006



ソーマにはああ言ったけど、私はいてもたってもいられずに、ソーマの部屋を出た後森へ向かった。

いつもはリヒトやソーマと歩く森の中は、一人だと少し不安で、木々のざわめきが嫌に大きく聞こえた。

記憶を辿って祠を目指して歩いていくと、ふと、耳元に誰かがささやいたような気配を感じた。

一瞬立ち止まって耳を澄ますものの、何も聞こえない。
私は息をのみ、意を決して、進み続ける。

すると…

「…こ…らへ……」

かすかに声が聞こえてきた。小さいが、はっきりと聞こえる。
耳元でささやかれているような、頭の中で響いているような、どこから聞こえてくるのわからない不思議な声。だけど、それはソーマが言っていたような恐ろしさはなく、優し気な柔らかい声だと感じた。

「こち…へ…」

「…こちら…へ…」

「…こちらへ…。どうか…こちらへ…。」

声はだんだんとはっきりしてきた。誘われるままに進んでいくと、木々の間が開け、ぽっかりとあいた広い場所に、小さな小屋ほどの大きさの、白い石造りの祠がたたずんでいた。
祠は苔と蔦に覆われ、森に飲み込まれそうになっている。

「こちらへ…。」

また声が聞こえた。閉ざされた扉の隙間が、一瞬白く光ったように見えた。

いったい何が起きるのか…。私もソーマのようになってしまうのか?
でも…そんな恐ろしいもののようには感じない…。
ソーマを助けるためのなにかが、ここで見つかれば…。

私は息をのみ、祠に近づいた。
すると、ズズズ、と乾いた音が響き、石の扉が震え始めた。苔むした鍵穴が、ズリズリとこすれて音を立てながらひとりでに回り、ガコン、と低い音を響かせる。
数秒の静寂ののち、石の扉がまたひとりでに震え、ズリズリと音を立てながら、ゆっくりと開いた。

「!」

中からはまばゆい光がはなたれ、私の目の前は真っ白に覆われた。

「救って…。」

頭の中に声が響く。
悲しげで、やさしい声。だけどとても苦しい、焦ったような声。

「どうか…救って。闇を…。」

その声を最後に、私の意識は途切れた。


「光の子よ…。」



***



「…!」

気が付くと、私は草の上に倒れていた。
起き上がって見上げると、祠の扉は固く閉ざされ、その隙間には苔と蔦が入り込み、もう途方もなく長い間開かれていないような顔をしてたたずんでいた。

立ち上がって自分の身を確認すると、右手の甲に見慣れないあざを見つけた。うっすらと赤いやけどの跡のような、まるでさっき扉から放たれた光線の光景のような形をしたそれは、触れるとほのかにあたたかく、鼓動が伝わってくるような気がした。

声は聞こえなくなっていて、私は考えを巡らせる。

ソーマの言った通り、ここでは思いがけないことが起きた。だけどこれは、彼が思っていたようなものではない…と思う。もしかしたら、これで、ソーマを助けられるんじゃ…。

私はその思いに駆られ、来た道を急いで引き返した。



***



塔に戻ってくると、庭にはリヒトとソーマがいた。

「あ…レイちゃん!どこ行ってたんだ?」

笑顔で駆け寄ってくるリヒトの後ろで、ソーマが愕然とした顔で私を見つめている。
私はソーマを目の前にした瞬間から、またあの声が頭に響いてきていた。

「救って…。彼を…救って…!」

うるさいほどに頭の中に呼応するその声に、私は頭痛を覚え、思わず頭を押さえた。

「レイちゃん、どうした?」

駆け寄ってきたリヒトが心配そうに私の顔を覗く。私は大丈夫だというようにリヒトを見て、ソーマに視線を移した。
ソーマはたじろぐように一歩退いた。
多分、そうだ…。ソーマも今、私と同じように、何か声が聞こえているんだ…。

「ソーマ…。」

名前を呼んで近づこうとすると、ソーマは狼狽えて叫んだ。

「くっ…来るな!」

リヒトがぽかんとしてソーマを振り返る。

「はあ?どうしたんだよ、ソーマ?」
「うるさい!来るな!」

ソーマは逃げるように塔に駆け込んでいってしまった。

「どうしたんだ?」

リヒトはきょとんとして私を見た。

「ちょっと…行ってくる。」
「え…?」

私はソーマのあとを追い、塔に入った。
回廊にはすでにソーマの姿はなく、薄暗い階段を駆け上り、ソーマの部屋のドアを開けた。

『!く…来るなって言ってんだろ…!』
『ソーマ!』

ソーマは床でうずくまり、自分の左手を掴んで悶えていた。

『近づくなっ!!』

駆け寄った私をソーマが突き飛ばす。だけどその力よりも、ソーマの周りから放たれた目に見えない衝撃波が、強く私の体を打った。ソーマの中にある何かが、全力で私を…いや、私の中に入ったこの力を拒んでいる。そう感じた。

「レイちゃん!?」

その音を聞きつけたのか、もともと様子をうかがっていたのか、リヒトが部屋に飛び込んできた。ソーマは苦し気にしながらも慌てた様子で立ち上がり、平静を装い始める。リヒトは私に駆け寄り、肩を抱き上げた。

「ソーマ、何したんだよ!?」
「うるせーな!いいからそいつ連れてさっさと出て行けよ!」
「はあ…!?どうしちまったんだよ!何が…」
「いいからさっさと出てけ!!ぶっ殺すぞ!!」

さすがにソーマがここまで言うのは初めてだった。リヒトはぎょっとして押し黙り、後から怒りがわいてきた様子で、私を抱き上げるようにして部屋を出ようとした。

「待って!違うのリヒト」
「いいから行くぞレイちゃん…もうこんなやつほっとけ!」
「だめ…!…ねぇ、ソーマ!」

リヒトに引きずられて部屋を出た。数段階段を降りたところでやっとリヒトを振り払うと、リヒトは私を振り返った。

「いいからもうソーマなんてほっとけよ!」
「違うの…だめなの!ソーマは悪くないの!」
「なんだよそれ…」
「ソーマは…」

言いかけて、どこから説明しようかと考えを巡らせる。

「あの…祠のこと、覚えてる?」
「祠?」

それが何の関係があるんだ、と言いたげに、リヒトの眉が寄せられた。

「あの祠には何かあって…ソーマはそのせいで苦しんでるの」
「…どういうこと?」

私はできる限りの説明をした。だけどリヒトの顔には困惑が浮かんでいくばかりだった。

「…だから!これでソーマに何かできると思うの…!」
「このあざが…?」
「ソーマの左手にも、あの祠へ行ったときこれと似たあざができたの!だから…」

私の右手のあざをいぶかしげに見て、リヒトは唇を結んだ。

「だからとにかくソーマと話を…」
「だめだ!あんなふうになってるソーマは見たことない。さっきだって突き飛ばされたんだろ?」
「だからそれは、あの力のせいだから…」
「レイちゃんが危ないだろ!せめて、あいつが落ち着くまで待て。」
「……。」
「今は話せる状態じゃなかった…明日、俺も一緒に行くから。今はだめだ。」

リヒトに説得され、私も今すぐにソーマに何かしてあげられる確信もなく、しぶしぶうなずいた。

「よし。じゃあ、行こうぜ。」
「…うん」

リヒトに差し出された手をつかむ。暖かい手。
私は階段を下りながら、後ろ髪を引かれる思いで、ソーマの部屋のドアを見上げた。

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