「はい。確かに受け取りました。」
文化祭を控えた秋の日の朝、俺はプロ志望届を学校に提出した。
礼ちゃんは受け取った用紙を丁寧にクリアケースに仕舞った。
「他に誰が出したの?」
「あなたの他は倉持君だけよ。」
俺の問いに軽く答えた礼ちゃんは、忙しそうに机に向かう。
「ふーん…失礼しました」
「はい、お疲れ様。」
部屋を出て、寮の部屋へ向かう。一瞬今までの部屋に向かいかけて、おっと、と足の向きを変えた。今はもう、引退した3年だけで固まって部屋を使っている。
階段を上がって部屋に入ると、倉持がベッドで漫画を読んでいた。今の同室はこいつとゾノだ。
倉持は俺に見向きもせず漫画を読み続けていて、俺も構わずタンスを開けた。白いTシャツを取り出し、それと洗濯したばかりの黒いチノパンを合わせてジャージから着替える。そしてヘアワックスで髪を整え始めると、グシャッと乱暴にページをめくる音とともに倉持が言った。
「デートかよ?」
やけに突っかかる言い方に気付いたが、俺は取り合わない。そんな暇はない。
「まぁな」
「チッ、あっそ」
グシャッ、とまたページをめくる音。ちゃんと読んでるとは思えないペースだ。
「何ピリピリしてんの?」
「してねぇよ」
「そんなに本ぐちゃぐちゃにして?」
「チッ」
明らかにいらだった様子で倉持が漫画を放り投げた。漫画は折れ曲がって俺の足元に転がってきた。
「何をそんなにイラついてるか知らねえけど、モノに当たるなよ」
俺は漫画を拾い上げて本棚の上に置いた。
「……。」
倉持は不貞腐れたように壁のほうを向いて寝転がったまま黙っている。
「じゃ…夕飯までには帰るけど」
「さっさと行け」
「……。」
なんなんだ一体。俺に怒ってるのか?なんで?
ま…いいや。ほっとこ。そのうち気が鎮まるだろ…
「お前…最近間宮と仲いいけどさ」
「え?」
部屋を出ていこうとしたところで、倉持が起き上がって話し始めた。しかも、なぜか間宮の話らしい。
「あいつとどんな話してんの?」
「…は?」
倉持の苛ついている理由がわからず、俺は素直に考える。
「別に普通に…」
「花城さんのこと話してるよな?」
「え、…」
今度は光の名前が出て、俺は驚いた。倉持のイラついた眼の理由がわかったような気がして、すごく動揺した。
「…何の話?」
「とぼけんなよ。いつもコソコソ喋ってるだろ」
「……は?」
「童貞卒業だなんだってはしゃいでたよな」
フッ、と怒りに満ちた笑いを浮かべる倉持の言葉に、俺は茫然とした。
「な、何言ってんの?そんなこと言ってねー…」
「聞いてたんだよこっちは。間宮に筒抜けなこと、花城さん知ってんのかよ」
「はあ…?」
待て。頭が追い付かない。まず倉持は誤解してるし、なんで倉持がこんなに怒ってるのかもわからない。いや、それはわかりたくないだけかもしれない。
「あのな…お前が思ってるようなことは喋ってないし、なんでお前がそんなことでキレてんの?」
「テメーの下劣っぷりにイラついてんだよ」
「だから誤解だって…」
俺はなんだか疲れてため息が出た。
「…たしかに相談はしたけど、光とのことは何も言ってねーよ。あいつが勝手に騒いでるだけで」
「相談してんじゃねーか」
「だぁから…」
どうすりゃ納得すんだこいつ。いや、納得させる必要もないか?そもそも関係ないもんな、こいつ。
「花城さんが知ったらどーすんだよ!このクソ眼鏡」
で…こいつを黙らせるには…
「お前光のこと好きだろ?」
ビシッ、…と、倉持が固まった。わかりやすいくらいに。
そして見る見るうちに、顔がゆでだこのように赤くなり、ものすごい勢いで汗を拭きだした。
「すっげぇわかりやすい…」
俺はぼそりとつぶやくと、倉持はハッと我に返った。
「は!!?いや、違うし!?なななな何言ってんだテメーバカか!!?」
「動揺しすぎ」
「し、してねーよ!!」
倉持はベッドから出てきて俺に対峙した。
「こないだからずいぶん俺と光のこと心配してくれてるようだけど、お前に関係ないからほっといてくれない?」
「アァ!?別に心配なんてしてねぇし、俺はただお前のやってることが…」
ガチャッ、と突然ドアが開いて、俺と倉持は振り返った。
「ど…どうした?」
ドアを開けたゾノがただならぬ雰囲気を感じておそるおそる聞いてきた。
「何でもない。俺出かけるから」
「お…おう」
俺はこの隙にとばかりにゾノと入れ替えに部屋を出た。背後から倉持に睨まれているような気配を感じながら。