003

「御幸、ノートここ書いた?」

授業が終わるや否や、クラスメイトの速水が自分のノートをもって俺の席にやってきた。

「書いてるよ」
「お、ちょっと写させてくんない?書く前に消されちゃってさ。」
「ああ、はい。」

サンキュー、とノートを並べて書き写し始める速水。俺の前の席の奴が退くと、その椅子を借りて俺の机でノートを書き始めた。

「…よし、できた。サンキュ。御幸、ノートきれいだよな」
「そう?普通じゃない?」
「いやいや、読みやすい字だし。」

突然俺をほめだす速水を少し訝しみつつ、ノートをしまう。すると速水はまだ席から退かず、何か言いたそうにもごもごし始めた。

「…あのさ、御幸…」
「よーっす、イケメンコンビ!」

そこへ倉持が割って入ってきて、速水は誤魔化すように笑った。

「あはは、なんだよ、それ?」
「野次馬が見てるぜ〜。」

倉持がにやにやと示す先には、廊下に詰め掛けている1年の女子たち。俺と速水がそっちを見たことで、キャーッと悲鳴が上がった。

「すげーな。1年に噂が広まったんだなー。」
「サッカー部の速水か、野球部の御幸か、ってやつ?」
「そーそー」

「……。」
「……。」

クラスの男どもが囃し立てた。そういう派閥があることも、一部の女子に騒がれていることも、一応自覚している。速水も同じようで、俺を見て、困ったように笑った。

「ちょっと倉持!せっかくイケメンが並んでて眼福なんだからどいてよ!」
「ア!?チッ、んだよ…」

クラスの女子にキレられて、どきゃあいいんだろ、と倉持は素直に自分の席に戻った。

「…で、何?なんか言いかけてたけど」
「え?あ…」

気を取り直して、外野を無視して速水に尋ねると、速水はぎこちなく頭をかいた。

「いや…、やっぱいいや。」
「…?」

しかしそうはにかんで、速水は席に戻っていった。
普段特にそんなに話さないのに、いったい何だったのだろう。何となく気になりつつ、俺はスコアブックを開いた。



***



「今日監督遅れるらしいぜ。」
「マジ?ラッキー」

「御幸!ちょっといい?」

放課後、倉持と部活へと急いでいると、速水が追いかけてきた。

「速水?何?」

昼に言いかけてやめた話だろうか。気になるけど、今は時間がない。

「部活行くトコなんだけど…」
「あ、わかってる。大丈夫。すぐだから」

俺も部活だし、とスポーツバッグを持ち上げて見せる速水。

「あー…倉持、先行ってて」

そこまで言うならと、倉持に声をかけると、倉持も不思議そうにしながら頷いて、足早に去っていく。

「ごめんな。ちょっとこっち。」

速水はそう言って、俺を先導して人の少ない階段の踊り場までやってきた。

「で…何?」

こんな人目を避けて、改まるような話とは。速水は気さくで人気者だが、今年初めて同じクラスになり、当たり障りなく仲良くも悪くもないクラスメイトだっただけに、全く身に覚えがない。

「あのさ…変なこと聞くんだけど…」
「?」
「1年の花城さんって…知ってるよな?」

ぎこちない笑みに、照れと動揺を隠して、らしくなくいっぱいいっぱいの顔で聞いてくる速水。
俺は目が点になった。

「…花城?」

つい先日のことを思い起こす。…あの花城のことだよな、もちろん。

「知ってるけど…?」
「…だよな、仲いいの?」
「は?」

待て待て…いったい何の話だこれは…。
昨日少ししゃべっただけだぞ、俺は。

「仲…?別に普通だけど」
「普通…か…。はは…」
「え?何?何の話?」
「……。」

速水は何かを言うのを迷うような、ためらうような、もどかしい顔をした。
まさか…?

「…え、速水、花城のこと好きなの?」

だとしても、俺には関係ないし、あの美女のことだから、驚きもしないけど…。
そんな気持ちで尋ねたのだが、速水は見たことないくらい余裕のない、真っ赤な顔になった。

「……俺さ、」

そして何かを決意したように話し出した。

「花城さんのこと…昨日、呼び出したんだよね」
「……。」

あ……。それって、まさか。

「告白……しようと思って。」

階下の喧騒が遠く感じる。速水は必死な顔で俺を見た。

「でも……御幸と一緒に、いただろ?」
「いや、あれは偶然で!」
「え?」
「俺もなんつーか、その…」

なんとなく、俺も手紙をもらったとは言いづらい。

「…たまたまあそこで用があって。」
「用?」
「とにかく、速水が思ってるようなのじゃないから。」

全然、違うから、と手を振って否定すると、速水は安どしたように、そして照れ臭そうにはにかんだ。

「なんだ、そっか…」
「……。」

…なんか、こっちが恥ずかしい。

「…あ!ごめん、それだけ。忙しいとこ悪かったな。」

じゃあ、と速水は階段を急いで降りて行った。
俺も遅刻する前に寮へ行って着替えねば。
なんだか腹の底がむずむずと落ち着かないまま、俺は階段を駆け下りた。

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