007



翌朝、廊下でリヒトと会って、おはようとあいさつを交わす。
そして一緒にキッチンへ降りていくと、そこでは鍋から上がる湯気で温まった空気の中、サラとドレンが神妙な顔で向かい合って何かを話していて、私たちが来たことに気づくと、サラが思いつめた顔で振り返った。

「あぁ…起きたのね。あんたたちにも…伝えなきゃね。」
「…え?」

神妙なサラの様子にリヒトは戸惑った声をこぼし、私は胸に嫌な予感が広がった。

「ソーマのことだけど…。昨日の夜遅くに、旅に出るって言って…ここを出て行ったんだよ。」
「…!」

私は息が止まり、全身の力が抜けて、その場にへたりこみそうになった。
危うくふらついただけで済んだのは、リヒトが支えてくれたからだった。

「そんな…」

リヒトは責任を感じたようなばつの悪い顔で私を見た。昨日、ソーマと話をしたがる私を止めたからだ。
だけど私はただただ、自分の行動を責めた。昨日…無理やりにでもソーマに寄り添っていれば…何か変わっていたかもしれない。

「どこ…どこに行ったの?」

私がつぶやいた声に、サラは静かに首を振る。

「さあね…私たちは誰も、この森から出たことがないから…」
「……。」

私は言葉を失い、考えもまとまらないまま、無意識にキッチンを出た。

「レイちゃん!」

リヒトが追いかけてきて、私の腕をつかんだ。

「追いかけなきゃ」

頭は真っ白なのに、その言葉は私の口をついて出た。リヒトは息をのむ。

「追いかけるったって…」
「……。」

現実的じゃないことはわかってる。ソーマがどこに行ったかもわからないのに、私みたいな無力な女一人が、どこまで続くかもわからない森に入ってソーマを探しに行くなんて。

「……。」

リヒトはしばらく考え込むように視線をさまよわせて、はあっ、と決心したように息をついた。

「…わかった!じゃあ、俺も行く。」
「…えっ?」
「だって、レイちゃん一人じゃ無茶だろ!俺なら少しは弓も使えるし。」
「……。」
「なんだよ、行くのか?行かねえのか?一人で行くってのはナシだぞ、俺と行くか、このままここにいるかだ。」
「……。」

私はリヒトの顔が、今まで見たことがないくらい頼もしく見えた。

「…ありがとう…」

私が言うと、リヒトはしょうがねえな、と笑った。



***



「一気に寂しくなるねぇ。」
「本当にな。」

私たちがソーマを追いかけると言うと、サラとドレンはそう言って眉を下げた。

「でもまあ、あんたたちはまだ若いし、ここでずっと暮らしていくのも酷だわねぇ…」
「かわいい子には旅をさせろというしな。」
「あ…そのことわざ、この世界にもあるんだ…」
「ん、なんだレイ?」
「ううん、なんでもない!」

エヘヘと笑ってごまかすと、サラが進み出て、エプロンのポケットから何かを取り出した。

「ほら、これをつけていきな。ここの修道院で使われてたらしい、メダイユだよ。ちょっとしたお守りの効果があるらしいからね。私は、ここを旅立つ子たちに、いつもこれを渡してたんだよ。」
「…ソーマにも?」
「嫌がってたけどね、渋々着けていったよ。」

サラのいたずらなウインクに、私もリヒトもドレンも簡単にソーマの様子が想像できて、笑い合った。

「気を付けていくんだよ。」
「リヒト、しっかりレイを守るんだぞ。」
「わかってるって。」
「行ってきます。」

そうして私たちは、塔を旅立った。

「いやー、でもレイちゃんとの旅なら、俺は願ったりかなったりだな。」

リヒトはちょっと浮かれた様子で森の中をずんずん進んでいく。
私ははにかんで、そんな彼の後を続いた。

そして、その光景は突然現れた。

「とりあえずこの道をたどっていくしかないなー。早く森を抜けられればいいけど…」

言いかけたリヒトが、息をのんで立ち止まる。

「?どうし…」

いいかけて、私の視界にもそれが広がった。
木々がなぎ倒され、あたり一面が黒く焦げ、何かが爆発でもしたかのような焼け野原…。

森の中に突然その光景が現れ、私たちは立ち尽くす。

「なんだこれ…。」

つぶやくリヒトの声のほかに、私の頭の中には声が響いていた。

「救って…。彼を……救って……。」

シクシクと悲しむような、やさしい声。この声が聞こえるということは、この痕跡は…。

「…ソーマだ…。」

私がつぶやいたのを、リヒトは信じがたい目で振り返り、そして…始まったばかりの旅は、まだ、立ち尽くすばかりだった。

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