しばらくバイクを走らせて、昼より少し早い時間。俺は小洒落たレストランにバイクを停めた。昨日ネットでリサーチして見つけた、気合いの入りすぎてない、それでいて花城さんみたいな若い女の子が好きそうな、デートにうってつけのいい雰囲気の店。
「…ここ?」
バイクを降りて、不安そうな顔で俺を見る花城さん。
「とりあえず昼飯な。目的地はまだ先だから」
ヘルメットを外し、バイクのハンドルに引っ掛ける。花城さんも気の進まない顔でヘルメットを外した。
「こんなちゃんとしたところに来ると思わなかった。」
「え?あ、今日は俺が出すから!俺が誘ったんだし」
「…そういうことじゃなくて、こんな格好だし」
ちょうど店に入って行く着飾った女の子たちを見て花城さんは顔を曇らせる。
「いやいや、そんなかしこまったとこじゃないし、それに…花城さんどんなカッコでも、き…キレーだから!大丈夫!」
「……。」
勇気を振り絞って少し思い切った言葉を投げた。花城さんの顔が少し赤くなった。これはいい感じ…じゃねぇか!?
「…なにそれ…。」
花城さんはそっぽを向いて呟いて、ヘルメットを俺に押し付けた。
そして店に向かって歩き出す彼女を、俺もヘルメットを置いて急いで追いかけた。
店に入ると案内に出てきた店員が花城さんを一目見て目を見張ったのがわかった。
「倉持です。」
花城さんの後ろから俺がそう言うと、店員はハッとして笑顔を浮かべた。
「ご予約の倉持様ですね。こちらへどうぞ。」
店員が歩き出し、俺たちは窓際のいい席へ案内された。
「こちらメニューです。本日のおすすめランチはボードのほうにありますのでよろしければどうぞ。ただいまお冷をお持ちします。」
店員が慣れた様子でそう述べて席を離れると、花城さんはメニューを開きながら俺をちらりと見上げた。
「予約してたんですか?」
「ま…まあ、並ぶの嫌だし」
気合を入れてると思われると気恥ずかしくて、俺はそう言ってごまかした。ふうん…とうなずいた花城さんの目が、メニューに視線を落とす。
「失礼いたします。」
また店員が来てお冷を置いて行った。俺が意識しすぎているかもしれないが、花城さんの前にグラスを置くときだけ、いやに笑顔で恭しい動作だった気がする。…別に、悪いことじゃないけど。
そんなことを考えていると、花城さんがメニューを閉じた。
「あ…決まった?」
「はい」
「どれにすんの?」
「…Bランチにします」
「Bランチね」
俺はかっこつけて片手を軽く上げ、店員を呼び、二人の注文をした。窺うような花城さんの視線を感じながら、俺は澄ましてメニューを店員に渡す。
「失礼いたします。」
店員がお辞儀をして下がると、花城さんは不思議そうに俺を見つめていた。
「な…何?」
何かおかしかったかと汗をかく。恋愛経験なんてないけど、こういう場での男としての振る舞いは、心得てるつもりだったんだけど…。
「いや…。」
花城さんはそう言って視線を落として、少し考えるように目を瞬いて、また俺を見た。
「あの…なんで今日誘ったんですか?」
「へ?」
そんなことを聞かれるとは思ってなかった。もう俺の気持ちなんてほとんどばれてるかと…。いやそれとも、分かった上で聞かれているのか?言質を取ろうとしているのか?
「いや、まあ…もっとゆっくり話したいと思ってたし…」
「……。」
頭を掻いてそう言うと、花城さんは静かに頷いて背もたれにもたれた。
「…こないだのさ、」
俺は緊張を紛らわすように、グラスの水滴を撫でた。
「スカウト…なんで断ったの?」
「……。」
「あ、いや、説得しようとかじゃなくて」
花城さんの目が少しうんざりしたように見えたから、俺は慌てて手を振った。
「シンプルに疑問で!」
「…疑問ってなんでですか」
「だって…スカウトなんてさ、誰しも一度は夢見るようなことじゃん」
「……。」
「まあ…花城さんは日常茶飯事かもしれねぇけど」
そういや…高校の時もそんな噂があったっけ。花城さんはしょっちゅう告白されたり、スカウトされてるって…
俺は視線を動かして花城さんを見た。グラスに伸ばすほっそりと長い手。少し伏せた目に、グラスの光が反射してキラキラひかる。赤い唇につくグラスの縁。改めて…キレイな女の子。油断するとこうしてすぐ、見惚れてしまうほど。
「…で、でもさ!話だけでも聞いてみるとかさ…」
「…説得してるじゃないですか」
「あ…。」
俺が笑うと、花城さんも呆れたようにほんの少し笑った。ひさしぶりに見た気がする、花城さんの自然な笑顔。でも…御幸の前で笑ってた花城さんは、もっと…。
「セットのサラダでございます。」
店員がサラダとカトラリーを運んできて、俺と花城酸の前に皿を置くと、一礼して下がっていく。
花城さんはフォークを取って俺に差し出した。
「あ…ありがとう」
俺がフォークを受け取ると、花城さんもフォークを取り、いただきます、と誰にともなくつぶやいて、サラダを食べ始める。
なんか…フツーにデートだな。これ。
この俺が女の子とデートしてる。しかも、花城さんと。今更緊張してきた…。
「で…なんで嫌なの?」
「……。」
花城さんは手元を見つめてしばらく無言で咀嚼し、口の中のものを飲み込むと、目だけを動かして俺を見上げた。
「…興味がないので」
しばらく静かにフォークが皿とぶつかる音が響いた。サラダを食べ終えた頃に店員がやってきて、サラダの皿を下げて行く。
そしてすぐにランチのメインプレートが運ばれてきて、花城さんは静かに食べ続けた。
「…じゃあ…ずっとあの店で働くのか?」
ピタリ、と花城さんの手が止まった。
「…なんでですか?」
「だって…、花城さんだって、わかってるだろ。そりゃ、おやっさんたちは良い人だけど…ずっとあそこにいたって…。なにより、らしくねぇっていうか…」
「……。」
「…なんであの店で働いてんの?変な言い方だけど、花城さんならもっと色々…」
花城さんほど頭も良くて、キレーで、礼儀正しい子なら…。学歴がなくとも、もう少し安定した企業とか…バイトだとしても大手のチェーン店とか…いくらでもあっただろうに、あの小さな小さな古ぼけた店をなぜ選んだのか…
「住み込みだったから…」
花城さんはそう淡々と答えた。
「…え?」
「…他に住む場所が、なかったからです」
どこか開き直ったように言って、花城さんは目を伏せたままサラダを口に運んだ。
「なんだよそれ…。」
呆然と呟くと、花城さんは小さいため息をついた。
「困ってないって言ってたよな」
「…今は困ってないですよ」
「住む場所もなかったのにか?」
「今はあります」
「そういうことじゃなくて…」
いいかけて俺は、御幸の顔が頭を過ぎる。
「…それ…アイツは……御幸はどこまで知ってんの」
花城さんの顔が一瞬で強張った。
「…なんで御幸先輩が関係あるんですか」
「あるよ、だってあいつ…、それ知っててほっといたんだとしたら俺、」
「知らないですよ、御幸先輩は…何も…」
そう言った花城さんの表情にも…思い返す、花城さんと別れたと話していた御幸の顔にも、嘘をついてる様子はなかった。きっと本当に知らなかったんだろう。まさか彼女が住む場所さえ失っているなんてことは…。
だけど…。
「それでも俺…あいつを許せねえよ」
「…なんでそこまで…」
花城さんは困ったように俺を顔を見つめ、俯いた。
「なんで御幸に何も言わなかった?」
「……。」
「あいつ…心配してるぜ、今も」
なんで俺…あいつをフォローするようなこと言ってんだ。
「だってこんな状況…」
言いかけて、花城さんはバツが悪そうに口をつぐんだ。自分の言葉の矛盾に気が付いたからだ。
「こんな状況って思うなら…困ってんだろ」
「そういう意味じゃ…」
「そうだろ。今の自分じゃ…御幸と会いたくないってことだろ?」
「……。」
「だからあいつと別れたの?」
手元を見つめたまま黙り込んだ花城さんの長いまつげが震え、ぎくりとした直後、ぽたっ、と透明のしずくが一粒テーブルの上に零れ落ちた。
「ごっ…ごめん!泣かすつもりは…」
慌てる俺に対して花城さんは静かに目元をぬぐい、顔を上げるともう涙をこらえていた。
嫌でも察した。花城さんはまだ…御幸のことが…。