ふたりの旅立ち



夕食時、ソーマはいつもと変わらぬ様子だった。

皆で食事を終えて、私とサラとドレンで片づけをして、リヒトは忙しそうに自室へ、ソーマは一人でふらりとどこかへ行った。
片づけを終えて自室へ戻り、窓を閉めようと窓辺に近づいたとき、眼下の暗闇の中で人影が動いたように見えた。
月明かりの中にかすかに見えたそれは、サラとソーマのようで、何かを話し込んでいる。

と、部屋のドアがノックされ、私は視線を外した。

「はい。」
「レイちゃん、開けてくれー」

リヒトの声がした。ドアに近寄って開けると、木のマグカップを持ったリヒトが立っていた。

「これ。滋養強壮の…あ、えーと…元気が出るお茶!やっぱり心配でさ。これ飲んでよく眠ってよ。」

リヒトは簡単な言葉を選んでそう言って、温かいお茶の入ったカップを差し出してくれた。夕食後、急いで自室へ行ったのはこれを作ってくれていたらしい。

「ありがとう。」

私はカップを受け取って、一口飲んだ。少し身構えたが、かすかに薬草のような味がしただけで、飲みやすいお茶だった。

「あ、こんな時間に部屋には入らないから安心して。」

リヒトが両手を挙げてそう言った。確かに彼は、ドアの一歩手前から動いていない。

「俺って意外と紳士だろ?」

そしてウインクしてそう冗談のように言うものだから、私はつられて笑った。

「じゃあねレイちゃん、おやすみ〜。」
「おやすみなさい。」

リヒトが帰っていき、私はドアを閉める。
再び静かになった部屋の中で、私は窓辺へ戻り、外を見た。

ソーマもサラもすでに姿はなく、静まり返った庭を見て、私は窓の戸を閉めた。

リヒトにもらったお茶を飲むと体がポカポカしてきて、その夜はよく眠ることができた。


そして朝、朝食のためキッチンへ行くと、サラから驚くことを伝えられた。

「レイちゃんとリヒトにも伝えておかなきゃね。」

サラが改まってそう言うものだから、サラダを取り分けていた手を止めて、私とリヒトはサラを見た。

「昨晩、ソーマがここを出て行ったんだよ。」
「え!?」

リヒトが声を上げ、私は言葉を失った。

「なんでだよ!あいつ俺を置いていきやがったな!?」
「何か悩んでたようだったし…一人になりたいのかもしれないよ。そのうち戻ってきてくれるかもしれないし。」
「そんなのんきなこと言って…」
「ずっとここで生活していくほうが大変さ。これまでも、別の場所へ移った人はたくさんいただろう?」
「だけど…誰も戻ってこなかったじゃないか!」

リヒトは怒ってキッチンを出て行ってしまった。
ソーマ…私のせいかもしれない。私が、力を使えなかったから…。

「レイちゃんも、同郷のあの子がいなくなって寂しいかもしれないけど…私たちがいるから心配しなくていいのよ。」
「あ…。はい…。」

私は寂しさを覚えて、サラダを取り分けようとしていた木のお皿を一枚、棚に戻した。

その日の食卓はあまりに静かで、もの悲しかった。
早々に食事を終えて庭に出ると、シカ肉や魚がたくさん干されていた。

「あいつ、出ていく前に一仕事していったな。」

急に背後から声がかかって振り向くと、少し目元の赤いリヒトがいた。

「リヒト…」
「俺に何も言わずにあいつ…」

ここではいつも、ソーマとリヒトが狩りと釣りをして食材をとってきてくれていた。その人手が足りなくなるから、せめてもと保存食を置いて行ってくれたのだろう。なんて準備のいい…そして、親切な。

「…私…ソーマ、探す…したい。」

ソーマはきっと、ここにいて皆を傷つけることを懸念して出て行った。でも、私がこの光の紋章を使うことができたら…ソーマに何か、してあげられるかもしれない。皆のことが大切なのに、皆が幸せな姿を見ているとあの力に邪魔され、ソーマはここでの生活を諦めた。そんなのは、悲しい話だ。

「探すったって…。」

リヒトは私を見て困ったように眉を下げた。

「ソーマに、会う」

うまく伝えられたかはわからない。だけど私がここへ来た意味は、この右手に宿ったものの意味は、きっと、ソーマと関係があるはずだから、彼を追いかけなければいけない。
なぜか強い焦燥感をもって、私は確信していた。

「……。」

リヒトはしばらく考え込むように黙って私を見つめ、意を決したように唇を結んだ。

「…わかった…じゃあ、俺も一緒に行く。」
「え…。」
「え、って!レイちゃん一人で行くのは無茶だろ?それに、今から追いかければ、ソーマに追いつくかもしれない」

私は胸に安ど感が広がるのを感じた。

「うん…ありがとう。」
「じゃあ、急いで準備するぞ。」
「うん。」

私はリヒトと塔へ戻り、荷造りをした。革袋にかさばらない程度の着替えを入れ、毛布やランタン、油、短刀に弓に矢、火打石や干し肉…。
一通り用意できる範囲で荷物をまとめ、二人でサラとドレンを探して畑に向かった。

思った通り、サラとドレンは畑で野菜の世話をしていた。荷物を背負った私たちを見て二人は目を丸くして手を止め、だけどすぐに察した目をした。

「俺たちも出ていくことにした。」

リヒトが言うと、サラがエプロンで手をふきながらこちらに歩いてくる。

「出ていくって…レイちゃんも?危険じゃ…」
「リヒトが一緒なら、大丈夫だろう。」

ドレンも鍬を置いてやってきて、リヒトを見た。

「ソーマを追いかけるんだろう?」
「うん。」

リヒトが力強くうなずく。

「しっかり守れよ。」

ドレンがリヒトの肩に手を置くと、リヒトはちょっと気恥ずかしそうにはにかんだ。

「まったくもう、皆して急なんだから…。ちょっと待ってて。」

サラが何やら急いで塔に走っていった。
その背中を見やり、ドレンは穏やかな笑顔を浮かべる。

「まあ…ここのことは心配すんな、俺たちは俺たちでのんびりやってくからよ。」
「ドレン、ごめん。」
「なぁに、子供が巣立つようなモンだろ。たまには顔見せにきてくれよな。」
「あぁ。」

そこへ、サラがふうふう息を切らしながら戻ってきた。手には何やら抱えている。

「ふぅ、ふぅ…ほら、これも持って行って。甘い焼き菓子だから日持ちするはずよ。それと、干した果物と…これは今日の昼食にしようと思ってたパン。早めに食べてね。」
「おいおい、多すぎても荷物が増えるだろ。」
「だけどお腹いっぱいでで困ることはないわ。それから大事な、これ。」

サラはエプロンのポケットから、何か小さなものを取り出した。
それは華奢なチェーンのついた、金色のペンダントだった。

「メダイユよ。ここの塔はね、昔は修道院だったのよ。だからこういうものが地下室にたくさん残っているの。私はね、ここを出ていく人たちに、いつもこれを持たせているのよ。外の世界で出会っても、ここの出身だってわかるように…そして、皆いつも一緒にいると伝えるためにね。」
「……。」

サラの言葉のすべては理解できなかったが、断片的な言葉と、そしてリヒトの目じりが赤くなったのを見て、私は大事にそのペンダントを受け取った。

「あ、つけてあげるわね。」

するとサラが、私とリヒトにペンダントをつけてくれた。

「それじゃ…ふたりとも、気を付けて。」
「いつでも帰って来いよ!」

サラとドレンに見送られ、私とリヒトは歩き出した。

「行ってきます!」

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