花城さんはすぐに涙をこらえて顔を上げた。
しばらく沈黙が流れ、メインプレートが運ばれてきて、花城さんはどこか元気をなくして目を伏せる。

「…大丈夫?」

ばつの悪さを感じながら窺うと、花城さんは静かに小さくうなずいた。

御幸と…

会いたい?

会った方が、いいんじゃないか?

俺、あいつに話そうか?


言葉が浮かんでは消えた。きっと言ったほうがいい言葉…俺にしかできないこと。俺が二人の仲を取り持てば、御幸はきっと花城さんをほっとかないし、花城さんは今の生活から抜け出せる。そもそも…いつかは一緒に暮らそうとしていた二人。事情が少し変わっただけで…きっと気持ちは変わってない…。

だけど…口が石のように固まって動かない。

花城さんが静かに手を伸ばす。フォークとナイフを持ち、プレートの上のサーモンを小さく切って口に運んだ。それを見て俺もフォークを手に取り、ハンバーグを口に運ぶ。せっかく花城さんを誘って…一緒にいるのに、何してんだ俺…。

高校の時から…夢見てた状況のはずなのに。
花城さんを楽しませるどころか、泣かせて…
彼女のためになることすらも何も、できなくて。

今花城さんを喜ばせることができるのは、たぶん…御幸だけ。俺にできるのは…花城さんにそう言って、あいつに花城さんのことを伝えることだけ。
そうだろ…?なのに…。

何もいえないまま食事が進み、デザートと食後のコーヒーが運ばれてきた。花城さんは静かにコーヒーを飲み、ふと窓の外に目を向けた。
外から差し込む光が花城さんの顔を白く照らす。その透明感は神秘的で、瞳も明るい琥珀色に透き通っていて…。
やっぱり綺麗だ…花城さんは…。

花城さんの目が俺を見た。見惚れていたことがバレて、俺は顔が熱くなる。
不思議そうに俺を見つめる花城さんの目。俺は誤魔化すように笑みを浮かべ、デザートのアイスクリームを頬張った。冷たい甘さが口いっぱいに広がり、頭に響く。

「…もう帰りますか?」

静かな声が響いた。花城さんがまだ少し赤い目で窺うように俺を見ていた。

「えっ?」
「つまらない…んじゃないかなって…」
「え!?いや、そんなことないけど…」
「……。」

…むしろ花城さんのほうが帰りたいんじゃ?そう思って、俺はむなしくなる。

「俺は…まだ一緒に、その…」

…過ごしたい?帰りたくない?いや、なんか、そんなこっぱずかしいセリフ…。

「と、とにかく。花城さんさえよければ…だけど。この後行きたいところもあるし…」
「…どこですか?」
「それは…まあ、まだヒミツ」

花城さんは目を瞬いて、腑に落ちない様子で口をつぐんだ。その顔を…笑わせたい。笑顔が見たい。
店では接客の時、笑顔にはなってるけど。…俺以外の客には。でも、そーいうんじゃなくて…。花城さんの笑顔は、ほんとの笑顔はもっと…。…御幸と一緒に、いた時のような…。

花城さんがスプーンを置き、アイスコーヒーを飲み干して窓の外を眺めた。俺もアイスコーヒーを飲み干して、一息つき、尋ねる。

「出る?」

窓の外を眺めていた花城さんが俺を見て、こくりとうなずく。俺は伝票を摘み取り、席を立った。レジに向かう俺の後を、花城さんが小走りで追いかけてくる。
そして会計を済ませる俺を、財布を握ったままソワソワと見つめて、店を出たところで口を開いた。

「あの…お金、」
「いいって、いいって」

やっぱりそーきたか。でも花城さんに出させるわけにはいかない。

「でも…自分の分くらい…。バイクにも乗せてもらってるし」
「気にしなくていいからそんなの、俺が誘ったんだから」
「私が嫌なんです」
「俺も嫌だ」
「…は?」
「俺、先輩だぜ?割り勘なんてダセェことできねーって。」

ヘルメットを押し付けるように手渡すと、花城さんは落としそうになりながら受け取って、ちょっと不満そうにしながらも口をつぐんだ。

「ほら、早く乗れよ。」
「…ごちそうさまです。」

そして律義にそう言って、バイクに跨った俺の後ろに跨る。ヘルメットもちゃんと付けたことを確認して、俺はバイクのエンジンをかけた。

「どこに行くんですか?」
「それはお楽しみ。でも、ここまで来たらもう近いぜ」

花城さんが俺の腰に手をまわしてくる。背中に彼女の体が密着し、未知の柔らかさを感じる。
あー、やばい。理性飛びそう。

「じゃ…行くぞ!」

バイクのエンジン音でよこしまな思いをかき消して、俺は地面を蹴った。

きれいに舗装された道をしばらく走り、周りの景色に木々が増えていく。
道は上り坂になり、周りを走る車も少なくなっていく。

もうすぐだ。

もうすぐ…。


「あっ…。」

花城さんの声が小さく聞こえて、風にかき消された。
目の前には一面に広がる青い花畑。見晴らしがいいから、そのまま青空に溶け込んでしまいそうな。
ここはあまり観光客もいない穴場らしい。
砂利が敷かれた駐車スペースにバイクを停めた。バイクを降りた花城さんは花畑を見つめ、俺を見上げて柔らかく微笑む。

やっと笑った…。俺はそれが何よりも嬉しかった。


花畑の中へと続く細い道へと向かう。花城さんの頬は綻んでいて、俺の顔も緩んだ。

「綺麗…。」

花城さんはつぶやき、時々立ち止まって景色を見つめながら花畑の中を進んだ。
そして俺を振り返り、可笑しそうに二度見をして、もの言いたげに俺を見つめてきた。

「…何?」

そんな顔で見つめられたら、照れて直視できない。

「さっきからずっと…なんか…笑ってるから」

からかわれてるとでも思ったのか、花城さんははにかんだような顔で言った。

「そりゃ、だって…花城さんが嬉しそう…だから」

照れながらそのセリフを絞り出すと、花城さんは俺を見つめたまま顔を赤くした。

「ほんと…昔から優しいですよね…倉持先輩って」
「え?」
「面倒見がいいっていうのかな…」
「…そうか?」
「だって、高校の時はそんな…話したこともあまりなかったのに。私なんかのために…こうやって…してくれてるじゃないですか」
「それは…。」

それは…俺が面倒見がいいからじゃなくて…。
花城さんだから、なんだけど…。

「……まぁ花城さんには、感謝してるっていうか…」
「…え?なんで…ですか?」
「……。」

言っても…いいんだろうか。いや…もう、いいだろ。いいよな?
このきれいで幻想的な花畑の中で、俺の思考はどうかしてしまったのかもしれないけど。

「…俺…プロ志望出したのも、育成から一年で這い上がれたのも…花城さんのおかげだから」
「え…?」
「花城さん…、に……」

…どくん、どくん、と心臓がうるさくなっていく。

「…釣り合う人間に…なりたくて」

ザアッ、と風が花畑を薙いでいく。

「高校の時から……ずっと……気になってた…。」

花城さんの顔をうかがった。花城さんは、ぽかん、とした顔で、俺と目が合うとその顔を赤く染めた。
その顔が、俺の胸の奥に焼き付いて…どうしようもないほど、胸が熱くなった。

言った…。…言ってしまった。

「え…。…え…?」

花城さんはあきらかに動揺して、両手で頬を覆った。

「いや、その、花城さんの状況は理解してるし、つ…付き合ってほしいとか、言うつもりはねえけど」
「……。」
「まあ…、その…、つ…きあってもいいって言ってくれるなら…それは…う、うれしいけど」
「……。」
「いやでも、そんな場合じゃないって言われるのはわかってるし、つーか、俺のことそんな風に見てないのもわかってるけど」
「……。」
「でも…、その…。…俺にできることあったら、何でも言ってほしい」

花城さんは足元に視線を落として、だんだんと落ち着いた様子で、手を胸元に下した。

「…ま…、今日はほんとに、ただ息抜きしてほしかったっつーか…。こんなこと言うつもりじゃなかったんだけど…」

今更自分が告白をした事実の実感がわいてきて、俺は頭を掻いて視線を泳がせた。いたたまれない。

「……。」

花城さんは体の向きを変えて体を抱き込むように腕を組み、俯いた。こ…困らせた?

「…ありがとうございます」

俺が慌て始めたとき、花城さんはそう呟いた。少し伏せた目の、長い睫毛が揺れた。

「いやーでも、こんな…付きまとってて、とっくにバレてると思ったけど…ヒャハハ」
「…全然知らなかったです」
「あ…そ、そお…」

沈黙が下りる。いたたまれない…!

「…え…、いつから…ですか?」

ゆっくりとこちらに向けられた花城さんの顔は、頬が赤くて、目がキラキラしてて、息を呑むほど可愛い。

「…御幸より前」

沸き起こった競争心からそんなことを口走ったけど、彼女の澄んだ瞳が動揺で揺れたのを見て、俺は言い直した。

「…って言いてえとこだけど…多分…同時くらい」
「……。」

花城さんは息を呑んで、澄み切った瞳で俺を見つめている。

「だからさ…元気になってほしい」
「え…?」
「私なんか…なんて言ってる姿、見てるとこっちが悔しい」
「……。」
「俺にできることあるなら、何でもやるよ。マジで」

思いがどんどんあふれるままになって、言葉が止まらなかった。なんとかしたいって…もどかしい気持ちが押し寄せてきた。

「……。」

花城さんは黙り込んで…だけどその横顔には、先ほどまでのような悲壮感は少し、薄れているように見えた。

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