009



空気を切るような音、そして目の前を覆いつくす光の白さ。

それは一瞬で、気が付くと私たちは、白い石造りの建物が並ぶ大きな港のような場所に立っていた。
となりにはリヒト。一緒に飛ばされたことを確認して安堵したのもつかの間、突然現れた私たちに人々が驚いて悲鳴を上げ、港は大騒ぎになってしまった。

「なんだお前たちは!!」
「ど、どこから現れた!?」

港を歩いていた兵士たちが剣を抜き、私たちを取り囲む。

「うわあ!?ちょ、ちょっと待ってください!俺たちもなにがなんだか…!」

リヒトが慌てて説明しようとするも、訝しむ視線が私たちに降り注がれる。

「何の騒ぎですか?」

するとそこへ落ち着いた声が響いた。兵士たちが振り向いてその人物を見ると、少し慌てて身をただしたのが分かった。

「あ…スノウ様。いや、今…こいつらが突然ここにあらわれて…」
「突然現れた?」

人ごみの中から現れたのは、見慣れたキャラクターによく似た容姿の、二人組の青年だった。
一人は品のいいプラチナブロンドの髪に色白の貴族風の青年、もう一人は健康的に焼けた肌に亜麻色の髪、そして海をそのまま映したような深い青の瞳が印象的な青年だ。
兵士も言っていたし間違いない。この二人はスノウと、ゲームの主人公だ。

「君たちは誰だい?」

スノウが堂々とした様子で近づいてきて、私たちを窺うように見た。

「お…俺はリヒト。こっちはレイ。旅をしてて…森で変な女の子に会って、気づいたらここにいたんだ」
「森?変な女の子…?」

スノウの目がいぶかしげに細まっていく。それはそうだろう。
リヒトは正直に話しているだけだが、この島に森なんてないし、変な女の子だなんて、支離滅裂もいいところだ。

「それより…ここはどこなんだ?」

だけどそう混乱した様子で言うリヒトを見て、スノウは少し警戒を解いた様子だった。

「みんな、剣を収めてください。ひとまず僕の父上と、団長に報告しましょう。」

スノウの言葉で、そうだそうだと兵士たちは動き始めた。

「あなたたちは、僕たちと来てください。」

そしてスノウにそう言われ、私とリヒトは彼らに連れられて騎士団の館へと向かうことになった。



***



石造りの重厚な館。その薄暗い廊下で見張りの兵とともに待たされて、しばらく時間が過ぎた。
やがて目の前の扉が開き、主人公の青年がこちらにやってきた。

「一緒に来てください。」

それだけ言って、彼は私たちが立ち上がるのを待って、踵を返して部屋の扉を開けた。
部屋に入ると、中にはスノウの他に、グレンとカタリナ、領主でありスノウの父親でもあるフィンガーフート伯がいた。

「この者たちが?」
「そうです。」

グレンの問いに短くうなずくスノウ。私とリヒトは怪しむような視線にさらされ、居心地悪く佇んだ。

「…あの!俺たち、怪しいもんじゃないんだ!」

するとリヒトが進み出て、私をかばうように立った。

「気づいたらここにいて…俺たちも困ってるんだよ!」
「それを手放しで信じられると思う?」

冷たく突き放すようなカタリナの言葉にリヒトは息をのみ、グレンはそんなカタリナを制するように目をやった。

「お前たちの狙いは何だね?」

そして遠慮のないフィンガーフート伯の問い。彼は完全に私たちの素性を疑っているようだ。

「狙いなんて…。俺たちも何が何だかわからないんだ。」

リヒトは私をかばう姿勢を崩さず、素直な態度でそう答えた。

「お前たちはどこから来たんだ?見たところ、このあたりの出身ではなさそうだが」

グレンが落ち着いた態度で尋ねてきた。

「俺は…。」

リヒトが言いよどむ。だって私たちは、あの塔がある森の地名すらしらないのだ。
知っているとすれば…。

「…エルメダ修道院」

それは、あの塔の朽ちたレンガに打ち付けられた、錆びた青銅のプレートに刻まれた、すでに忘れ去られているであろうあの建物の名だった。
私がつぶやくと、全員の視線が私に突き刺さった。

「何?」

グレンの低い声が重くのしかかる。

「森の中にある…今は孤児院です。私たちは、物心がついた時からそこで育ちました。つい先日、二人で旅に出たところで…。森から出る前に、突然、不思議な女の子が目の前に現れたんです。…さっきの私たちみたいに」

皆が耳を澄ませて私の話を聞いている。

「その女の子がくしゃみをしたら、目の前が真っ白になって…次の瞬間には、さっきの場所に立っていました。」
「そんな話…。」

信じられない、と言いたげに、カタリナが首を横に振った。

「だが、嘘を吐いているようにも見えん。」

グレンが言うと、カタリナとフィンガーフート伯が目を丸くして彼を振り返った。

「グレン殿、まさかこんな怪しい奴らの言うことを信じるおつもりか!?こんなデタラメな話…!どうせクールークのスパイに決まってる!」
「す、スパイ!?違うよ俺たちは…」
「とにかく、牢に入れて見張っておくべきだ!こんな奴らを私の領地に野放しにすることは許さんぞ!」

フィンガーフート伯の怒りの言葉にグレンとカタリナは少し疲れをにじませた顔で目を見合わせた。

「…では、ひとまず処遇を決めるまでは見張りをつけさせてもらう。」

グレンが言うと、それを合図に部屋の出入り口にいた兵士が私たちに近づいて、素早くリヒトの弓を取り上げた。

「あっ!?おい、それは…!」
「一応、預からせてもらう。悪いが、こちらもここを守る義務があるのでな。心配しなくても、捨てたりはせんよ。」

グレンの言葉でリヒトはぐっと言葉をこらえた。

「…団長!この女、妙な紋章を持っています。」
「何?」

すると私の背後にいた兵士がそう言って、グレンが眉を寄せ、途端に部屋の空気が張り詰めた。
私は右手を胸の前にあげ、その甲にあるあざを見る。

「…確かに見ない紋章だ。それは何だ?」

私は言葉に詰まった。私自身、これが何なのかわからないのだ。

「…これは…。」
「ほら見たことか!説明もできぬ、得体のしれぬ紋章を宿した女など、怪しいものだ。やっぱりスパイなのだろう!」

フィンガーフート伯が意気揚々と私を責め立て、リヒトがその顔にいら立ちをにじませた。

「…ごめんなさい。私にもわからないんです。」

だけど私はそう答えるしかなかった。
グレンは苦い顔をしてしばらく私を見つめ、兵士に視線を移した。

「…すまないがしばらくは牢にいてもらう。安全だとわかるまでは、従ってくれ。」
「大丈夫です。従います。」
「え…、ええ!?レイちゃん!」
「リヒト、言うとおりにしよう。」

私がなだめるようにリヒトに言うと、グレンは低い声で、そうしてもらえると助かる、と言った。



***



私たちは荷物を取り上げられ、一緒に館の1Fの牢に入れられた。牢には簡易ベッドしかなく、目の前の廊下には見張りらしき兵が立った。
まさかこんなことになるとは。普通こういう異世界トリップって、初めからみんなと仲良くうまくいくものだと思っていたけど。現実的に考えれば、彼らは領海の治安を守る騎士団。私たちみたいな素性のわからない怪しい人物を、簡単に信用するわけがなかった。

「レイちゃん、大丈夫?寒くない?」
「大丈夫。」

ひとまずベッドに腰を下ろし、一息つく。おとなしく従ったほうが、グレンの心証がよくなると思ってそうしたけど、いつまでここにいればいいんだろう。

「…だけど、レイちゃんがあんなふうに言えるなんて驚いたぜ。」

見張りに聞こえないよう声を潜めて、リヒトがからかうように笑いながら隣に座ってきた。

「あんなって?」
「孤児院で育ったとかさ。本当のことを言ったらまた怪しまれるだろうから、よかったよ。」
「でも、嘘ってわけでもないでしょ?」
「ははは、そうだけど。孤児院…確かにな。俺もレイちゃんも…ソーマも、ここでは孤児みたいなもんだな」
「…でも、サラとドレンは…お母さんとお父さんみたいだった」
「…そうだなぁ…俺も、みんな家族みたいだって思ってたよ。」

しみじみとほほ笑んだリヒトが私を見つめ、あっ、と急にあわてた。

「いや、でも、レイちゃんがきょうだいだと困る!」
「えっ?なにそれ…。あはは。」

私が笑うと、リヒトは顔を赤くしてはにかみ、頭をかいた。

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