「あ、ここの店!最近入ったバイトの子がめちゃくちゃ美人なんだぜぇ〜」
「へー」

通りすがりにそんな会話が聞こえて、ふと花城さんを思い出し、店に入った。

…だけど、まさか本人がいるなんて。

お釣りで手渡された20円を握りしめてしばらく歩き、動揺のあまり小銭を財布にしまうのも忘れてたのかと気づいたのは、もう駅の目の前だった。

花城さん…なんであんな店で働いてるんだ?
両親が亡くなって親戚の家に行ったとは聞いたけど…まさかあの店の人たちが親戚な訳はあるまい。
何か変だよな…。

モヤモヤしながら寮へ帰ると、御幸が部屋から出てきて鉢合わせをした。

「…?お疲れ」
「お…おう」

つい見た瞬間固まってしまって、御幸は訝しげに言って廊下を歩いて行った。
あいつも知らない…よな?あそこで花城さんが働いてること…。

…言う必要もない…よな?



***



「1080円です。」
「…なあ、何時に仕事終わるの?」

俺はまたすぐに花城さんが働いている店に来て、会計の時に会話を試みた。
花城さんは俺の目を見ず、ずっと手元を見ていた。

「……。」
「終わった後…少し話せないか?」
「……。」
「…家はこの辺?」
「…ここです」
「…えっ?」
「住み込みで働かせてもらってるんです」

花城さんは俺の手から千円札を抜き取り、トレーの100円と合わせてレジに打ち込んだ。

「…え?なんで…、」
「20円のお釣りです。ありがとうございました。」

…また会計が終わってしまった。花城さん、急いでレジ打ってないか?
まあ…気まずいよな。俺と会うなんて…

店を出て、店舗を振り返って見上げた。
古ぼけた小さな建物…2階が住居なのか。ここに花城さんが住み込みで働いてる…?そんなバカな。
そんな…生活に困ってるなんてこと…

そこまで考えて、以前御幸が言っていたことを思い出した。
全部面倒見るって…でも花城さんは、それを嫌がったって。あいつはそう言ってた…

それって…ここまでの問題だったのかよ。
せいぜい、親戚の家が慣れなくて家を出たいとか、親のことがショックで落ち込んでるとか、そのレベルだと思っていた。
何があったんだ、一体…。



***



いつも食事に行くと会計時に少ししか会話ができないため、俺は思い切って、閉店時間の店を訪れた。

そしていつも通り食事をし、他の客が帰ってから会計に向かった。
しかし今日レジに立ったのは、恰幅のいいおばちゃんだった。花城さんは厨房で皿洗いをしている。

「はーい1300円です。いつもありがとうねぇ」
「はい…」
「はいちょうどいただきます。ありがとうございました〜」
「あ…あの」

ん?とおばちゃんのつぶらな瞳が俺を認める。

「…花城さん、少し借りていいですか?高校の時の知り合いなんすけど…」
「え!?そうなの!?」

おばちゃんは頬を赤らめて花城さんの方を振り向いた。なんだなんだ?とこっちを見るおやっさんと息子さんらしき男のそばで、花城さんだけがこちらに背中を向けていた。

「あ…仕事終わってからでもいいですし、待ってますんで…」
「ああ〜いいのいいの!あとは大したことないから。光ちゃ〜ん!ちょっと来てぇ」

おばちゃんが呼ぶと、花城さんは浮かない顔で振り向き、ゆっくり歩いてきた。

「高校生の時から知ってるんだってぇ?早く言ってくれればよかったのに。話があるんだって、今日はもう上がっていいわよ。そこの席使ってくれてもいいし、気になるなら上あがってもらってもいいから」

ねっ、と花城さんの背中を押すようにたたき、おばちゃんは厨房に入っていく。

「…じゃあ……上、で」
「あ、う…うん」

花城さんは迷うように店内に視線を巡らせた後、人差し指で天井を指さした。俺がうなずくと花城さんは階段に向かって歩いていき、厨房からの視線を感じつつ俺も後に続く。

きしんで悲鳴を上げる階段と廊下を進み、花城さんは突き当りのふすまを開けた。

「…どうぞ」

そこは4畳半ほどの小さな和室。古ぼけて少しかび臭い…そこに似つかわしくない小さな可愛らしいキャリーバッグがぽつんと置かれている。一目でそれだけが花城さんの荷物なのだと分かった。
部屋の隅には布団がきちんと畳まれて置かれ、花城さんはそれを背に立った。

「…座るところないけど」

そう言って手を指し伸ばす花城さん。

「お…お邪魔します」

俺が部屋に入ると、花城さんはふすまを閉めた。下の人たちに話を聞かれたくないんだろうけど…密室に二人きり…。
緊張を悟られぬよう、俺はその場に胡坐をかいて座った。花城さんはゆっくりと正座をした。

「なんですか?話って…」

花城さんはかつての明るさはなく、沈んだ面持ちでつぶやいた。いつもまっすぐ見つめてくる瞳を直視できなくて困っていたのに、今の花城さんはずっと目を伏せていて目が合わない。

「…えっと…」

押しかけた割に、言葉がスムーズに出てこなかった。状況があまりにも予想外すぎて。
どうしてここで働いているのかとか、なぜ親せきの家を出たのかとか、いろいろと、大丈夫なのかとか…聞きたいことは山ほどあったけど、俺は慎重に言葉を選んだ。

「な…何があったのか知りたい…」

遠くから電車の音が響いてきて窓を揺らした。寂しい部屋だと思った。

「……言いたくないです」

花城さんは膝の上で指先をいじりながら言った。

「お…俺には言いづらいとは思うけど…」
「……。」
「あのさ…色々、聞いたんだけど…。親御さんのこととか…御幸とのことも」
「……。」
「…この事、誰か知ってんの?」

しばらく沈黙が流れる。そしてやっと花城さんが口を開いたかと思ったら、その声は刺々しかった。

「…何しに来たんですか?」
「え、いや…。」
「なんで何度もお店に来るんですか?」
「…し…心配で…」
「なんで倉持先輩が私の心配…、」

花城さんは言いかけて、俺は痛いところを突かれた気がしてぎくりとしたけど、言い終える前に躊躇ったように言い直した。

「別に私困ってません。お店の人みんないい人だし…優しいし。普通に働いてるだけです」
「…ずっとここで住み込みで働くのか?」
「…少しお金を貯めたら…出ていこうとは思ってます」

それなら協力する、と言いかけて、言葉を飲み込んだ。御幸が助けようとして拒絶された話を思い出したし…「困ってない」と言い切られたから。

「……そっか」

じゃあ…俺にできることはないのかもしれない。勝手に憐れんでるだけなのかもしれない。
花城さんに何かがあったことは確かだけど…本人はそれを嘆かずに努力してるんだ…。

「ごめん…関係ないのにいろいろ聞いて」
「……。」

だけどせめて、このつながりを断ち切りたくない。

「また…食いに来てもいいか?」

え…、と戸惑って揺れた花城さんの目。

「あ、いや…花城さんがどうとかではなく…ここ、美味いし安いし…それに近いし」
「……。」

花城さんは小さくため息をついた。

「…好きにしてください」
「あ…ありがとう」

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