005
「速水おはよー。」
「おはよう。」
「今日のミニテスト、勉強した?」
「一応なー、一夜漬けだけど。」
「とか言っていつも高得点じゃんよ〜。」
友人たちと爽やかに笑う速水。…なんか、最近清々しい顔してるような気がするけど…花城と何かあったのかな?
先週は速水が1年の教室で、花城を呼び出したっていう噂も聞いたし…。
花城…毎日のように噂は聞くけど、本人はなかなか見かけないな。
俺は財布を持って、渡り廊下の自販機に向かった。
「御幸どこ行くんだよ?」
倉持が声をかけてきたが、お茶。とサイフを持ち上げて答えると今は興味がなかったようで、フーンと見送られた。
渡り廊下の桜はだいぶ花が散り、新緑の芽がちらつき始めていた。
渡り廊下の道を縁取っていた花びらのじゅうたんももうない。どこか寂しい景観になったその道を歩いていくと、自販機の前に女子生徒が立っていた。
…花城だ。
後ろ姿で気づき、ドキリとする。まさか考えていた矢先に本人とまた会えるとは。
「よっ。」
後ろから声をかけると、花城が振り返り、目を瞬いた。
「あ…おはようございます。」
少し戸惑いのある笑顔。思えば、奇妙な出会い方をしてから初めて会うのだから、仕方ない。
「先にどうぞ。」
花城は自販機の前から退いて、俺に譲ってきた。
「いやいいよ、ゆっくり買えよ。」
「まだ迷ってるので。」
「…そ?じゃあ…」
俺は無糖のアイスティーを購入した。ボタンを押すと無機質な電子音が鳴り、ガコン、とペットボトルが落ちてきた。俺はそれを拾い上げて、その場で蓋を開けて少し飲んだ。
「…速水って知ってる?」
前置きもなしに花城に尋ねると、自販機を見つめていた花城がぽっと俺を見上げ、少し顔を赤くした。
「え、なんでですか」
「俺同じクラスだから。この前呼び出してたの、アイツだろ?」
「……。」
「別にいいよ言って。もう本人から聞いてるから。」
花城は口ごもって、観念したように、うなずいた。
「…そうですけど」
「やるじゃん、あいつモテるんだぜ?もう告られたの?」
「そんなわけないじゃないですか。知り合ったばかりだし…」
「え、そうなの?でも改めて、直接呼び出されたんだろ?」
「……。」
花城は赤い顔を隠すように自販機に近づいて、ミルクティーを買った。
「連絡先、聞かれただけです。」
「へぇ〜。」
速水の奴、告ろうとしてラブレターを送った割には、慎重を選んだんだな。
「で、付き合うの?」
「いや、よく知らないし…」
「へぇ〜〜。」
「…ていうか、御幸先輩に関係なくないですか?」
「興味があって。」
「悪趣味ですね…」
花城は拾い上げたペットボトルを上品に両手で持ち、俺を見上げた。
「じゃ、失礼します。」
「素っ気な!」
「フツウですよ。」
まったく…。と、呆れたように俺を少しにらんで、花城は校舎に戻って行ってしまった。
少しだけど話せたこと、そして、速水とのことを知れたことで、俺は少し気分が浮かれていることに気が付いた。
***
「あっ!おい見ろ!1Aの花城さんがいるぜ…」
移動教室の途中で、倉持が小声ではしゃぎ、俺を小突いた。見ると確かに前方から歩いてくる1年の集団に花城がいた。あっちも移動教室らしい。
「あ、お前花城さん見たことなかったっけ?俺昨日東条のとこ行って見たんだけどよ、東条の奴話しかけられねーとか言って呼べなくて!情けねーよなぁ、でもほら、あの子だぜ。あの背の高いショートの子の隣の、メチャクチャ可愛い茶髪のロングヘアの、色白の子…」
「花城〜。」
「!!?」
倉持を無視して花城に手を振ると、倉持はギョッと目を見開いて俺を見た。
花城は俺の声に気が付くとこちらを見て、少しはにかんでぺこりと会釈をした。
「ごきげんようお嬢様。」
「え、な…、もう…。」
すれ違いざま、ふざけた挨拶をすると、花城は戸惑った後に笑って、呆れたように俺に微笑みを残して歩いて行った。周りの友達に、誰!?今の先輩!と騒がれながら。
「…コルァ御幸!!!」
「うわ、なに?うるさ」
そして倉持も驚愕しながらキレて俺にタイキックを仕掛けてきた。
「なんでお前花城さんと知り合ってんだよ!!いつ!!どこで!!!なんで!!!」
「さあな〜〜?」
「アァ!?ふざけんなテメェぶっ殺すぞ!!!」
倉持から逃げようとしたところで、少し後ろを歩いていた男子の集団の中にいる速水と目が合った。速水はもの言いたげな目で俺をじっと見て、ぎこちなく逸らした。
***
「よお。」
それから廊下で花城を見かけると、俺はつい顔が緩んで、声をかけてしまう。
今も廊下の向こうから歩いてきた花城ににやけた顔で声をかけると、花城はふわりと笑顔を浮かべて、くるりとスカートを翻して、すれ違いざま振り向いて立ち止まってくれた。
「こんにちは。」
礼儀正しい花城。だけどその笑みにはちょっといたずらっぽい親密さがにじんでいると思うのは、俺のうぬぼれだろうか。
「何してんの?」
一人で廊下を歩いてきた花城に尋ねると、花城は持っていたプリントの束を見て言った。
「提出物を職員室にもっていくんです。」
「なんで花城が?」
「学級委員なんです。副委員長。」
「へえ!?花城が!?」
そんな積極性があったとは驚いた。なんとなく、引っ込み思案なタイプかと思っていたから。
「優等生だな〜!」
「なんで驚くんですか?真面目じゃなさそうって思ってたんですか?」
「ちげーよ、立候補とかしなさそうだから。推薦?ジャンケンに負けたとか?笑」
「友達が一緒にやろうって。」
「あ〜ナルホド」
それなら想像がつく。
「じゃあ…」
俺も一緒に、と言いかけたところで、ずしりと肩に重荷が乗った。
「…御幸!何してんの?」
肩口には、ぎこちない笑みの速水がのっていて、ちょっとぎくりとした。
「あ…こんにちは、花城さん」
「…こんにちは」
そしてふたりもぎこちなく挨拶をする。速水…俺と花城を見かけて、便乗してきたな。それか、邪魔しに来たとか?
「二人とも、仲いいんだ?」
仲…いいかといわれると、微妙だけど。
「いや…、」
何と言ったらいいかわからずに濁すと、花城の困ったような目と視線がぶつかった。
そりゃ、花城からしたらよく知らない好意丸出しの先輩たちに囲まれてしまったのだ、困るだろう。
「何話してたの?」
速水が俺を開放して、俺と花城を交互に見て尋ねてくる。
「…特に何も…、あ、私職員室に行かなきゃ」
今度は花城が曖昧に笑ってそう言い、すみません、と小さく会釈をして、小走りで行ってしまった。取り残された俺たちの間には気まずい空気が流れる。
「なんか、邪魔しちゃったな。ごめん」
気まずさからか、本心を隠すためか、速水は焦ったようにそう言って、階段を下りて行った。
…なんか、拗れてきた気がする…。