そして迎えた、クリスマスイブ。


「いいなあ〜!クリスマスデート〜〜!」
「あはは。またね、司」

光をクラスに迎えに行って、鷹野に冷やかされながら学校を出た。
ポケットのなかの小さな箱をこっそりと握る。…プロポーズかってくらい緊張する。

「大丈夫?」
「えっ、何が?」
「なんか変な顔してるから…」

光の指摘にぎくりとした。おかしいな〜、俺、そんなに顔に出るタイプじゃないはずなんだが…

「そ、そうか?いや〜、ちょっと暑くて…」
「え?こんなに寒いのに?」
「た、代謝が良くて」
「ふーん…」

なんか変な汗をかいてきた。どうした俺、落ち着け!俺はチャンスに強いはず…!

「あっ…」

駅が見えてきて、イルミネーションを施された街路樹が並ぶ大通りに差し掛かり、光が足を止めて見上げた。

「綺麗〜」
「うん…」

ライトアップされた木々を見上げて目をキラキラさせる光の横顔が可愛くて…俺はそんな彼女の手を握った。手を繋いで並んで歩く。もう引越しも目前…。高校生の間は、ちゃんとしたデートはきっとこれが最後だから…。

光は照れ笑いの混じった目で俺を見つめ、キラキラ笑う。なんて可愛い、なんて綺麗な、俺の彼女…。絶対ずっと離さない…。

駅前の通りを2人で歩いて、そのまま近くの大きな公園へ向かった。そこは本格的なクリスマスイルミネーションに彩られ、たくさんのカップルで溢れかえっている。

「すごい人だね」

光が言って、はぐれそうになった手に力を込めた。

「はぐれんなよ」
「うん」

その手を引き寄せて、体をくっつけて、肩を抱いた。人混みから光を守るようにして…。
光はちょっと恥ずかしそうにはにかむ。

「こっちに行くか」

順路が分かれているところで、俺は人の少ない湖の裏側を通る細い道を選んだ。光も頷いてついてくる。
だんだんと喧騒が離れ、ちゃぷちゃぷと揺れる静かな湖の音が響いてくる。

しばらく歩くと短い桟橋のように手すりのついた足場が少し湖の上に突き出ていて、俺は光の手を引いてそこに入った。

「きれいだね。」

光は湖の向こう側に見える公園のイルミネーションを見つめて言う。その瞳には輝きが映って、何よりもキラキラしている。

「ああ…」

俺は静かに答えて、しばらく黙って隣に立っていた。2人で並んでイルミネーションを眺め、俺はこっそりとポケットに手を入れる。

「…光。」

名前を呼ぶと、光は俺を見上げた。
こうして名前を呼べることが、そして振り向いて微笑んでくれることが嬉しい。

「…はい。」
「え?」

俺が小箱を差し出すと、光は驚いて手すりから手を離し、戸惑いながら箱を受け取った。

「プレゼント。」
「えっ、うそ、私何も用意してない」
「はは、いーんだよそんなの。」

本当に可愛いな…。

「ほら、早く開けて」
「う…うん」

光は頷いて、緊張した顔で箱の蓋を開いた。
月明かりの中でも、キラキラと眩く輝く指輪。わぁ、と光が息を呑む。

「可愛い!ありがとう」

光は嬉しそうに笑って、早速指輪を薬指に嵌めて眺めた。…右手か。よかった8号にしといて。

「すごい、サイズピッタリだよ!」
「あ…おう、よかった」
「なんでわかったの!?」
「…勘」

え〜、すごい、と感動しきりの光。しばらくその様子を見つめて、俺は息を吸い込んだ。
…勇気を出して。

「…ごめん、今は安物しか買えなくて」
「え…?」
「いつか本物…買えるように頑張るからさ」

光は俺を見上げて目を瞬いて、唇が震えたかと思うと…その瞳のキラキラが揺れ出した。

「なに…?なんで…、えっ、どういうこと…?」

光の声は震えていて、瞳から一粒、光がこぼれ落ちる。

「…この先の言葉は5年後に取っておく。」
「……。」
「でも…ずっと一緒にいたいと思ってる。」
「……。」

光は唇を震わせて、耐えきれなくなったように俺に抱きついた。

「一也先輩…大好き」

ああ、やばい。
この一言だけで…死ぬほど嬉しい。

「俺もだよ…」

そう答える時、胸の底が震えた。
そして、きつく、きつく、光を抱きしめた。


***


そして…終業式。

「一也先輩!」

今日退寮する俺を、光が鷹野と一緒に校門まで見送りに来てくれた。

「え、花城さんいるじゃん」
「やべぇめっちゃ可愛い…」
「あ…御幸の見送りか」
「プロ行けてあんな可愛い彼女までいて…あいつマジでどーにかなんねぇ?」
「そろそろバチあたれ」

「おい聞こえてんぞ」

ヒソヒソと俺の悪口を言っている同級生を睨み、俺は光に歩み寄った。

「わざわざありがとな。」
「ううん。だって…」

人前だというのに、寂しいのか光はそっと俺のコートの袖口を掴む。

「…もう、しばらく会えなくなるもん…」

…あああああ可愛い…!!!今すぐベッドに連れて行きてえぇ!!!

「い…今の聞いた?」
「やべえ可愛すぎるんだけど…!!」
「いいな〜〜あんな彼女…!!」
「あ〜〜〜嫉妬で狂いそう」
「なんであいつばっかり〜〜〜!!!」

…外野がうるせえ。

「御幸先輩ニヤニヤしてる〜。きゃはは」

…鷹野も。

「またすぐ会えるって。」
「うん…」

「OBとしての責任はどう感じてるんでしょうかね〜〜!!彼女にばっかかまけてねーでこっちにも顔出してくれるんでしょうね〜〜!!」
「沢村黙ってろ!!!こっち来い!!!」

やかましい沢村を金丸が連行して行ってくれた。新主将は本当に頼もしい。

「あっ!倉持先輩!」

急に鷹野が声を上げて手を振る。振り向くと、寮の方から荷物をまとめた倉持が出てきたところだった。こいつも今日退寮だからだ。

「倉持先輩も今日出て行くんですか〜!?」
「そーだけど」
「え〜!水臭い〜!!なんで言ってくれないんですか〜!!」
「別に良いかと思って」
「つめたぁ!!」

鷹野と倉持の親しげな応酬を見て笑う光。そんな光をチラッと見て、何かいいたげに…だけど口を引き結んで前を向く倉持。

「倉持先輩お疲れさんっしたぁ!!」
「お元気で!!」
「頑張れよ〜!!」

寮のみんなに見送られ、倉持はおう、と片手をあげ、一足先に駅に向かって歩き出す。

「一緒に行かなくて良いんですかぁ?」

鷹野が不思議そうに俺を振り向いた。

「え?あぁ…うん、どうせ電車の方向違うし」
「え〜でも…」

まあ…まだ冷戦状態だからなんだけど。
俺がはぐらかすと、鷹野はそれ以上は聞いてこなかった。

「じゃ…俺もそろそろ行くわ」
「うん…」

寂しそうな光の顔に後ろ髪をひかれつつ…だけどこれは別れじゃない、と言い聞かせる。

「そんな心配すんな。」

ついいつもの癖で光の頭を撫でると、寮のみんなに驚いた顔で注目された。

「おい見たか今の…!?」
「プレイボーイだ!!プレイボーイ!!」
「花城さんそんな軽い男許しちゃダメっす!!」

「あ〜〜も〜〜うるせえ」

やっちまった。光を見てるとつい、触りたくなって…。
光は少し赤い顔で俺を見上げる。

「…連絡してね」

俺は微笑んで頷いた。

「うん。」

そして校門を出る。

「じゃ…」

「御幸先輩お疲れさんっしたぁ!!」
「元主将〜!!ありがとうございましたぁ!!」
「活躍楽しみにしてます!!」
「御幸も頑張れよ〜!!」


大歓声の野太い声と、光が小さく振る手に見送られ、俺は学校を出た。

駅に向かって一人歩き、切符を買ってホームに向かう。
エスカレーターを昇ってホームにつくと、俺の乗る路線とは反対方向の路線の方を向いて、倉持がベンチに座っていた。

「…よ。」

思いがけず向こうから声をかけられて一瞬怯む。最近ずっとギクシャクしてたけど…これからは同じ球団の同じ寮に入る。倉持なりに和解しようとでもいうのだろうか。

「おう…」

俺は拍子抜けした気分で、倉持とは反対の方を向いて隣に座った。

「電車いつ?」
「…あと5分」
「俺はあと3分」

微妙な時間帯だからかホームの人はまばらで、会話が途切れると静かに感じた。

「…お前との腐れ縁もここまでとはな〜」

俺はずっと思っていたけど冷戦状態で言えなかったことを口にした。

「ま…仲良くやろうぜ」

倉持の横顔を見ると、倉持は少し俯いて難しい顔をしていたのを、少し顔を上げて決意したように表情を固めた。

「俺は…」

不意に音楽が鳴り響き、間もなく二番線に列車が参ります、と、ホームに放送が流れ始める。

「1年で育成から這い上がって見せる」

そう言うと倉持は立ち上がって、バッグを肩に掛けた。

「そんで…花城さんを奪いに行く」

「…え?」

電車がホームに滑り込んでくる。強い風に顔を殴られ、俺は立ち上がって倉持を見た。

「じゃあな」

少し振り返ってそう言うと、倉持は電車の間ドアから車両に乗り込んだ。電車のドアが閉まり、ゆっくりと動き出す。

窓から見える倉持の姿が途切れ、やがて見えなくなる。

俺はただ、そこに立ち尽くした。

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