010



「なあ、聞いたか?館の牢にいる二人組。」

翌朝、館内は昨日の出来事の噂で持ちきりだった。

「ああ、突然港に姿を現したっていう、あの?」
「そうそう。女のほうは妙な紋章を持った紋章使いだって話だぜ。突然姿を現したのも、その女の術じゃないかって」
「そんな紋章があるのか?聞いたことないぞ。」
「そもそもなんでこのラズリルに?」
「それが、クールークのスパイじゃないかって噂だ。妙な紋章は、やつらの開発した兵器だってさ」
「はあ?そんな話…。」
「それより、その女、かなりの美人だって噂だぞ。」
「なに、本当か?」
「俺の仲間が、昨日牢の見張りだったんだ。この辺じゃ見ない、儚げな美人だってよ。…あ、カイ!」

うわさ話に花を咲かせる集団の一人が、不意に自分を呼んだのでカイは驚いて振り向いた。

「お前も、昨日の騒ぎを見たんだろ?」
「美人だって本当か?」

「…ちょっと、君たち。」

自分を取り囲んだ同僚たちに戸惑う間もなく、隣のスノウが咎めるような声を挟んだ。

「彼らのことは調査中だ。任務のことを面白おかしく噂するなんて、気が緩んでるんじゃないのか?」
「あ…すみません、スノウ様。」

同僚たちは水を浴びせられたように興を覚まされた様子で解散していった。

「まったく…。」

スノウは彼らの背中を見送ってため息をつき、カイに向き直った。

「…だけど…本当に彼らは一体何なんだろうね?カイ、君はどう思う?」

スノウの目がカイを窺ったその時、向こうから駆け寄ってくる足音が響いた。

「スノウー!カイー!おまたせー!」

それは騎士見習いを卒業してからパーティーの仲間となったジュエルとケネスだった。

「ねえ!昨日捕まった男の人がすっごいイケメンってほんと!?」
「…ジュエル…」

そして開口一番悪気なく放たれた言葉に、スノウはあきれた様子で目を細めた。



***



「ああ、カイ、それも運んでくれるか?牢の人たちの食事なんだよ。」

夕食時、団長の食事を下げてきたところ、調理番のフンギに声をかけられてカイはうなずいた。
カウンターには一つのトレーに二人分の食事が収まっている。それを持って、カイは牢へと向かった。

牢の前へ行くと、見張りの兵はうとうとと舟をこいでいた。カイはそれを起こすことなく、まず牢に近寄った。

「あ…なあ!俺たちはいつここを出られるんだ?」

カイに気づいたリヒトが立ち上がり、近寄ってきてそう尋ねた。カイは食事を差し入れて、リヒトに向き直った。

「僕は何も…。」
「俺たちが何をしたっていうんだよ?何もしてないだろ?もう丸1日だぞ!」
「リヒト。」

青年の後ろで、静かに座っていた少女が立ち上がった。初めて見た時も思ったが、噂にもなるだけあって、どこかミステリアスできれいな子だ、とカイは思った。

「大声を出したら起きちゃうよ。」

レイはそう静かな声で言って、今も舟をこぐ見張りの兵に目をやった。見張りの目なら自分もいるのに、何を不思議なことを言ってるんだろう、と考えたカイの前に、レイが歩み寄ってきた。

「あなたに話したいことがあるの。」

彼女の言葉のイントネーションはどこか不安定で、その容姿も相まって異国の出身であることを匂わせている。レイは、太い鉄格子を白魚のような手で握った。つやのある薄桃色の貝殻みたいな爪がきれいだと、カイは思った。

「私たちは友達を探して旅をしてるの。」

レイが話し出すと、リヒトも真剣な顔になった。カイは、嘘ではなさそうだ、と直感で感じた。

「同じ場所で育った友達。今危険な状態なの。今すぐにでも探しに行きたい。」
「……。」
「ここから出してくれたら、私たちはすぐにこの島を出ていく。それならあなたたちに害はないでしょ?」
「……。」
「お願い。団長さんに話して。」

レイのすがるような目は、それでも媚びたところがなくまっすぐで、カイは胸に苦しさを覚えた。

「…わかった。」

カイは気づけばうなずいて、同僚を起こすのも忘れて、牢を離れた。



***



「お前のほうから来るとは、珍しいな。どうした?」

カイが団長室を訪ねると、グレンはひとりで剣の手入れをしていた。グレンは剣を鞘に納めてカイを見た。

「あの…捕らえた二人組のことですが」
「ああ…」

昨日からその件で忙しいのだろう、グレンは少し疲れた様子で立ち上がる。

「何かわかったんですか?」
「…何もわからん。クールークに動きはないし、島内にも何も変わった様子はない。あの者たちも昨日の件は何もわからないの一点張りだ。」
「…彼らをこの島から出すのでは、ダメなんでしょうか?」
「何?」

グレンの鋭い目がカイを射抜くように見た。

「さっき食事を運んだ時…言われたんです。ここから出ていくから、開放してほしいと。」
「何か話したのか?」
「…友達を探して、旅をしてると言っていました。その友達が危険だから、すぐにでも探しに行きたいと…。嘘はついてないと…思います。」

グレンは歩いてきて、机の燭台に火をともした。

「お前がそんなに意見するのは珍しいな。」
「……。」
「…俺も…あの者たちをスパイだと疑ってるわけじゃない。だが、領主が許可しないのでは…。」
「……。」
「……。まあ、お前はこの件は気にするな。明日は特別任務だろう。領主にはまた、俺から話をする。もう休め。」
「…はい。」

カイはしっかりと敬礼をして、団長室を後にした。

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