「どもー」
「おっ、倉持くん!昨日の試合見たよぉ、5回裏の連続盗塁サイコーだったよ!」
「ヒャハハ、どーも」

すっかり常連になった、花城さんが働く小さな食堂。おやっさんもおかみさんも気のいいひとで、いつも俺を歓迎してくれる。息子らしき若い男には、いつもにらまれている気がするが…。

「…どうぞ」

少し不機嫌で静かな声とともに、コト、とテーブルに水が置かれる。花城さんを見上げると、「また来たの?」と言いたげな呆れた目で俺をちらりと見、おしぼりを置いた。

「ども…、あっ、A定食大盛りで」
「…またですか」
「え?」
「野菜も食べなきゃだめですよ」

A定食というのは男の好きなもの全部乗せ、とでもいうような、唐揚げとハンバーグとオムライスの盛り合わせに申し訳程度の味噌汁がついたもの。俺はいつも大体これを注文している。
図星を突かれた痛みよりも、いつもと違う花城さんの一言…しかも俺の体を心配するような言葉に、胸がドキッと鳴った。

「あ…じゃ、じゃあサラダもつけて…」
「はい」

俺が追加の注文を言うと、用は済んだとばかりにそっけなく行ってしまう花城さん。なんか、つれない猫みたいで可愛い。

「いや〜いつもありがとね〜倉持君!」

厨房から料理の合間におやっさんが顔を出し、俺に笑顔で頭を下げてくれる。

「イヤもうここの飯食わないと調子出ないッス!」
「わはは!嬉しいこと言ってくれるねぇ〜!」
「うまいし安いし最高っす!」
「今度友達もつれてきてよ、サービスするから!ホラあの子…同じ高校から一緒に入団した、御幸一也君とかさ!」

ギクッ。俺の顔が固まったことに気づかず、おやっさんは続ける。

「うちのがファンなんだよ〜。」
「やーだ、言わないでよ!」

おやっさんに指で差されたおかみさんは恥ずかしそうに笑った。

「あ…あ〜、そーなんスね…」

ちらり、と花城さんの様子をうかがう。花城さんは無言で奥の席を片付けている。心なしかガチャガチャと大きめの音を立てながら。か…顔を見るのが怖い。

「御幸選手とは高校時代から仲いいんですか?」
「え、いや〜、まあ…普通っすかね…」
「一緒に甲子園も出てましたよねぇ!私、高校野球も好きでよく見るんですよ。」
「そうなんすね…」
「御幸選手、高校時代から有名でしたよねぇ!だからプロ行くんだろうなぁ〜とは思ってたけどねぇ…」
「そ…そうすか」

いつまで御幸の話するんだよ…!

「はいおまちどうさん!」

今のおしゃべりのさなかにも調理を済ませていたらしく、おやっさんが料理を盛ってカウンターに置いた。片づけを終えたところだった花城さんは、そのトレーを持って静かに俺の席へ近づいてくる。

「A定食とサラダのセットです。」
「あ…ありがとう」

花城さん…全然笑ってねぇ…。

俺はそれからおやっさんの話に適当に相槌を打ちながら料理を平らげ、会計を済ませた。会計の時も花城さんは暗い顔で無口だった。いつも俺には愛想ないけど、ここまで冷たくもないのに…!
やっぱ御幸の話は地雷…?

「ありがとうございました〜」

おかみさんの明るい声に見送られて店を出ると、帰ろうとしたところでまた店のドアが開いて人が出てきた。

「あの…、」

俺を追いかけてきたのは花城さんだった。え、何?こんなこと初めて…。

「……。」

花城さんは一瞬迷うように目を伏せ、そして心配そうな目で俺を見上げた。

「…あの、私がここにいること…み、御幸先輩には言ってないですよね…。」

…御幸の話かよ!

「言ってないけど…。」
「……。」

俺が答えると、花城さんは安堵したような、だけどがっかりもしたような、複雑な表情を浮かべた。
だけどすぐに決意したように息を飲み込んだ。

「言わないでくださいね…絶対」

…再会してから、初めてまっすぐ見つめられた気がする。

「わ…わかった」
「……。」

俺が頷いたのを見て納得した様子の花城さんは、小さく頷いて店に戻っていった。
やっぱ…御幸は知らないんだな…このこと。

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