つけたが、ここ3日はお祭りだそうで旅人が多く、一部屋しか空いていなかった。ただここは栄えた街だからか宿泊費も高く、どちらにせよ一部屋しか取れなかった。

「稼ぐ方法も考えないとなー、薬草を摘んで売るんじゃたかが知れてるし…」

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