駅へ向かう道を駆け抜けていく。
帰宅する青道生たちがちらほら歩いているのを追い抜きながら、光の姿を探して…
もうすぐ駅が見えてくるころ、俺はその後姿を見つけた。
人目を惹く、スラッとした、後ろ姿からもキレーだとわかる女子高生の背中。
見慣れた光の後ろ姿。
追いついて、その肩を掴む。
「…え…?」
振り向いた光は目を見張って俺を見つめた。
俺は息を切らして、光は息をのんで、数秒間黙ったまま見つめ合った。
「…ちょっと…こっち」
「え…、な、なんで…」
人目を避け、俺は光の手を引き、建物の間の細い路地裏に入る。
そこに止まって光を振り向くと、その表情は困惑していた。
「…東条達から聞いた。ご両親のこと…」
「……。」
「…俺も驚いて…聞きたいことはたくさんあるけど…」
「……。」
「…大丈夫か?」
光は目を伏せたまま、小さくうなずいた。
「…うん…」
そして俺は大丈夫か、なんて聞いたことを後悔した。大丈夫じゃないに決まってる。でも、こう答えるしかない。
「……。…連絡も取れなかったし…何があったのかと思った」
「…ごめん…携帯、解約したの」
「…え!?なんで…」
「今、叔父の家でお世話になってて…携帯料金払ってもらうの、申し訳なかったから…」
「……。」
その言い方には何か、嫌な予感がした。
「叔父って…あの従弟の親父さん?」
「あ…、…うん」
「…そう…」
あの従弟…、悪い奴じゃないと思ってたんだけどな…。両親がどんな人かは知らないけど…。
「…本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫…連絡は取れないけど…」
「…じゃあ、手紙書くよ」
「…それは…困る…。」
「…じゃあ、俺が携帯料金払う。…ってのはどう?」
光と連絡が取れないのは困る。そして俺は今、自分で稼いだ金もある。光は彼女だし、将来も考えてる。携帯料金くらいどうってことない。
「…いやだよ…そんなの…。」
だけど何となく予想してた通り、光は悲しげな顔でそう言った。
「…これからずっと叔父の家に住むのか?」
「…なんでそんなこと…聞くの?」
「約束したじゃん…一緒に住もうって」
「……。」
「俺…思ったより早く、寮を出られるかもしれないし…。光が良ければ、大学の途中からでも、俺が寮を出るタイミングで一緒に住むとかさ…」
「…大学は……行けなくなった」
「……え?」
沈んだ顔で光が言ったことを、俺はゆっくりと理解した。嫌な予感と一緒に。
「……なんで?」
「叔父に…大学費用まで出してもらうわけにはいかないから」
「だって、そんなの…光の親が遺したもんとか…あるだろ?」
光の家はどこからどう見ても資産家。下品な話だが、あの家なら娘一人、余裕で大学に行けるくらいは遺産があるはずだ。
「そういうのは…全部叔父が管理してるから」
「…えっ?そ…そんなのおかしくないか?」
「でも…お世話になるしかないの」
光はまだ高校生…。未成年。保護者は今は叔父。つまり…俺の嫌な予感は多少なりとも当たっているのだろう。
「…じゃあ、光、高校卒業したら…どうすんの?」
光は長いこと沈黙して、やがて、諦めたように言った。
「…働いて、一人でなんとかするしかない。」
…嘘だろ?今の時代にそんな。光みたいな子が、そんな。
「…なんだよそれ…。」
俺はまだ見ぬ光の叔父に怒りを覚えた。
「…俺が何とかする。」
「…え…?」
「大学費用も…住む場所も、俺が何とかするよ。」
「…やめてよ…」
「だってお前…、そんなの意味わからねえよ!なんでお前がそんな…、」
「……。」
「頼むから…助けさせてくれよ…」
「あのー、大丈夫ですか?」
気が付くと路地の先から、警察官が心配そうにこっちをうかがっていた。制服姿の光と、帽子とマスク姿の俺がもめてるように見えたからだろう。
「大丈夫です。」
そして光が答えると、警察官はまだ少しいぶかしむようにしながらも、ゆっくり立ち去った。
「…私…先輩に面倒見てもらって…なんて、嫌だよ」
光はそう言って、俯いた。
「面倒なんて…俺はそんな風には思わない」
「私が嫌なの」
「…じゃあ…どうするんだよ…」
聞きながら、じわじわと恐怖が胸を蝕んだ。
このままじゃもう、俺たちは連絡を取ることすらできない。光は俺に助けてほしくないと言うし、じゃあ、俺にできることは……ない。
だったら……、
2人の関係は………、
俺たちは黙ったままだったが、同じことを考えている気がした。だって、色々なことを考えると、どうしてもその一つの結末に収束することが脳裏にチラついたから。
信じたくない…、考えたくもない結末に。
「…先輩…、」
光が口を開いた瞬間、ぎくりとした。
恐ろしくなって、耳を塞いでしまいたかった。
待ってくれ。
待って…、
頼むから……
「…別れ、よう」
全ての喧騒が遠ざかった。
全ての思考も停止した。
嫌だ。
その思いに体の中全てが支配された。
叫び出しそうだった。
だけど、声が出なかった。
「…さよなら…。」
そして光が路地を出て行こうとした。
「…待てって!!」
咄嗟に手を掴んだ。振り向いた光は…泣いていた。
「なんだよそれ…、俺は嫌だ、」
「だって…仕方ないでしょ!私…先輩に何もかも助けてもらって…甘えて生きていくの嫌だよ!そんなの対等な関係じゃない!」
「バカ…、…そんなこと気にするなよ!俺はただ…お前と一緒に…」
「先輩は何もわかってない!」
光は俺の手を振り払った。
「どうしろって言うんだよ…、」
どうしたら…一緒にいてくれるんだよ。
「もう無理だよ…。」
光は声を震わせて涙をこぼした。俺も自分の目頭が熱くなるのを感じた。
光は居た堪れなくなったように…逃げるように踵を返した。
「…俺は嫌だからな!」
「……。」
「絶対迎えに行くから…連絡取れなくても絶対探し出すから…!」
言ってて虚しくなる。光の姿が遠ざかる。
「…くそ…、なんで…。」
全身の力が抜けて、俺は…
どうしようもなく泣きたくなった。