地区予選も始まったことで、光と過ごせる日はほとんどなくなった。
だから今日みたいな取材も補習も呼び出しもない日の休み時間に隙を見て会いに行くしかないんだけど…。

「あ〜御幸先輩だあ〜!!」

光の教室の前で、以前見かけたことのある派手な女子グループにつかまった。きつい香水のにおいが鼻をつく。

「せんぱ〜い試合頑張ってねー!」
「テレビで見るよりカッコいい〜!」
「応援行ってもいいですかぁ〜?」
「…どいてくれる?」

そっけなく突き放しても挫けないギャル達。俺が視線を巡らせて教室の中を見ると、真ん中あたりの席に光の姿を見つけた。鷹野と話しながら、こっちにも気づいてる様子でちらりと見てくる。
こいこい、と手招きすると、光は鷹野を見て、鷹野に促されるようにして、席を立ってこっちに歩いてきた。

「御幸せんぱ〜いドコ行くの〜?」
「離せって…」

「……。」

近くまで来たものの、じとりと俺と俺の腕に絡みつくギャルを見つめて黙っている光。俺は悪くないのに…!

「おい…光の前でくっつくなよ!」
「きゃ〜コワ〜い」

腕を振り払うも、きゃははは、と全く堪えていない様子のギャル達。ったく…、とため息をついて光を見ると…光はますますもの言いたげな目で俺をにらんでいた。え、なんで?

「前じゃなきゃいいんだ…」

そして、ぼそり、とそうつぶやき、俺たちの間を突き抜けて廊下に出ていく光。

「え…ちょ、」

慌てる俺と目が合った鷹野は、バーカ、という口の動きをした。


慌てて光を追いかけて、廊下の少し先で追いついた。

「おい、今のは誤解だから!」

光の腕をつかんで引き留めると、不満げな顔の光が俺を振り返った。

「ふーん」
「…まだ怒ってんの?」

この間の怒りがまだ収まっていなくて、今の件で火に油を注いでしまったのかと、俺は推理した。

「怒ってないし」
「いや、怒ってんじゃん」
「またこのやり取りするの?」

ふん、と腕を組んでそっぽを向く光はどう見ても怒っているけど…今は追及することをやめた。

「この間の事…話したいと思ってたんだけど」
「……。」
「今は無理?」

光はしばらく沈黙して、むっと口を尖らせた。

「話すって何を?」
「いや、なんか怒…じゃなくて、変な感じになったからさ」
「……。」
「俺が何か悪いことしたかなーと…」

人が通りかかって、俺たちは少し廊下の端に移動して、向き直った。

「…嫌だったなら、謝りたいし」
「……。」

まだ…早かったのかもしれない。あの日俺は舞い上がって、調子に乗ってしまったけど…光はまだ心の準備ができてなかったのかも…。

「…嫌とかじゃない」

光は腕を組んだままぽそりと呟いた。

「…じゃあ…何?」
「何っていうか…」

光はしばらく考え込むように沈黙し、突然顔を赤らめた。

「ただ……」

組んだままの腕を少し手でさすり、身を守るように肩をすくませる光。

「先輩が…」
「…俺が…?」
「…なんか……慣れてるんだなって、思って。」
「……。」
「ちょっと…悲しくなっちゃった…」

俺は衝撃のあまり目を点にして立ち尽くした。
光は顔を赤くしたまま俯いて、つま先で床をつついた。

「…えっ、どこが?」
「え…?」

慣れてる…わけがない。だって、俺は、未経験なのだから。

「どこが慣れてるって思った?」
「えっ…な、な…そんなこと、言わせないでよ」
「いや、まじで。どこが?」
「…だ、だって」

光はますます顔を赤くして目を泳がせる。

「さ……触りながら、他のこと考えてたでしょ…?」
「え……」

考え…。考え事、とは、言った。確かに。
でもそれは、その先のことで頭がいっぱいだっただけで…。

「…違うって!!」
「!!」

思わず声を上げると、光はびくっと驚いた。

「俺はその……、なんつーか……」

もうこの際、正直に言ってやる。

「…どうしたらいいか考えてたんだよ!」
「…え?」
「経験ないから!」

あたりが静まり返った。光がポカーンと口を開けたまま俺を見つめ、瞬きをして……顔を真っ赤にした。

「け…。え…?」
「……。」
「う…嘘…」

光は両手で口を覆ってそう呟いた。なんか傷つく…よくわからないプライドが。

「何…引いた?」
「ひ、引くわけないじゃん!」
「じゃあなんだよその反応は…。」
「だって…!き、キスとかも、慣れてたから…」
「……。」

…そうか?

「いや全部初めてだったんだけど…」
「えっ嘘!?」
「ちょ…そういう驚き方やめてくんない…」
「ご、ごめん」

俺のいたたまれなさにようやく気が付いたようで、光は顔を赤くして手を下した。

「だから光がどう思ったかわからないけど…俺はあの日、死ぬほど緊張してたわけ」
「……。」
「だから何か嫌なことしたかなって…ずっと気になっててさ」
「……。」

そうだ。これが正直な気持ち。それを吐き出して少しすっきりしたところで、光も落ち着いた様子で俺を見つめた。

「…ごめん。」

そうつぶやき、また少しうつむく光。

「私…。」

そして続けて、口を開く。

「…私…も、…初めて…だから…。考え事してたとか、言われたのも…私は、すごく緊張してたのに、先輩はそうでもないのかなって思って…だから…」
「……。」

…初めて。
いや、うん。光が初めてなのは、なんとなくわかってたし、期待してたとこでもあるけど、実際本当に本人から言われると、めちゃくちゃ興奮する…
光の初めてが、俺になるってこと…。

「…先輩?」
「え、あ、うん。いや、気にすんなよ、もう…」
「…うん」

また沈黙が流れる。だけどさっきまでの気まずさはもうなかった。それよりも俺は、光のことが愛おしくてしょうがなくなって…

「じゃ…今度、続きしていい?」
「えっ…。」

こっそり囁くと、光は顔を真っ赤にして…

「ば…バカ…。」

たまらなく可愛い拗ねた顔で、呟いた。

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