002
「東条くんおはよー」
「おはよう!」
「おはよー東条」
「おはよ!」
「野球部朝練?おつかれー」
「あはは、さんきゅ!」
朝、教室に入りながらクラスメイト達とあいさつを交わし、俺の席…の前の席にいる女子生徒を見つけて少し鼓動が早まる。花城さん。もう1年のクラスだけじゃなく、先輩たちの間でも、どんどん噂が広まっている子だ。
とんでもなく、美人だから。
「花城さん、おはよう!」
本当はものすごく緊張しながら、俺は皆と同じような調子を心がけて、花城さんに挨拶をしながら席に鞄を置いた。
「おはよう。」
花城さんは少し戸惑いながら挨拶を返してくれる。それもそうだ。だって、まだ挨拶以外の会話をしたことがないから…!
多分、俺のことは、いつも誰彼構わず挨拶だけはする奴、みたいに思っていることだろう。…下心を悟られるよりはましだけど。
「花城さーん。LINEやってるー?」
「うん。」
「まじで!教えて教えてー。」
「あ、私もー!」
花城さんはこの通り、入学式に話題を呼んで以来ずっと人気者だ。目を見張るほどの可憐な容姿とは裏腹に、さっぱりとした言動で人の興味を惹きつける。それでも、正面切って花城さんに話しかけに行く勇気がある男子は少なくて、いつも彼女を囲んでいるのは女子たちだけど…。
「光、おはよー!」
「あ、司。おはよ」
そして花城さんと一番仲がいいのはこの女子生徒。ショートカットで背が高く、中世的な顔立ちのスポーツ少女、鷹野司さんだ。剣道のスポーツ推薦で来たらしく、たまにテレビにも出ているちょっとした有名人でもある。花城さんとは家がご近所で仲良くなったらしいと、ほかの女子たちが噂していた。
「あ!光が囲まれてる!ちょっとちょっと、事務所通してくださーい!」
そしてこの通りのお調子者。花城さんを囲んでいた女子たちの輪から笑いが起き、それを見ていた男子たちも笑い出した。鷹野さんは早くもこのクラスのムードメーカー的存在になっていて、早速クラス委員長に推薦されるほど人望も厚く、男子も彼女とは話しやすいことと、あわよくば花城さんともお近づきになりたいということで、鷹野さんはいつも男女問わずたくさんの人の輪の中にいる。
「あ!ねえ、また来てるよ。」
花城さんのところにいた一人の女子が、廊下のほうを見て言った。見ると、数名の他クラスの男子生徒が、教室の中をのぞくように押しかけてきていた。
「花城さんモテるよね〜。」
「そりゃこんなに可愛いもん!」
女子たちが褒めだすと、花城さんは居心地悪そうに首を振った。
「いやいや…私じゃないでしょ」
「いやいや、花城さんしかいないでしょ!」
えぇ〜…?と困ったように首をかしげる花城さん。本気なのか、謙遜なのか…。
…そういえば、倉持先輩たち、今日の休み時間に花城さんのことを見に来るって言ってたけど…本気かな!?
急にそのことを思い出して頭が痛い。花城さんに迷惑がかかる…。
「はいは〜い、寒いので閉めま〜す」
鷹野さんがツカツカとドアに近づいて行って、容赦なく野次馬をピシャリと締め出した。その調子で教室のもう一方の入り口のドアも勢いよく閉めた。
「光をタダで観賞しようなんて厚かましいわ!」
「……。」
そして鷹野さんが言い放ったセリフに、花城さんは引き気味の苦笑いを浮かべた。なんだか…仲はいいのだろうけど、ちょっと変わった二人だ。
俺はこっそりと笑いを堪え、授業の準備をした。
***
「東条、なんか先輩が呼んでるぞ」
「え…」
昼休みも半分過ぎたころだった。恐れていたが忘れかけていた事態が起きた。
クラスメイトに言われた通り廊下を見ると、倉持先輩をはじめとする数人の野球部の2年生が詰めかけてきていた。
けど…。
ちらり、と前の席を見る。
花城さん、さっきどっか行っちゃったんだよなぁ…。
「お…お疲れ様です」
「おせえよ東条!」
恐る恐る廊下に出ると、倉持先輩に肩を配れて引きずり出された。
「で!?例の子はどこだ?」
「いや…今いなくて」
「ハァ!?どういうことだよ!」
「隠してんじゃねーだろうなお前!?」
「いやいや!ついさっきどこか行っちゃったんですよ」
「んだとぉ〜…?」
チッ、と大きな舌打ちを打つ倉持先輩。教室の中を覗き込むも、噂で聞くような女子を見つけられなかったらしく、あきらめた様子で俺を解放した。
「しゃーねえ、出直すぞ!」
「仕方ねえな…」
「チッ…」
え…ええぇ!?また来るの!?
勘弁してほしいな…。
ヨロヨロと教室に戻ると、クラスメイトの三木が憐れむように俺を見た。
「あの先輩たち、知り合い?花城さん目当て?」
「うん…野球部の先輩。噂聞いたらしくてさ」
「あ〜…」
三木は納得したように苦笑いをした。
「うちの部でも噂になってるよ。俺、同じクラスだっつったら、めちゃくちゃ聞かれるもん。」
「あ…同じ!三木って何部だっけ?」
「サッカーだよ。」
そうなんだ、と相槌を打つ。そして自分と似た境遇の三木と顔を見合わせ、何かが通じ合ったように苦笑した。
「紹介しろとか無茶だよなぁ〜。俺だってまともに話したことないのに…」
「あはは…だよね。」
「いや、東条は挨拶とかしてるじゃん。」
「え…いやそれは…」
どきりとした。まさか花城さんに勇気を出して挨拶してることを、だれかが注目してるとは、しかもこうして指摘されるとは思っていなかった。
「挨拶くらい、誰でもするだろー…」
「できねーって!花城さんには!」
「ははは…」
「……。」
「……。」
…ん!?いや、待てよ…三木ってもしかして…
「…え?三木って花城さんのこと…?」
「…え!!」
三木はわかりやすく驚いて、すぐに顔を赤くした。
「あ…そうなんだ…」
「な、ま、まだ何も言ってないだろ!」
「花城さん…可愛いもんな」
「っ!!」
三木は悔しそうに言葉に詰まり、それから、俺の肩をどついた。
「んなこと言う東条だって、そう思ってるってことだろ?」
「……。」
…そうかもしれない。
俺たちは顔を見合わせて、苦笑いでごまかした。