創世の物語



『だから、ちげぇって。これは最初の文字は発音しねぇって何度も言ってんだろ。』
『え〜…さっきのと何が違うの?』
『だーかーらー…』

この森の中の塔で暮らし始めて数日。
私はソーマにこの世界の言葉を習い始めた。
彼は愛想はないがなんだかんだ面倒見が良く、根は悪くない人のようだ。

ソーマが言うにはこの塔で生活している人は皆別の世界から来たらしい。

はじめは困惑したが、私自身、気が付いたらここにいた。
ここで生活する人皆がそうだといわれても納得するしかない。
なんでもこの森には魔力のひずみが生じている場所があり、時々別の世界から人間が迷い込んでくるのだとか。

そして私とソーマは偶然にも、同じ世界の地球の同じ国、日本から来た同郷の人間というわけだ。
私は彼がいてくれて運がよかったと思う。でなければ、この状況を知ることも難しかっただろうし、言葉を覚えるのももっと苦労したと思うから。

この塔には建物内の一室に図書室があり、私はいつもこの部屋で、子供向けの本(だとソーマは言う)を使って文字や会話を勉強している。

「お、やってるな」

向かいの椅子を引いて座った青年が、楽しそうに私の手元をのぞき込んできた。
赤毛で人懐こい顔の彼はリヒトと言って、彼も別の世界から来た人間だ。

「邪魔するなよ。」

いつも通り愛想のないソーマはリヒトをにらんだ。

「まーいいじゃん、息抜きも必要だろ?なっ、レイちゃん!」
『え?』

リヒトが笑って私に何かを言ったけど、まだ言葉がちゃんとわからず聞き取れなかった私は曖昧に笑って首を傾げた。

「言葉通じてねえぞ。」
「通訳しろよソーマ。」
「嫌だよめんどくせぇ…」
「相変わらず愛想がねぇな〜」

この二人は同年代ということもあって仲がいい。ソーマは私に言葉を教えるとき以外ではこのリヒトと釣りをしたり狩りに行ったりしている。

『ほら、もう一度初めから読んでみろよ。』

ソーマは私に子供向けの本のページを指して言った。

「…さいしょ に やみ が あった。

…やみは、ながい…ながい、ときの はざま に いきて…いた。」

「お、上手じゃん。」

リヒトが小さく拍手をして、ソーマが「うるさい」とにらむ。

「やみは、あまりに…ながい あいだ、
さびしさ の…なかで くるしん…だ、ため、
ついに なみだを…おとした。」

私はページをめくる。

「なみだから…ふたりの きょうだい が うまれた。
けん と たて …である。」

言葉は発音できてもたどたどしく、文章の意味は分からない。

「けん は、すべてを…きりさく、ことが できると…いい、
たては…いかなる ものにも、きず…つけられない、とこたえた。」

ページには抽象的な、輝きを放つ剣と盾の挿絵が描かれている。

「そして ふたりは たたかう…ことと、なった。
たたかい は なのか…ななばん、つづいた。」

私はページをめくった。

「けん は たて を きりさき
たて は けん を くだいた。」

そのページには、先ほどの剣と盾が粉々になって描かれている。
そして隣のページ。

「けん の…かけらが ふり そそぎ、そら と なった。」

粉々になった剣が、空一面に散らばった絵。

「たて の かけらが ふりそそ…ぎ、だいち と…なった。」

粉々になった盾が、地に降り注ぐ絵。

「たたかい の ひばな…が、ほし と なった。」

剣と盾の輝きが、ぽつぽつと輝く星のように散りばめられ描かれている。
そして最後のページをめくる。

「そして…けん と たて を かざって…いた
にじゅう…なな の ほうせき、が
にじゅうなな の しん の…もん、しょう?と なり、
せかいが うごき はじめた…ので、ある。」

最後にページには、美しい27個の宝石が描かれている。
その宝石に刻まれた文様に、私は見覚えがあった。
ソーマに初めてこの本を渡され、このページを見た時から、まさか、という思いがあった。

「うまい、うまい。もうこんなに読めるようになったのか。」

ぱちぱちぱち、と拍手をしてくれたリヒトにはにかんで、私はソーマを見た。

『この本、どういう内容なの?』

ソーマは面倒そうにため息をついたものの、本を手に取って少し眺め、翻訳を始めてくれた。

『…最初に『やみ』があった。
『やみ』は長い、長い時のはざまに生きていた。

『やみ』はあまりに長い間さびしさの中で、苦しんだため、ついに『なみだ』をおとした。

『なみだ』から二人の兄弟が生まれた 『剣』と『盾』である

『剣』は、全てを切りさくことができると言い 『盾』は、いかなるものにも傷つけられないと答えた。

そして二人は戦うこととなった 戦いは7日7晩続いた。

『剣』は『盾』をきりさき、『盾』は『剣』をくだいた。

『剣』のかけらがふりそそぎ、空となった。
『盾』のかけらがふりそそぎ、大地となった。
戦いの火花が星となった。

そして、『剣』と『盾』をかざっていた27の宝石が 『27の真の紋章』となり、世界が動きはじめたのである。』

ぱたん、と本を閉じ、置くソーマ。
…やっぱり。この本は…。

私が好きだった、あのゲームの、創世の物語。

だとすればこの世界は…。
あのゲームの世界だということ?

「なあ、勉強はこのくらいにして、狩りにでも行こうぜ。レイちゃんも一緒に、どお?」

ソーマが閉じた本に手を置いて、リヒトが身を乗り出して言った。

「こいつは邪魔だろ、虫に悲鳴上げるような奴だぞ?」

ソーマが嫌そうに何か答える。

「いやいやでもさ、ここで生きていく上で狩りくらいできないと、困るのはレイちゃんだろ?言葉を覚えるのと同じくらい、大事なことじゃないか。」
「……。」

そしてリヒトに何か言い返されて、ソーマはぶすっと不貞腐れ、私を睨んだ。

『狩りに行くぞ。準備してこい。』
『えっ?狩り?私も?準備って何?』
『……。もういい。とりあえず来い。』

不機嫌なソーマと上機嫌なリヒトが立ち上がり、私を促して図書室の出口へ向かう。
私はその二人の後を追い、少し駆け足になった。

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