花城さんがうちに住むようになって知ったこと。
「光ちゃん、Tシャツはねぇ、こうやって干すとシワになりにくいのよぉ」
「へぇ〜…」
花城さんは家事がまるでできない。
ついでに…
「光ちゃん、それが終わったらご飯炊いといてくれるぅ」
「え?ど、どうやるんですか?」
「あぁそれはねぇ…」
料理もできない。
働き者だし、まじめだし、きれい好きだし、賢いし、マナーもいいけど、料理と家事のことだけすっぽりと抜け落ちてるような不思議な子。お袋は「娘ができたみたい」と喜んでいろいろなことを教えまわっているけど…。
「…あ!ちょ、それ…」
「え?」
洗濯物を干していた花城さんが、俺のパンツを広げて干そうとしていたものだから、俺は羞恥心のあまり慌ててそれをひったくった。
「自分でやるから…」
「あ…すみません」
花城さんはあまり気にしていない様子でそう言って、親父の腹巻を干し始める。
「あんた生まれてこの方洗濯物なんて干したことあったかい?」
「うるせーババア…」
お袋がニヤニヤ俺をからかってくる。本当にうざい。こんな可愛い若い子に年頃の息子のパンツなんか干させんなよな…!デリカシーねえな…。
花城さんは俺やお袋や親父の洗濯物を干し終えると、自分の洗濯物だけが残った籠をもって自分の部屋へ行く。下着とかもあるし…自分のは自分の部屋で干してるんだろう。
俺も自分の部屋へ行って、自分のパンツを窓辺に干した。…隣から物音がする。花城さんが窓を開け、洗濯物を干しているんだ。
…そういえば…最近は夜に泣き声が聞こえなくなった…気がする。
……倉持が…通いだしたころから。
***
「こんにちはー」
開店後すぐの時間。客が入ってきて花城さんがすぐ対応に向かう。
「いらっしゃいませ。」
「あっ…。」
出迎えた花城さんを見て、客のスーツ姿の男はなぜか嬉しそうに笑顔になり、まじまじと花城さんを見つめた。
「あの…席へどうぞ」
花城さんが促す。何か問題かと、親父たちが厨房から様子をうかがう。
「あ、はい。すみません。その前に…」
男は笑顔で言って、スーツのポケットから名刺を取り出し、花城さんに差し出した。
「私、こういうものです。」
「え…?」
花城さんは戸惑いながら名刺を受け取った。親父たちは手を止めて厨房から出てきた。
「光さんですよね?」
男が花城さんの名前を言い当てて、花城さんはぽかんとした。
「実は町であなたの話を聞いて。ここで働いてる子がものすごい美人だって。なので、今日は偵察に来ました」
「…はい?」
「単刀直入に言うんですが、芸能界に興味ありませんか?」
げ……芸能界!!?これ…スカウトってやつ!?すげぇ、ほんとにあるんだ…
「ないです…」
俺たちが驚いて何も言えないうちに、花城さんは首を小さく横に振りながら迷惑そうに言った。どこか断りなれてるような雰囲気さえある。
「あ〜…もしかしてスカウトされた経験あります?」
「…それが?」
「いや、これだけお綺麗だと初めてじゃないだろうなと。今おいくつですか?」
「……。」
花城さんの顔がどんどん迷惑そうにしかめていく…。
「えっと…光ちゃん、どうするの?断っちゃって…いいの?」
お袋がうろたえながら尋ねる。
「え…断ります」
花城さんは迷いなくきっぱりと答える。
「す…少しも可能性ない感じですか?」
男が食い下がる。
「ないです。」
花城さんに取り付く島はない。
「ええ〜…もったいないなぁ…」
男は心の底から残念そうにうなった。気持ちはわかる…。
「じゃ…気が変わったら連絡ください。裏の携帯番号、私がすぐ出れるので。」
男はそう言い残し、結局席にはつかずに帰っていった。
ドアが閉まると直後、入れ違いにまた客が入ってくる。
「ども〜…、…どうしたんスか?」
入ってきたのは倉持だった。店の入り口に俺たちが集合していたからだろう、倉持は不思議そうに俺たちの顔を見回した。
「今ね、光ちゃんが芸能界にスカウトされたの!」
お袋が興奮気味に言った。
「え!?マジで!?え!?花城さんスカウトされたの!?」
「……。」
倉持も自分のことのように興奮して騒ぎ出すと、花城さんが迷惑そうに目を細める。
「やっぱ美人だしな〜!!…あ、て、ていうか、ど、どーすんの?」
倉持は興奮して口を滑らせ、はっと顔を赤くして話を逸らす。
「いや…どうもしませんよ」
花城さんはドライにそう答えて水とおしぼりを取りに行った。
「え…!?なんで!?」
驚く倉持に、おふくろが「ねー」と同意をし、親父は笑いながら厨房に入る。
「いいじゃん挑戦してみろよ!花城さんなら絶対…」
「怪しいですよ、スカウトなんて」
「いや、花城さんならおかしくないって!」
「……。」
「さっきの名刺?見せてくれよ」
倉持が言うと、花城さんはうんざりしたようにさっきの名刺を倉持に渡し、カウンターの準備をしにその場を離れた。完全に他人事だ。
対して倉持はまるで自分のことのように食い入るように名刺を見て、スマホで何かを調べ始める。
「…あ!ほら!これ有名な事務所!これマジだって!」
「えーっ!そうなの!?」
倉持のもとに駆け寄ったのはお袋だけだった。すごいすごいと盛り上がる二人を、花城さんは目を細めて一瞥した。完全に興味なさそうだ。
「花城さん!連絡してみろって!花城さん絶対モデルとか向いてるし…もったいねぇよそんな…、き、綺麗なのに!」
顔を真っ赤にして言う倉持に、ねぇ〜、そうよねぇ〜、と必死に同意をするお袋。
「私は別に…」
「なぁ〜!頼む!頼むから!ちょっと試しに!なっ!」
「…なんで倉持先輩が頼むんですか」
「だってもったいねーってマジで…!!俺は絶対連絡するべきだと思う!!」
「……。」
いやーな顔をして口をとがらせる花城さん、カワイイ…。あんな顔してんの初めて見た。
「じゃー連絡するべきだと思う人!」
「はいはい!」
「は〜い」
「……。」
倉持が声を上げるとお袋と親父がノリノリで挙手をし、俺もじっと期待の目で見られてしぶしぶ片手を挙げた。倉持は満足げに花城さんを見た。
「…はぁ」
花城さんは小さくため息をつき、倉持に近寄って、その手から名刺を取り上げポケットにしまった。