それから何度か店に通ったけど、花城さんはスカウトに連絡を取った様子はなかった。
勿体無い…と思いつつ、厳しい世界だろうことは俺でもなんとなくわかるし、無理に説得することでもないのは理解してる。
だけど…。
「980円です」
「…あのさ」
花城さんはいつも通りレジを打ち、トレーを差し出す。
俺は千円札を取り出しながら切り出した。
「明日何か予定ある?」
「…え?」
「定休日…だろ?」
目を瞬いた花城さんが、少し顔を赤くする。
後ろの厨房で、おかみさんが目をキラキラさせておやっさんの肩を叩く。…のを、見ないフリをする。
「だからその…、どっか行かねぇ?」
照れ臭さで頭を掻いた。女の子を誘うのなんて、人生初めてで。
そして花城さんの反応は揺れてるようにも見えて、その反応だけで嬉しくなってしまう恋愛経験が皆無の自分…。だって高校の時は自分なんてきっと眼中になくて、こんなこと言ってもきっと困惑しかされなかったと思うから。
「え…、」
花城さんは受け取った千円札を持ったまま少しの間動かなくなった。動揺が手に取るようにわかって可愛い。
大丈夫?と聞きそうになった時、花城さんはやっと動いた。
「ど…どこに?」
…気になるの、そこ?
じゃあ…デートは満更でもないってこと…!?
「は、花城さんはどこ行きたい?」
「はぁ?…誘ったのそっちでしょ…。」
安直な童貞丸出しの言葉に眉を顰められ、俺は慌てて提案する。
「あ…、じ、じゃあ…それはお楽しみって事で…どう?」
本当は何も思いついてないだけだけど…!!
「えぇ〜…?」
「……。」
「…んん…。」
迷ってる…。超迷ってる…!
でも即無し!とはならないとこが、俺は一応そういう対象に入ってんのかな…って驚きで、嬉しい。
花城さんは口元に手を当てたまま、赤い顔で俯いた。あ…あと一押しか!?あんましつこくして嫌われたくねーけど…
「いーじゃないたまには気晴らしで!行ってきなよぉ光ちゃん!」
突然おかみさんが厨房から出てきて花城さんの肩を抱いた。な…ナイスアシスト、おばちゃん!
「…じゃあ…。」
花城さんはしぶしぶと…だけど赤らめた顔で俺を見上げ、頷いた。
ま…まじで!?
「あっ…!ありがとう…」
「…ありがとうって何…。」
「あっ、いや、なんとなく…」
「…で…どうするの…?」
「え?」
「…待ち合わせとか」
「あ、えーと、あ…朝10時、迎えに来る!」
「…はい」
花城さんは伏目がちに頷いて、思い出したように千円札を置いてレジを打ち、トレーにお釣りを並べた。
「20円のお返しです…」
「あ、おう…」
俺もなぜか焦る手で小銭をしまい、財布をポケットに乱暴に突っ込みながら、挙動不審に踵を返した。
「じ、じゃあ、…また明日」
「……。」
赤い顔でぺこりと会釈を返す花城さん。その肩を満面の笑みでおかみさんが揺らすのを横目に、俺は高揚感で叫び出しそうになりながら店を出た。
…帰ったら急いで良いデートスポット探そ…。
***
翌朝…。
俺はバイクで店の前に乗り付けた。
バイクの免許は高校卒業後、育成時代に取った。だが当然誰かを乗せたことはないので、昨日の帰りに予備のヘルメットを買いに行った。
今日天気良くて良かった…。俺は青く澄んだ空を見上げて少し深呼吸し、よし、と店の入り口横にある住居用インターホンを押した。
「はぁーい、今行くから待っててぇ〜」
「あ、ハイ…」
おかみさんの声。モニターで俺の顔を見たらしい。…気恥ずかしい。
ドアのガラスに映った自分を見て、少し髪を整える。
…と、ドアの向こうから物音がして、俺は慌てて姿勢を正した。
ガチャ、と音を立てて開くドア。俯き気味の花城さんが現れ、俺に気づいて顔を上げる。
頬の赤い、可愛すぎる表情。服はいつものTシャツにジーンズ姿。
「は、花城さん。おはよ…」
「…おはよう」
花城さんは照れ隠しのように素っ気なく言って、玄関のドアを閉め、俺を振り返った。
「あ、じゃあこれ…かぶって」
俺がバイクからヘルメットを取って渡すと、目を丸くする花城さん。
「え…バイク?」
「おう」
「……ふうん」
い、嫌だったかな…。
不安になる俺をよそに、花城さんはヘルメットを被った。俺は意を決してバイクに跨り、花城さんに後ろに跨るよう促す。
少しバイクが揺れて、倒れないようしっかりとハンドルを握り、体重をかけた。とん、と、俺の肩に遠慮がちに触れる感触。花城さんが俺に触れている…。まさかこんな日が来ようとは。
「…乗りました」
背中越しに聞こえる静かな声。花城さんの手は、触れるのを躊躇うように俺の背中に添えられていて。
「あの…もっとちゃんと掴まった方が…」
「え…。」
恐る恐る言うと、花城さんは戸惑った声の後に、俺の肩に手を置いた。
「あ…じゃなくて、…腰」
「……。」
ドクドクと心臓が跳ねる。バイクのエンジン音かと思うくらいに。
腰にそっと添えられる、ほっそりとした手。だけどまだそれは、遠慮がちで心許なくて。
俺は一思いに、その手を掴んで自分の腹の方まで引っ張った。
「もっと、こうだって」
「…う、うん…」
やべえ、花城さんの手、柔けえし小せえし…!!なんだこの繊細な手…強く握ったら壊れてしまいそうな…。
そして俺の腹に回された手は、きゅ、と俺の服を掴む。可愛い…。つーか、この位置…ちょっと際どい…。
湧いてきた邪な気持ちを、ブォン!とエンジンをふかして振り払った。
「じゃ…行くぜ!」
バイクが動き出す。心地良い風が頬を掠める。
花城さんが、俺のすぐ後ろにいる。
今日はなんて最高な日だ。