「おじゃましまーす…」
光の家につき、緊張しながら足を踏み入れる。相変わらずの豪邸。庭も小さな公園のように整備され、一歩玄関に入ると高級感のある広いロビー。なんか上品ないいにおいもする。
階段を上がり、廊下を進んで、突き当りの部屋のドアを開ける光。ここが光の部屋…。
上品な家具の明るい木目調と、淡いブルーで統一された、まさしくお嬢様らしい部屋。きちんと整頓され参考書が並んだ広い勉強机に、きちんと整えられたベッド。窓辺には椅子が一つ。光はその椅子を運んできて、勉強机の椅子の隣に並べた。机は広いから、ここに二人並んでも十分なスペースがある。
「あ…サンキュ」
奇麗で立派な部屋に圧倒されて少し呆けていた俺は我に返って言って、光が引いてくれた椅子に座った。
「始めてて。お茶か何か持ってくる。」
「あ、おかまいなく…」
礼儀を払ってそう言ったものの、これまでの緊張でのどがカラカラだったので、正直お茶をもらえるとありがたかった。光は俺の返答を気にせず、お茶を取りに部屋を出て行った。
光が出て行ったあと、俺は申し訳程度にノートと筆記用具を机に出し、周りを見渡した。ここが光の部屋…。…俺んちの居間より広い。やっぱお嬢様だよなー…。
そして…
机の上だけじゃなく、本棚にも並ぶ参考書や資料集。まじめだなぁ…
他にも、画集や写真集…。前に美術館に行きたがったこともあるし、こういうの好きなんだろうな。
立ち上がって本棚の前に立つ。
しばらく本棚を見ていると、部屋のドアが開いた。
「あ…何見てるの?見ないでよ。」
冷たいアイスティーだろうか、カラカラと涼しげな音を立てる紅い液体を入れたきれいなグラスを載せたトレーを持ち、光が俺を恥ずかしそうににらんでいた。
「いや〜真面目だなぁと思って感心してたんだよ」
「からかってる?」
「ホントだって。漫画とか読まねえの?」
光は机にグラスを置きながら答えた。
「読むよ。」
「えっウソ。何読むの?」
「少女漫画とか…司がおすすめの貸してくれるから」
「あ〜ナルホド」
あいつか。なんか納得。
相槌を打ちながら椅子に戻り、いただきます、とアイスティーに口をつけた。と同時に驚いた。なんだこれ、美味い。ペットボトルのアイスティーと全然違う。苦みと渋みが全くなくて、華やかな香りが口いっぱいに広がり、それでいてさっぱりとしている。いくらでも飲める。
「美味いなこれ…何のお茶?」
「普通の紅茶だよ。」
「えっ?全然違う」
「お母さんが煮出してるの。」
「へえー…」
こんなエピソードさえ、住んでる世界の違いを感じる。両親に愛されて、何の不自由もなく、大切に育てられたんだろうな…。
「…どうしたの?」
「え?いや。始めるか」
「あ…うん」
俺がノートを開くと、光も勉強道具を出して机に並べた。
それからしばらく、静かな時間が流れた。
時々隣の光を見て、その真剣な横顔に、自分のよこしまな気持ちが沸き起こりそうになるのを抑えつける。今日は勉強するだけ…!そう決めたんだから。
しばらくして、キリがついたのだろうか、光がノートを閉じて紅茶を少し飲み、チラッと俺のほうを見た。俺もペンを置き、光に笑みを返して伸びをした。
なんだかんだ、結構はかどった。自習室より静かだし。寮は論外だし。
俺も紅茶を飲み、一息つく。静かに流れる空気に、少し緊張が流れ始めるのを感じる。
なにか…ムズムズする。
光に触れたい。触れたいけど…どうしたらいいかわからない。
光もこの空気を読み取ったように沈黙し、恥ずかしそうにうつ向いて、ノートの端を指先で弄っている。
「勉強…終わった?」
「…まあ……うん」
紅茶のグラスに触れながら尋ねると、光は小さくうなずいた。
俺も一応キリはついた。あとは直前まで暗記の復習をすれば、まあ平均点越えは堅いはず。
で…勉強が終わったということは、ここへ来た建前上の目的を果たしてしまったということで、やることがなくなっちまったということなんだけど…。…やること…。
ちらり、と光を見る。光も俺を見た。見つめあって、お互い顔が赤くなっていく。
光の赤い唇…。柔らかそうで、甘そうだ。
俺が顔を近づけると、光も少し顔を上げた。
静かな部屋で、光にキスをした。椅子が少し軋み、グラスの氷が解けて音を立てる。
押し付けた唇を、少し開いて光の柔らかい唇を挟む。擦り付けるように唇を重ねて、俺は、欲望のままにその唇の間を舌で割った。
「ん…!」
光の方が少し強張って、緊張が伝わってきた。舌の先に、光の歯と舌が触れる…。
光の手が俺の肩口に触れ、シャツをつかんだ。
「んんっ…、ちょ、ちょっと…」
光が俺の肩を押し、唇が離れた。真っ赤な光の顔を見て、煽情感に襲われる。光は耳も首筋も、鎖骨のあたりまでほのかも肌が赤く色づいて紅潮していた。やばい。勃ちそう。ていうか、もう勃ってる。
「さ…」
最後まではしないから……
…と、言いかけて、ぎりぎり踏みとどまった。
何言おうとした、俺?ちょっとでも見せて、触らせてくれってか?そんな欲求丸出しなこと光に言えるか!理性崩壊コエー!
「…なに?」
光のうるんだ上目遣いが今は一層効く…!
「…あ、いや…そろそろ帰ろうかなって…」
「え…。」
咄嗟に出た言葉に、光が思いのほか悲しそうな顔をしたのが、俺の胸を締め付けた。
あー…!俺だってまだここにいたいし、もっと光と…この先までしたいけど…!
「そっか…。」
光はそう言って、赤い顔のまま少し視線を落とした。…俺の股間に。
「……。」
「……。」
咄嗟に手を置いてさりげなく隠したが、光も戸惑ったように視線をそむけた。ば…バレた?がっつり反応してるの…。
俺は冷静さを装って、冷たい紅茶を一気に飲み干した。
「そ…そろそろ夕飯の時間だし。」
「そ、そっか。」
俺が取り繕ってそう言って荷物をバッグにしまうのを、光は見つめながら頷いて髪を耳にかけた。そのこめかみにはしっとりと汗がにじんでいて、俺はまた欲情をかき乱される前に視線をそらした。
「じゃ…ありがとな。」
「うん…」
二人で部屋を出て玄関まで行き、見送ってくれる光を振り向いて俺は笑顔になる。
いまだに思う。こんなに可愛い子が俺の彼女だなんて。大切にしないと罰が当たるに違いない。
「おじゃましました。」
「うん…」
「なんだよその顔。寂しいの?」
なーんつって…と笑おうとしたら、光はちょっととがらせた唇で…
「…うん…」
…と、うなずいた。
「え…」
ちょ…その可愛さは反則だって…!
いつもは反発してくるのに何で急にこんな素直に…!?
「そ、そっか」
「……。」
つま先で地面をつつく光に、俺は近寄った。
そしてその頭をポンと撫で、柔らかな頬をつつく。
「夏が終わったら…一緒に海でも行く?」
俺がそう言うと、光の瞳がキラッと輝いた。
「うん…。」