…俺を指名する球団はなかった。

やっぱそんなに甘くねえな…。

育成選手としてでも拾われたことには、感謝するけど…。

て、いうか、育成選手だとしてもすごいことだってのは、理解してる。頭では。
だけど…。
圧倒的なアイツがすぐ近くにいるから…自分が酷くちっぽけに思える…。


「…あ…。」

キュ、とリノリウムが鳴って、俺を見つけて立ち止まる花城さんが目に映った。
どきりとした。こんなところで会うなんて。
相変わらず…綺麗だ。

「おめでとうございます。」
「え?あ、あぁ…どうも」

ふわりと微笑んで祝いの言葉を述べてくれた花城さんの姿は、俺の幻覚かと思うほど綺麗で驚いた。俺のこと…ちゃんと知ってくれてるんだ…。

「…御幸から聞いたの?」

アイツとはずっと冷戦中のような状態。俺の話題を出すとは思えないけど…

「え…?あ、いえ司が言ってて」
「あー、そうなんだ…」

脳裏にあのミーハーな鷹野の顔が浮かぶ。噂話とか好きそうだ。

「御幸先輩と同じ球団なんですよね。」

花城さんは嬉しいことのように、いや実際嬉しそうにそう言った。俺もそれを喜んでいるに違いないと思っている笑顔だった。

「あ〜…まあ…」

ふふふ、と笑う彼女が可愛すぎて、でも素直に喜べない自分に困って、俺は頭をかいた。

「あ、じゃあ、失礼します。」
「あ…」

ぺこり、と頭を下げて歩き出す花城さん。俺は引き止めることもできず、ただポカンと立ち尽くす。だって、俺には、彼女を呼び止める理由もない。

「…うん…」

俺は遠ざかっていく花城さんの背中をいつまでも見つめた。


***


ひとまず…
受験勉強から逃れられたことは正直嬉しい。


「あ〜〜もう全然だめだああ〜〜!!」
「お前ノートもまともに取ってねぇじゃん!」
「誰か俺に因数分解を教えてくれええ」
「お前よく高3になれたな!?」

今日も受験に追われる寮生の阿鼻叫喚が寮内に響いている。俺は1人鼻歌を歌いながら財布を手に取り寮を出た。
コンビニでも行っておやつ買ってこよう。

…と、校門を出ようとしたところで足を止めた。

「いつ引っ越すの?」
「正月明け…」
「えー、そんなに早いんだ…」

花城さんと御幸…!!
並んで歩いていく2人の姿。花城さんが帰るのを、御幸が送っているんだろう。

「高卒選手は基本5年くらいは寮だからさ…早く出たいけど」
「へぇ〜」
「…光は高校卒業したら大学行くだろ?」
「え?うん、そのつもりだけど…」
「…だよな。…て、ことはさ」

なんだか歯切れの悪い御幸。あんな煮え切らないアイツは見たことがない。花城さんの前だとあーなのか…?いつもは思いやりのかけらもない歯に衣着せぬ毒舌のくせに。
俺はこっそりと2人の後をついていくことにした。

「光が大学卒業するまで、まあ…4年じゃん?」
「うん」
「で、その時俺は…ちょうど入寮5年じゃん?」
「…う、うん」

この話の流れ…あいつまさか…

「だからその時……、…一緒に住まねえ?」

「…え…?」


え…。


……えっ!!??


「あっ、もちろんその時、光がよければだけど」
「……。」

花城さんは少し俯き……小さく頷いた。

「…うん…。」

ここから見える耳も、真っ赤になっていて…。
き…聞きたくなかった…。なんか、むしゃくしゃする…。

「…よかった」

御幸は柄にもなくしおらしく呟いて、花城さんの手を取り、握った。2人はちょっと顔を見合わせて、指を絡ませて手を繋ぎ、前を向いて歩いていく。

俺はだんだんと足が動かなくなって…いつの間にか立ち止まり、遠ざかる2人の影を呆然と眺めた。
取り残されるような気分で…。

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