「ねえ…大丈夫?」

校門を出て少しして、光が尋ねてきた。
そして俺は、自分の挙動不審さと異様なまでの沈黙に気づき、動揺する。
だって俺、まだ、光の家になんて…行くと思ってなかったし…!

「べ、別に…。」
「……。」

でも、光はそういうことしないと思ってる…。…よな?
いや、そういうタテマエ?だって、俺たち一応付き合って…それなりに経つし。
いや、だけど、今はテスト前だし…光は本当にそれだけのつもりなんじゃ。
だって光のほうからそういうこと誘ってくるなんて…考えられない…し。

「…あ。」
「え?」

そうだ…コンドーム!もしそういうことになるなら…今、この帰り道で、コンビニに寄って買わなきゃ。でももし光にそのつもりがないなら、そんなもん買ってたら幻滅されるかも…でももし万が一そういう流れになったら…あーもうどうする俺!?

「ねえ、どうしたの?」

光がしびれを切らしたように俺のシャツを引く。そこで、さっき自分が意味深に声を漏らしたことを思い出した。

「あ、いや。なんでもない…」
「…なに?さっきから変だよ?」

光ににらまれ、ちょっと我に返る。この落ち着きよう…やっぱ光はそのつもり、ないよな。そーだよな。

「…あのさ」

自分が不審なのを自覚はしていて、切り出したものの、なんて話せばいいかわからない。
そのつもり…ある?なんて、聞けるわけない…。
そううじうじしているうちに、目の前にコンビニの看板が迫ってきた。ここを過ぎればもう、光の家までコンビニはない…。

「だから、何?」

かなり焦れた様子で光が言う。ごめん。わかってる。俺が煮え切らなさすぎる。イラついて当然だ。

「なんつーか、その…」
「何?」
「…えっと」

コンビニの横を通り過ぎそうになり、俺はとっさに足を止めた。いぶかしげに少し先で光も立ち止まり、俺を見つめる。

「…コンビニ寄っていい?」

そんなこと?と言いたげに眉をしかめた光は、ちいさく二回頷いた。

「いらっしゃいませー」

コンビニに入るなり、店員のやる気のない声に出迎えられる。
俺はまず雑誌コーナーへ行ってお茶を濁した。

「何買うの?」

特にコンビニに用のない光は俺の後をついてくる。…そりゃそうか。どうしよ。さすがに目の前で買うのはな…。

「いやちょっとな…、光もその辺見てきたら?」
「別にいいよ」

さりげなく離れようとしたが、撃沈。

「何?雑誌?」

俺が雑誌コーナーの前に立ってるので、光はそう尋ねて俺の隣に並んで雑誌を見始める。だけど…俺の本当の目的は、背後の棚にある…コンドーム。ああ、すぐ後ろにあるのに…!もどかしい!

「いやー、まあ…あるかと思ったんだけど…ないな」
「ふーん…」

俺は適当にごまかして、近くの棚に移動する。

「じゃ、何買うの?」
「うーん…」

…どうしよ。俺が買いたいのはただ一つ…すぐ横の棚にある、あの小箱だけ…!
あー、光がちょっと離れてくれたら…!

「あ…暑いしアイスでも買う?」

俺はひらめいて、そう提案した。アイスを買って、光に店の前で食べてるように言い、その隙に買い忘れがあったとか何とか言って一人で店に戻ればいいんだ。

「いや、大丈夫」
「…そう」

ダメだった…!!!

「……。」
「……。」
「……ねえ」

再び光が口を開く。俺の横に並んで、静かにゆっくりと。

「もしかして…」

なんだか、急に沈んだ様子で…

「うちに来るの…嫌なの?」
「え?」

ぎくりとした。いや、全然嫌じゃないんだが、むしろやましい気持ちを抑え込むのに必死なくらいなんだが、今の俺の挙動不審っぷりは訝しまれても仕方ない…な。

「いやいや!そんなことないって」
「でも、なんか、変だし」
「どこが!?」

勢いで聞いて、どの口で言ってんだ俺は、と思う。

「嫌なら来なくていい…」
「だから違うって!俺…、…と、とりあえず一旦外出ようぜ」

なんとなく周りに会話が聞こえないか気になって、俺は光の背を押してコンビニを出た。ありがとうございましたー、と事務的な店員のあいさつを背に聞きながら。
外に出て、光を立ち止まらせると、ちょっと口を尖らせた可愛すぎる不機嫌顔で睨まれた。

「何?」
「怒るなって…」
「怒ってないし。」

いや…怒ってる。付き合ってそれなりに経ってるし、俺にもそういうの、だんだんわかるようになってきた。

「なんて言うかさ…」

俺は慎重に言葉を選びながら口を開いた。

「その……俺も一応……男だからさ。」
「…え?」

光がじっと俺を睨んだまま目を瞬く。

「だからそのー…彼女の家…とか……緊張するというか…」
「……。」
「その…ホラ……そういうこと、考えちゃうっていうか」

一気に顔が熱くなった。俺、だいぶぶっちゃけたぞ、今。さすがに引かれるかな。

「え…?」

目を瞬いた光は……じわりと頬を赤くした。

「……。」
「……。」

しばらく沈黙が流れる。何か言わなきゃ、と考え始めたとき、光が小さく口を開いた。

「え……、…えっち…するってこと?」
「…えっ!?」

と、とんでもないワードで頭をぶん殴られた。目の前がくらくらする。光が…あの光が、そんなこと言うなんて!

「いや、しない!」

俺は慌てて潔白を訴える容疑者のように叫んだ。光は赤い顔のまま、ちらちらと俺を見上げた。

「…しないの?」
「…えっ」

な…なんだ!?この反応!?どーいうこと!?

「ど、どういう意味?」
「べつに……」

赤い顔で視線を逸らす光。え…、し、していいの?していいの…!?
いや、早まるな俺…!

「…前も言ったけど、俺、本当に、光のこと大事だからさ。」
「……。」
「そういうこと…も、大事にしたいっていうか…だから…」
「……。」
「き、今日、はさすがに、するつもりはねーし」

つもりはない…けど、…できるならしたい、けど…。
…って、いやいや。さすがに今日は…急すぎるよな。

「…うん」

光は照れ隠しのようにちょっととがらせた口で呟き、うなずいた。
今日はするつもり、ない。…うん。そうだよ。焦る必要ない。光のことを大事に…俺達には俺たちのペースがある。落ち着いて、段階を踏んで、自然な流れで…。もっと、キスとかも、慣れてから…。

「……。」
「…じゃ、行くか」

俺は決意を新たにして、光に言った。光は、えっ、と目を丸くした。

「コンビニは?何か買うものあったんじゃないの?」
「…大丈夫」

ちょっとぎくりとしつつ、そこまで説明する必要ないし、俺はごまかした。光はちょっとひっかかったようにコンビニを見つつ、ふうん、とつぶやいて、俺の隣を歩き始めた。

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