「お食事が用意できましたので、失礼いたします。」

家政婦がそう言って退勤した後、俺は物置部屋…今は光の部屋のドアをノックした。
はい、と短く返事があったが、開く気配がないので自分でドアを開ける。

「光、夕食…、…何してんの?」

光は自分のキャリーバッグの中を丹念に調べ、何かを探しているようだった。

「うん…ちょっと…」
「探し物?」
「うん…」

光がこの家に持ってきた荷物は最低限で、光は綺麗好きだし、なにもなくしようがない。俺は違和感を覚えつつ尋ねた。

「…何探してんの?」

光は深刻そうな顔で呟く。

「…指輪…なんだけど」
「…指輪?」
「このくらいの箱に入ってる…、見なかった?」
「……。」

俺の脳裏にはあの御幸一也からのプレゼントである指輪が思い浮かんだ。

「…見てないけど」
「だよね…。」

光はため息をついて、もう何度も見たんであろうキャリーバッグのサイドポケットを片っ端から確かめる。

「…とりあえず夕食にしないか?親父たちが帰ってきてからだと不味くなるし」
「……。」

光は俺の誘いに苦笑を浮かべて了承した。
二人で夕食を済ませて、光が部屋に戻った後、俺は両親の寝室に侵入した。ここには母のクローゼットがあり、ジュエリー類もそこに保管されている。
まさかとは思ったが…。

一段ずつ引き出しの中を確認していくと…見つけたくなかったものが見つかった。
見覚えのある小箱を取り出し、蓋を開けて、また落胆する。

あの日御幸一也が選んだ、あの指輪。
サイズもうちの母親の指には細すぎる。
これに違いない。

俺は箱を持って光の部屋に戻った。
ノックをすると、今度は光がドアを開けた。

「…これ。」
「えっ…。」

光は小箱を見て驚いた顔になり、箱の中を確かめて…少し察した顔で俺を見上げた。

「今度は隠しとけ。学校の鞄にでも入れて、肌身離さず持ってた方がいいんじゃないか。」
「…ありがとう」

光は無理をしたように微笑んだ。
俺の親に盗まれたと…気づいてるはず。勝手に部屋に入ったのかと怒りも湧いたはず。
それなのに…なんでまだ笑えるんだ。

「でも…よくわかったね、指輪。」
「…見覚えのない指輪だったから」

苦し紛れに嘘をつくと、光はそっか、と微笑んだ。


***


冬休みに入り、光はアルバイトをしたがったが、俺の親はそれを許さなかった。
青道は長期休暇中のアルバイトが条件付きで許可されるらしいのだが、その条件が世帯年収が規定以下であるか、もしくはやむを得ない事情を保護者が証明するかだったらしい。
俺の親はそれをきらい、当然世帯年収も条件を満たさないため、光のアルバイトは叶わなかった。

「あの、でも、それだと…卒業後に部屋を借りるお金もないから…」

どうかお願いします、アルバイトをさせてください。
と、光は夕食時に親父に頭を下げた。

「…なら、ここを出ていくときに当面の生活費としていくらかは渡す。それでいいだろう。」
「……。」

あまり期待できない言葉だった。
俺が楯突いたが、光に止められて結局親父の言う通りにされてしまった。

親父が提示した金額は、10万円。
俺の一月の小遣いと同じ金額。

光に野垂れ死しろと言うのか?
親父は兄である光の父親にをいつも僻んでいた。能力も人間性も、光の父親の方が上で…親族でも一目置かれていたから。
だからって、娘の光にこんなこと…。

光は少し早いが、部屋探しを始めた。
何もせずにはいられず、俺は光が不動産会社に行くのに付き添った。

「光臣忙しいでしょ?私のことはいいから…」
「何言ってるんだよ。こういう契約は女一人で行くと舐められるんだぞ」
「……。」

幸い内部進学のためすでに受験も終わっていた俺は、冬休みのこの受験シーズンでも余裕があった。

駅前の小さな不動産会社に行くと、予約もしていなかった俺たちはしばらく待たされたが、30分ほどしてやっと窓口が空き、対応してもらえた。

「どのようなお部屋をお探しですか?」

光はチラリと俺に困ったような視線を向け、躊躇いがちに営業スタッフに言った。

「あの…どこでもいいんですけど…なるべく安いところだといくらくらいですか?」
「えーと…住むのはお二人で?」

スタッフが俺と光を交互に見て聞く。光は慌てて首を横に振った。

「いえ、私だけで…」
「あ…かしこまりました。少々お待ちください」

スタッフはそう言って少し奥に引っ込むと、印刷した紙を数枚持ってカウンターに戻ってきた。

「今出てるのだとおすすめはこちらですね」

スタッフが並べたのはどこも一目でわかるオンボロアパート。俺はもう一瞬で見る気が失せた。こんなの問題外。論外だ。

「…家賃4万円…。」

光が沈痛な面持ちで呟く。
それは提示された中で一番安い家賃の物件だった。

「入居時敷金礼金2ヶ月分ってことは、10万ほぼなくなるぞ」
「……。」

親父が出すのは10万円のみだ。

「ご予算は10万円ですか?」

スタッフが信じられないものを見るような目で光を見た。

「…もっと安いところありませんか?」

光が思い切ったように聞く。もうこんなの聞いてられない…。

「俺も出すから、ちゃんとしたところにしろよ」
「…えっ?」
「家賃。引越し費用も。30万くらいまでなら出せる」
「そ…そんなのダメだよ」
「いいから。仕事見つかって生活が軌道に乗るまで。それならいいだろ」
「でも…」

「あ…あの、お仕事決まってないんですか?」

スタッフが遠慮がちに言葉を挟んできた。

「まだ高校在学中で…」

光が答えると、スタッフは「訳ありだな」と確信したような顔になる。

「それですと…ちょっと審査が厳しいかもしれませんね…」
「え…。」
「それにこれ以上金額を絞ると、治安上不安があります…女性お一人暮らしとのことですので」
「……。」
「ちょっとうちでは…お力になれないかと…」

そう言われては何も言えず、俺と光は店を出た。

「…俺が親父に言うよ。」
「え…?」
「なんとか説得する…」

光は黙ったまま、ふっと口元を緩めた。
そんなの無駄だとでも言いたげに。

なんで…こんなことになったんだ。
なんで俺には何もできないんだ。

俺ってこんなに…無力だったのか。

「…警察に行こう」

気づけば俺は呟いていた。
光は驚いた顔で俺を見つめた。

「じゃなければ…弁護士。児童相談所。こんなの、間違ってる。なんで光が大学に行けないんだよ。なんで生活に困らなきゃならないんだよ。光の親は絶対、資産を残してた。絶対俺の親父たちが…、」
「光臣。」

光は俺の言葉を遮った。

「そんなことしたら…光臣も大変なことになる」

やっぱり…光は分かってる。
俺の親がやったことを…。

「俺のことなんていいって…」
「だめ。絶対許さないからね。」
「…なんだよそれ…」

なんで。

なんで。

「光臣はちゃんと大学行って。好きな道に進んで。」

なんで…

「人生を捨てたらダメだよ。」

なんで……何もさせてくれないんだ。

光が歩いていく、その背中を見て…
俺は拳を固く握りしめた。

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