「おつかれ〜!」
「明日よろしくねー!」
ついに文化祭前夜。
準備の最後の仕上げを終え、いつもよりも更に遅い時間にみんなで学校を出た。
ほとんどの生徒は電車通いのためみんなで駅へ、寮生の俺と徒歩通学の花城の二人だけが反対方向へ。
真っ暗な学校沿いの歩道を、花城と二人で歩く。密かにこの幸運の喜びを噛み締めながら。
「明日楽しみだね。」
花城が本当に嬉しそうな笑顔で言った。街灯に照らされた花城も綺麗で、ドキッとする。
「うん。高校最後の文化祭だもんなぁ」
「そう考えるとなんか寂しいな〜」
「わかるわかる。」
ふふふ、と花城の笑い声が夜道に響いた。
「…花城、今日ご両親は?」
数日前、あまり家に親がいないと寂しそうに言う彼女を見たから、俺は少し勇気を出して踏み込んでみた。
すると花城は明るい笑顔になって俺を見上げた。
「今日は二人とも早く帰ってくるの。」
「そうなんだ、よかったな。」
俺は花城が嬉しそうで、自分も嬉しくなった。花城は笑顔を咲かせたまま、うん、と弾むように頷く。心配したけど、両親との仲は良いみたいだ。帰ってくるのをこんなに嬉しそうにしてるなんて。
なんか…可愛いな…。
「あ。じゃあね」
寮の前に着き、花城が俺を追い越して手を振る。
「いや、もう少し先まで送るよ。」
俺は他意を悟られぬよう、友達の顔をして言った。
「え、いいよ。」
「いや、もう真っ暗だし危ないって!せめて家の近くまで一緒に行くよ。」
「でもほんとに…。」
「いいから行こう!ほら」
ちょっと強引だったかな…。花城は俺の気持ちを多分知ってるし…。
でも俺が花城を追い越して歩くと、花城は小さく笑ってついてきた。
「なんかごめんね。」
「いいって。散歩、散歩。」
ていうか、普通に、花城と一緒にいたかっただけだけど…。そんなことは言えない。
「御幸先輩、元気?」
二人の仲を気にしていないふりをして、そんな質問をしてしまう自分に驚く。何を期待して聞いてんだ、俺。
「うん…」
花城は少し照れたように笑って頷く。…聞かなきゃよかった。花城のこんな顔、俺には辛すぎる。
この間学校に御幸先輩が来た時、花城が御幸先輩を見て泣き出して…肩を抱いて慰める御幸先輩を見て思い知った。みんなの知らない二人がいるってこと…。
そしてもう…おそらく、体の関係があることも…。
…花城がすごく大人で、俺には釣り合わないようにばかり思えてくる。
「あ…」
スマホが鳴って、花城がバッグからスマホを取り出した。
「お母さんだ…ちょっとごめん。」
「あ、うん。」
花城は俺に断って通話ボタンを押し、スマホを耳に当てた。
「…何?また遅くなるの?」
拗ねたような言い方で、花城は腕組みをして電話の向こうに話しかける。だけど次の瞬間その拗ねた横顔が、はっとこわばって、段々と青ざめた。
「…え?」
花城は足を止め、俺も立ち止まって花城を見守った。何かあったのか…?
「……そうですけど…。」
敬語になる花城を見て、もしかして電話の相手はお母さんではなかったのかと俺は察した。
でも、じゃあ…なんで「お母さん」から電話が…?
「…えっ…!?」
花城が愕然として、ゆっくりと口元を手で覆う。その手が震えていて、俺はただ事ではないと思った。
「……わ…わかりました…。はい…失礼します…。」
花城は震える手で電話を切った。夜道に静寂が降りる。
「ど…どうしたの?」
聞くべきか迷ったが、立ち尽くす花城に尋ねる。花城は呆然とした顔で、暗くなったスマホの画面を見つめたまま…思い出したように息をした。
そのまま呼吸を荒くして、俺を見上げた花城の目には涙が滲んだ。
「…警察だった…」
「…え?」
不穏な言葉だと思った。嫌な予感がした。
花城は自分でも信じられない顔で言った。
「お母さんたちが乗ったタクシーが…事故に遭ったって…」
「…えっ…?」
そ…それって…、まさか…、そんな……、
「……身元確認が必要だから……これから警察が家に私を迎えにくるって……」
そう言うと花城の目からは、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。
身元確認…って。じゃあ、もう…、まさか…。
「どうしよう…。」
花城は顔を覆って肩を震わせた。今にもそこにへたり込んでしまいそうなほどフラフラだった。俺はどうしたらいいか分からずに、だけど目の前の花城をなんとかしてやりたくて、迷う手をその細い肩に伸ばした。
「とりあえず…家に帰ろう。俺も一緒に行くから」
花城の背中を押して、ゆっくりと歩き出した。
まさか…こんなことになるなんて。
…大丈夫?と、何度も聞きそうになって、飲み込んだ。大丈夫なわけない…。両親が無事であるように…俺は強く願った。
花城が立ち止まる。立派な門の前だった。表札には「花城」と書かれている。すごい豪邸で、俺はちょっと驚いた。
でもこんな状態の花城の前で、そんなことはどうでもよくて。
「…警察が来るまで俺もいるよ。」
そう声をかけると、花城は門の前の花壇の縁にへたりと座り込んでしまった。
呆然と涙を流しながら、不安でたまらない顔で。
俺は考えて、ハッと思い出して、バッグからタオルを引っ張り出した。
「これ使って。」
「…ありがとう…」
花城は俺のタオルを受け取り、涙を拭う。そしてそのままタオルに顔を埋めて肩を震わせた。
その時パトカーが静かに近づいてきて、花城の家の前で停まった。
二人の警官が降りてきて、俺と花城を見て、花城に目を止める。
「花城光さん?」
花城は頷いて、立ち上がった。
「乗ってください。」
警官は少し同情するような優しい目で花城を見て、パトカーの後部座席のドアを開けた。
花城は俺を振り向き、タオルを差し出した。
「ごめん、これ…」
「いいよ、持っていきなよ」
それを断ると、花城はタオルを握りしめ、頷いた。
「…ありがとう…東条」
そう言ってパトカーに乗り込む花城。警官がドアを閉め、パトカーに乗り込み、車はゆっくりと発進する。
サイレンも鳴らさず、点灯もせず、ゆっくりと走っていくパトカーを見送って…
俺は、最悪の想像を掻き消した。