008
「東条君!昨日ありがとね!」
朝、教室に入るなり、前の席で花城さんと話していた鷹野さんが俺に声をかけてきた。つられて振り向いた花城さんも、俺を見てニコリとほほ笑む。
「え?あぁいや全然!」
俺はそう答えるのが精いっぱいで、花城さんの微笑みで緊張してしまう体を何とか叱咤して自然を装った。
「光と半分こして食べたんだけど〜、ちょ〜〜美味しかった!東条君も食べたほうがいいよ!食べたかったんでしょ?」
「あ、うん。じゃあ今度食べてみるよ!」
別に俺は、あのシュークリームを食べたかったわけじゃないけど…。
花城さんのほほえみを見ると、こんな小さな繋がりさえ、繋ぎとめておきたいと思ってしまった。
***
「テスト返却するぞー」
定期テストが終わり、続々と返却されるテスト。
「平均点は65点!ちょっと低いぞー。最高点は98点で2人いる!」
ざわざわ、チラチラ、クラスメイトたちは2人の生徒を見始める。
ひとりは、花城さん。そしてもうひとりは、男子生徒の周防工。この二人はこれまでに返却されたすべての教科で最高点を競っている。
「最高点は花城と周防!よく頑張ったな!」
やっぱり、という声と共に響く拍手。
「さすが光!」
一際大きな歓声を上げる鷹野さんに、花城さんは気恥ずかしそうにはにかんだ。
「平均点を下回った者は補習があるからなー。」
「えー!!」
***
「欠点がないよなー。」
休み時間。鷹野さんたちとおしゃべりをしている花城さんを見て、三木が呟いた。
「花城さん?」
小声で尋ねると、やっぱり三木は頷いた。
「可愛いだろ、頭も良いだろ、優しいし、おしとやかだし。その辺の男なんて眼中にないんだろうな〜」
「うーん…ははは」
俺もその辺の男…なんだろうな。
後ろの席の、ただのクラスメイト。卒業したら忘れてしまう程度の…。
「なあ、ちょっといい?」
と、背後から話しかけられて振り向くと、見知らぬ先輩が廊下から手を伸ばしていた。
「はい…?」
「花城さん、呼んでくれない?こっそり。」
「……。」
三木とちょっと目配せをした。またか…という思いと、あの花城さんをこっそり呼ぶなんて無茶に決まってるだろ、という気持ち。
「…はい」
それでも仕方なく立ち上がり、俺は花城さんの方へ歩いて行った。
「あの…花城さん。」
用事があっても花城さんに声をかけるのは緊張する。
振り向く彼女の動作さえ、洗練された芸術のようで。俺を見上げた花城さんは、美しい天使そのもので…。
「知らない先輩が呼んでる。」
緊張を振り払って、廊下の方を指して言うと、花城さんよりも周りの女子が色めき立った。
「ええぇまた!?光モテモテ〜!」
「結構イケメンじゃん!どうすんの光ちゃん〜!」
「静かに!…行ってくる」
花城さんは恥ずかしそうに行って、ありがとう、と俺に声をかけ、先輩の方へ歩いて行った。
二人は場所を移し、そのまま歩いて行く。たぶん校舎裏とか、人目のないところへ行くんだろう。
俺は盛り上がる女子たちから離れ、三木のところへ戻った。
「花城さんやっぱすげーな、今週2回目じゃん」
「な…。」
「でも、知り合いでもないのに告るのもすげえよなあ。絶対フラれるのに」
「うーん…はは」
それでも…。せめて知り合いたい、知って欲しいと思うんじゃないだろうか。
フラれて、悲しくて恥ずかしい思いをするとしても。花城さんにだったら、フラれるとわかっていても…。
「おーい、三木」
その時廊下からまた誰かが呼んで、振り向くと、速水先輩がそこにいた。
「あ…速水先輩?どしたんすか」
「花城さん、いる?」
「あ…」
三木はニヤッと笑った。
「いやさっき、知らない男の先輩に呼び出されてどっか行きましたよ」
「え…。どんな奴?2年?」
「3年す。」
「…まじか」
速水先輩は苦い笑いを浮かべて踵を返した。
「わかった、じゃな」
そしてあっさりと帰っていった。
三木が俺を振り返り、堪えていた笑いをこぼした。
「いやー、やっぱやべえ、花城さん。モテすぎ」
速水先輩は初めて花城さんを呼び出してから、週に1回くらいの頻度で花城さんに会いに来る。噂によると付き合っているわけではなく、速水先輩のアプローチで、お喋りしているだけ、らしい。
「花城さんって、好きな人いるのかな?」
ぽつり、と三木が呟いた。
「さあ…なんで?」
「だって、こんだけ告られてるのに誰とも付き合わねーじゃん。告ったやつによると、彼氏はいないって言ってたらしいし。」
「まあ、誰でも良いわけじゃないだろうし。」
「そりゃそうだけど…速水先輩なんて、お似合いだと思うけどなあ。まあ、付き合ったらそれはそれで嫌だけど!!」
歯を食いしばって言う三木に笑いながら、確かに、と思った。
花城さんが好きになる人って…どんな人なんだろう。