「行ってきまーす…」

やかましい厨房に向かって、できれば聞こえていないほうがいいと思いつつも声をかけ、入り口の引き戸に手をかける。

「健っ!!あんたどこ行くの!!今日は朝イチで配達があるんだよ!!」

…しかしその願いも虚しく、厨房からはお袋の怒号が飛んできた。

「俺だって忙しーんだよ…!」
「なーにが忙しいだって!?大学まで出してやったのに毎日ほっつき歩いて!!店の手伝いくらいしな!!」
「こんなボロい店、客なんてほとんど来ねーんだから俺がいなくても回るだろーが!」
「まっ!!誰のおかげでご飯が食べられると思ってんだい!?」
「なんか一丁前にバイト募集の張り紙までしてるけどさぁ…!!うちに人雇う余裕なんてあんのかよ!?大体なんだよ今時住み込み可って!!そんなもん書かなくても今時住み込みでバイトしたがるやつなんていねーよ!」
「あんたが手伝わないから人を募集するしかないんでしょうが!!」

「…あ、あの…。」

お袋と言い争っている最中、カラカラカラ、と古ぼけた店の出入り口のドアが開き、人の声がした。
俺もお袋も驚いて口をつぐみ、振り返る。

そして俺の時が止まった。

そこにいた女の子が、信じられないくらい可愛かったから。

「あらっ…ご、ごめんなさいねぇ!!まだ開店前なのよぉ…」

お袋も彼女の美貌に怯んで言葉に詰まっている。しかし入り口に立つ彼女は、顔を赤くしながら俺とお袋の顔を見つめ、精一杯に話し始めた。

「あっ…、いえ…、あの…。表の張り紙を見たんですけど…。」
「え?」
「あの…バイト募集の…。住み込み可って…まだ募集してますか…?」

……マジ!!?

「えっ…、あ、あらあら!そうだったの!募集してますよぉ、ちょっと待ってね…あっ、そこ座ってて!ほら健!席にご案内して!!」

お袋は慌てて親父を呼びに奥に引っ込んだ。俺はその突如現れた超絶美少女を見て、直視ができず、ぎこちなくそばの椅子を手で示した。

「そこ…座っててください」
「あ…はい、失礼します…」

小さなキャリーバッグひとつ持った、お淑やかで上品で、どこかのお姫様かと思うほどの美貌を持つ子。年齢は…大学生?高校生くらいにも見える。とにかくすげえ若いことは確かだ。

…こんな子がこんなボロい店で住み込みでバイト?絶対訳ありだろ…。

「おぉ…こんにちは」

お袋に呼ばれてきた親父が、厨房から出てきて彼女を見て少し面食らったように目を丸くしながら挨拶をした。とにかく誰が見てもビビるほどの美貌だ。

「こ…こんにちは。」

美少女は礼儀正しく立ち上がってお辞儀をした。こんなボロい店には似つかわしくないほどの礼儀正しさだ。

「えーと…バイトだっけ?」
「はい。」
「ああ、わかった。採用」
「えっ?」

「はっ?」

親父のあっけない言葉に、美少女だけでなく俺も素っ頓狂な声を上げた。

「…面接は!!?」
「え?だって別嬪だから」
「適当すぎるだろ!!せめて名前とか経歴くらい聞けよ!!」

「あ…あの。」

美少女は少し身を乗り出した。

「…花城光です。今年高校を卒業したばかり…です。」
「うんうん、わかったわかった。採用」
「親父なぁ…!」

見た目だけで決めてんだろ!このエロ親父…!

「あの…何も聞かないんですか…?」

本人も驚いている様子で親父に尋ねる。親父はいつもののほほんとした笑顔で仕込みを始めながら、ひらひらと手を振った。

「いいよぉ、お嬢ちゃん優しそうだし、いい子そうだし。うちの看板娘になってくれそうだし。」
「え…。」
「えーと、住み込みで働きたいんだって?」
「は、はい。」
「じゃ、健、2階のあいてる部屋に案内してやりなさい。」

マジかよ…。こんな得体の知れない美少女。

でも…。…正直嬉しい。

「…着いてきてください」
「あ、はい。」

この子がうちに住むってマジ…!?空き部屋って俺の部屋の隣だぞ!?
こんな美少女が居候とか、どんなラノベ…。

ギシ、ギシ、と古ぼけた階段を上がり、突き当たりの部屋の襖を開けた。物置を申し訳程度に片付けた4畳半ほどの和室。美少女…花城さんがそこに入ると酷く似合わないと思った。

「この部屋自由に使っていいんで…。」
「ありがとうございます。」
「そこがトイレ…そっちが風呂。わかんないことあったら聞いてください。」
「はい。」

俺をまっすぐに見上げて返事をする彼女の、目が見れない…。
…なんでこんな可愛い子がこんなとこに転がり込んでんの!?
いくらでも男とか…作れるだろうに。

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