私たちが森の出口に辿り着いたのは、2日後の昼過ぎだった。
この地域の気候なのか季節柄なのか、比較的暖かい気温のせいで体は汗ばんでベタついている。
お風呂に入りたい…。せめてシャワー、いや、水浴びでもいい。
「大丈夫か?」
私の元気がないように見えたのかリヒトが心配そうに尋ねてくる。私は笑顔を作って頷いて、前を見た。
あたりは草原が広がっていて、街道らしき道が伸びる先には集落らしき建物の集まりが遠くに見えていた。ゴールが見えていると自然と足も早まり、その日の夕方には集落にたどり着いた。
小さいながらも宿も見つかり、リヒトは森で摘んだ薬草を売って宿の資金を得た。
「俺がいてよかっただろ?」
得意げに言うリヒトに素直に頷く。彼にはずっと助けられている。旅路の安全だけでなく、この明るさにも。
「さて…おばちゃーん!部屋空いてるか?」
「はいよ、一部屋でいいかい。」
「おー、…お!?い、いや!別で…!」
突然慌てたリヒトの袖口を引いた。
「何?」
「ん!?あ、いや、同じ部屋じゃまずいからな。」
「あ…。」
そうか。男女で旅をしていると、そういう仲だと勘違いされるのか。確かに別の部屋の方が落ち着くけれど、リヒトは良い人だし、それに…私たちにはお金がない。稼ぐ手段もほとんどない。
「同じ、でいい。お金…ない。」
「え!?や、金は確かにないけど…!」
「一部屋なら30ポッチ、ふた部屋なら倍だよ。どうするんだい?」
「……。」
リヒトはしばらく唸って、顔を赤くして、声を絞り出した。
「お…なじ、で…。」
「はいよ。上がって左の部屋だ。」
宿屋の女性に鍵をもらい、あからさまに緊張しているリヒトと階段を上がった。
…なんか私、余計なこと言っちゃったかな?
2人で部屋に入ると、そこはベッドが二つだけ置かれた、簡素な部屋だった。
リヒトは黙って荷物を下ろし、ぎこちなく私から視線を逸らしている。いつも明るくて素直でまっすぐな彼が、こんなに奥手だとは知らなかった…。
「リヒト。」
「え!?」
挙動不審な彼は面白い。
「お風呂、ある…かな?」
「ふ、風呂!?あ、そーだよな、入りたいよな。ちょっと聞いてくるわ!」
リヒトはバタバタと慌てて部屋を出ていってしまった。あまり刺激しないでおいてあげよう…。
私は部屋の窓辺に近づき、外を見る。この小さい集落は、何人かの行商人が立ち寄っている以外はここの住人らしい。皆畑の世話をしたり、家畜の世話をしている、のどかな場所だ。
私はふと、あの日の夜、窓の外でサラと話していたソーマの姿を思い出した。きっとあの時、ソーマが出て行ったんだ…。
「レイちゃん!」
慌ただしくリヒトが戻ってきた。
「一階に風呂があるってよ。行くか?」
「あ…うん!」
私たちは着替えを持ってお風呂へ向かった。
風呂場の前でリヒトと別れ、私は女湯に入る。
久々のお風呂を堪能し、すっかりリフレッシュして、少し元気が出た。
お風呂から出るとリヒトはすでに部屋に戻ってきていた。
「あ…レイちゃん!まだ時間も早いし、俺、ちょっと聞き込みがてら村の中を見てくるよ。」
「聞き…?」
「ソーマを見た人がいるかもしれないだろ?」
そうか。確かに森を出て一番近い人里はここだ。ソーマがここに立ち寄った可能性は高い。
「私、も行く。」
リヒトは頷いて、私たちは一緒に宿を出た。
のどかな村を歩いて、畑のそばで立ち話をしていた村人に、リヒトが声をかける。
「すみません。」
立ち話をしながらも私たちの存在を気にするように見ていた村人たちは、少し緊張した面持ちでリヒトを見た。ここは旅人は珍しいのかもしれない。だとすればソーマも目立ったはずだから、情報に期待が持てる。
「人を探しているのですが…俺たちと同じくらいの年ごろの、黒髪で長剣を持った男がここを訪れませんでしたか?」
村人は顔を見合わせた。
「それなら…昨日いた奴かな?」
「! いたんですか?」
リヒトの反応が気になったが、話の腰を折らないよう、私は黙っていた。
「そんな見た目の男がいたけど…一晩泊まって昨日、どこかへ行ったよ。誰とも話さず、この辺りじゃ珍しい顔つきだったから、よく覚えてるよ。」
村人は言って、私を見た。
「そういやお姉さんはそいつと雰囲気が似てるかもな。身内かい?」
「…そんなとこです。」
リヒトが少し寂しそうに頷く。
「悪いが、どこへ行ったかまではわからんのだが…北の出口から出て行ったから、街道通りに進めば北西の大きな町に行ったはずだよ。」
「ありがとうございます!」
リヒトが頭を下げたので、私も習って頭を下げた。村人たちのもとを離れ、また道を歩きながらリヒトは噛み砕いて教えてくれた。
「ソーマらしき男が、昨日までここにいたらしい。」
「え…!」
「多分、北西の町に行っただろうって。俺たちも今晩休んだら向かってみよう。」
「うん。」
それから私たちは少し村の中を見て回った。この世界に来てから、あの塔での生活しか知らなかった私たちにはこの小さな村の生活も新鮮で、楽しい時間だった。
すっかり日が暮れてから宿に戻り、森でとっておいた山菜と干し肉で夕食を済ませた。
部屋の中はランタンの頼りない灯りだけがともり、ぼんやりとリヒトの顔が見える。その顔は緊張で固まっていて、いつもまっすぐに私を見る彼の無邪気な目は、今はずっと伏せられそらされている。
ベッドに入るために私が窮屈なベルトを外すと、リヒトはぎょっとして私を見て、慌てて目を逸らし、さっさと自分のベッドに入って布団をかぶってしまった。
「おやすみ!」
決意するような言い方がおかしくてこっそり笑いながら、私もおやすみと返し、ベッドに入る。
ランタンを消すと部屋は真っ暗で、私は久々のベッドの安心感ですぐに眠りについた。