夕食を終えてしばらく部屋で休み、空いてきたであろう時間に風呂に向かった。
夕食の時間…速水のインタビューには驚いた。あれはどう考えても花城さんのこと…。
脱衣所に入ると誰もおらず、俺は黙々と服を脱いで浴場に向かう。と、その途中に、ひとつだけ脱いだ服が入っているかごが目に留まった。一人、誰かが風呂に入っているらしい。
が、最上級学年の今、気を使う必要もない。俺は特に何も考えずに浴場のドアを開けた。
洗い場にいたのは御幸だった。俺は不意打ちを食らったように一瞬怯んだ。よりによってコイツかよ…。
『お前光のこと好きだろ?』
昼間御幸に言われた言葉が頭の中を反芻する。なんで、俺は、あの時、もっと…。
そんな俺の胸中など知らぬような顔をして、御幸はざっと体をシャワーで流すと、タオルを持って立ち上がった。俺を無視して湯船につかるらしい。ならば俺も気にせず体を流そう…と思ったとき、こっちに向いた御幸の背中に、俺は視線を奪われた。
……ひっかき傷。
――カンッ、カラーン…
力が抜けた俺の手から手桶が滑り落ち、情けない音が浴場内に響いた。
驚いて振り返った御幸と目が合う。
「大丈夫か?」
躊躇いがちに御幸が聞いてきた。直前まで声をかけようか放っておこうか迷ったような態度だった。
俺はその余裕な態度に無性に腹が立った。…いや、これは悔しい感情に近かった。
だって、そのひっかき傷は、まさか…。
「…ああ」
俺は手桶を拾い上げ、茫然とした気持ちで洗い場の椅子に座った。御幸に背を向けて、シャワーを頭からかぶった。腹の底からむしゃくしゃした感情があふれてきて止まらなかった。
あんなひっかき傷、普通じゃつかない。あんな場所に。誰かが後ろからひっかいたか、もしくは、抱き着いたかっこで爪を立てたか…。それも、裸で背中に触れる形で。
そんなの。もう、あれしか考えられないじゃねーか。背中に引っかき傷って。そんな漫画みたいな、ベタな…。
しかもまだ新しそうな傷…てことは、ついさっき、こいつは、花城さんと…?
あんな傷がつくほどのことを。
あの、花城さんが。あんな傷をつけるくらい、乱れるようなことを。
「……おい、ホントに大丈夫か?」
シャワーの音に交じって、御幸の声がした。俺はずいぶん長いことシャワーを頭からかぶってたことに気が付いた。
「平気」
俺は振り向かずに言って、シャワーを取って頭に再度流し、シャンプーを出して髪につけ泡立て始めた。
鏡が曇っていて、よかった。
もうシャワーはかかっていないのに、いつまでも濡れて前が見えない視界を眺めながらそう思った。
「……。」
しばらく無言で頭と体を洗い、俺はようやくシャワーを止めた。浴場が静まり返った。立ち上がって振り向くと、御幸はまだ湯船につかっていた。俺は御幸がいる場所とは反対側の端に身を沈めた。
少しして御幸は湯船から出て、体を流しに洗い場へ行って、シャワーを浴び始めた。
キュッ、とシャワーが止まり、御幸は脱衣所へ向かう前に俺を振り返る。
「じゃ、俺、出るけど…」
普段ならいちいちそんなこと、絶対に言わないくせに。
「…大丈夫?」
昼間喧嘩したからだろうか、御幸は柄にもなくバツが悪そうに俺に心配の声をかけた。
だけどそれが今の俺には無性に頭にきた。
花城さんとそんなことをして、余裕綽々で、俺の心配なんかしちゃって、どうにも見下されてるような気がした。
こいつは、何でも持ってる。
彼女も野球センスも。プロ入りだって、危うい俺とは違ってこいつは何球団も面会に来ていて、指名は確実だ。ついでに顔もいいし、花城さんの心だって…。
「…お前こそ大丈夫かよ。」
「え?」
俺が口を開くと、御幸は心当たりがなさそうにきょとんとした。
「背中の傷は見せびらかしてんのか?」
しかし俺がそう続けると、御幸は少し固まった後、ハッと気が付いたように一気に顔を赤くした。
「え…、」
そして明らかに焦って背中を気にしだし、しかし自分で見えるはずもなく、気まずそうに俺をにらんで浴場を出て行った。
一人になった浴場で、後悔が押し寄せる。
何やってんだ、俺。
クソダセェ…。