「はいじゃーミーティング終わり」
落ち着いた態度で言って席を立つ御幸先輩。今日、さっきまで花城といたときの表情とはまるで別人だ。
「御幸先輩!!今日は球受けてくれますよね!!」
そこへ食いついていく沢村を見て、信二が焦った顔で俺を小突いた。
「今日は忙しいから無理。」
「わははは!いいのかなぁ〜そんなこと言って!」
「はあ?」
「今日見たこと倉持先輩に言っちゃおうかな〜!?」
「何だよ?」
倉持先輩、と呼ばれたのを聞いて、部屋に帰りかけていた倉持先輩が興味津々に戻ってくる。
「今日見たこと?」
「フッフッフ…」
いぶかしげに目を細める御幸先輩に耳打ちをする沢村。今のうちに早く行こうぜと俺を急かす信二の後を追いながら、耳を傾ける御幸先輩の顔がみるみる赤くなったのを見た。
「は!?なんで…」
慌てて椅子にぶつかる御幸先輩。その取り乱しように、倉持先輩はますます興味を惹かれた様子で沢村に詰め寄る。
「おいおいなんだよ?教えろ沢村」
「どーしよっかなぁ〜!?御幸先輩次第っすけど〜!」
「お前な…」
御幸先輩はわなわなと震え、それはもう怒り心頭の様子で…沢村を睨んだ。
「…もうお前の自主練に付き合わない」
「…え!?」
「二度とだ!わかったか」
「え!?ちょっ、待っ…」
怒った様子で御幸先輩は食堂を出ていき、沢村は顔面蒼白。倉持先輩は不思議そうに目を瞬き再度沢村から何があったのか聞き出そうとするも、沢村は白くなって呆然と立ち尽くした。
***
「頼む花城!!この通りだ〜!!!」
翌日、廊下から沢村の声がうちのクラスにまで響いてきた。昨日の件が脳裏をよぎり、様子を見に出てみると、戸惑う花城と爆笑する鷹野、その足元で土下座をする沢村と必死に止めている信二がいた。
「ほんっとに頼むから!訳は聞かずに御幸先輩に投球見てくれって口添えしてくれ〜!!」
「な、なに?なんで?」
「訳は聞くな!!」
「いい加減にしろバカ村!!すみません花城さん気にしないでください!」
鷹野の笑い声がまた響き渡る。俺もつい笑ってしまいそうになりながら近づくと、信二が助けを求める目で俺を振り向いた。
「沢村何してんの?」
「あっ東条!頼む東条も一緒に花城に頼んでくれええ」
「昨日御幸先輩に二度と練習付き合わないって言われた件?」
「え?」
俺の言葉にぎくりと肩をすくめる沢村、疑問の目で俺を見る花城。
「なんでそんなこと…?」
沢村も御幸先輩も青道のレギュラーメンバー。それが練習に付き合わないだなんて、不穏な話だ。花城と鷹野が不思議そうに顔を見合わせる中、俺と信二は苦笑して、沢村は冷や汗をかき始めた。
「いや〜ちょっと…」
「コイツがバカなことして御幸先輩に怒られたんすよ」
「え〜なになに?何したの沢村君」
「イヤほんと…くだらないことだから気にしなくていい」
なんとかごまかす信二に、鷹野と花城はふうんと目を瞬く。
「ほら行くぞ沢村!次体育だっての」
「そんなに心配しなくてもそのうち許してくれるよ」
「いやでも俺は一日でも、一球でも多くううう」
「わがまま言うな!」
「…あっ!御幸先輩!!」
信二に引きずられていく沢村が声を上げ、急に立ち上がる。えっ、と目を丸くする俺たちをよそに沢村は駆け出して、ちょうど階段を下りてきたところの御幸先輩に駆け寄った。御幸先輩は珍しく一人だ。…花城に会いにでも来たんだろうか?御幸先輩はそれはもう迷惑そうな顔で沢村をにらんだ。
「なんでいるんだよ…」
「ちょうどいいところに!昨日は申し訳ありやせんでした!!ホラッ!花城!!頼む!!」
「えぇ…?」
花城もちょっと迷惑そうに目を細めて、ゆっくりと歩み寄る。
「何…?」
嫌な予感を察知した顔の御幸先輩に、花城は苦笑した。
「一緒に練習してほしいんだって。」
「は?」
「ヒィ!」
御幸先輩に再び睨まれて、沢村は花城の背中に隠れた。あっ…、と鷹野が声をこぼす。案の定、御幸先輩は面白くない顔をして、いよいよ笑えない状況になった。
「おい触るな。どけよ」
空気がぴりついて、俺は信二と顔を見合わせた。さすがの沢村も顔を青くして花城から離れる。
「やべー…ガチで怒ってないか?御幸先輩」
「う…うん」
俺と信二がひそひそ言うのを、鷹野も唾を飲み込んでうなずいた。あの鷹野でさえ茶化せない空気。やばい。
「何そんなに怒ってるの?」
そんな空気の中に物おじせずに口を開ける唯一の存在、花城がそう言った。これには御幸先輩も閉口して黙り込む。
「…別に怒ってねーよ」
「沢村君が何したか知らないけど…」
「……。」
「で、何したの?」
無垢な瞳でそう尋ねる花城に、御幸先輩は顔を赤くし、沢村は顔を青白くする。
「なんでもねーよ」
御幸先輩はそう言って沢村を睨んだ。
「じゃ…なんで練習?に付き合ってあげないの?」
よく事情を分かっていない上に純粋な花城の質問に、なぜか御幸先輩のほうが困っている…。
「光は知らないだろうけど毎日しつこいんだよ、こいつ」
「二度と付き合わないって言われたって聞いたけど…」
「いーんだよ、光には関係ないから」
御幸先輩がそうはぐらかすと、花城はあまり関心もなさそうな態度でつぶやいた。
「沢村君かわいそう」
「……。」
御幸先輩が決まりの悪い顔で花城を見た。いつも歯に衣着せぬ人なのに、あんなに弱気なの、初めて見た…。
「おっ、効いてるぞ花城!その調子だ花城!」
「お前は黙ってろ」
調子に乗ってまたやかましくなる沢村をひとにらみして、御幸先輩はため息をついた。
「わかったよ…つーか、別にほんとに二度とやらないわけねーし…」
二人とも一軍にいる限り、それはそうだろう。皆わかってたことだが、御幸先輩がそう言うと沢村は嬉しそうに飛び上がった。
「よっしゃー!ありがとうございます御幸先輩!!ありがとうございます女神!!」
そして調子に乗りすぎて、花城の両手を掴んでぶんぶんと振る沢村。あ…やばい。
そう思った時にはすでに、御幸先輩は凍てつくような目で沢村を睨みつけていた。
「おい。触んなっつってんだろ」
「す…すいやせん!!」