「成人おめでと〜!!」
「ありがとうございます…」
「うっす…」
今日は1軍の最年少組、俺と倉持がどちらも20歳を迎えたということで、球団の主力陣の先輩たちが飲み会を開いてくれた。普段はあまりこういう席には行かないけど…まあコミュニケーションも大事だし、俺たちのお祝いをしてくれるんだし、来ないわけにはいかない。
それはそうとして、倉持とちゃんと過ごすのもすごく久しぶりな気がして少し気まずい。
「じゃんじゃん飲めよ〜!!」
「まずビールから行っちゃう!?」
「おいおい…まだ飲みなれてねぇんだからあんま飲ませんなよ」
悪乗りする先輩が多数の中、常識的な先輩も一応いて、無理すんなよ、と俺に声をかけてくれた。そしてすぐにビールジョッキが俺と倉持の前に並ぶ。
「カンパ〜〜〜〜〜イ!!!」
野太い掛け声の後、先輩たちをならって俺と倉持もジョッキを傾けた。口いっぱいに広がる苦みと炭酸の刺激。癖のあるアルコール臭。まずい。
「さ〜て今日は色々聞かせてもらうぜぇ〜」
「そうそう、お前だよ倉持!!」
「…え!?」
隣の先輩に肩を組まれてロックをかけられる倉持を横目に、俺はちびちびとビールを飲む。
「お前最近ずいぶん忙しそうじゃん」
「彼女でもできたか〜?」
「え…!?いや…違いますよ!」
「ぎゃはは顔真っ赤だぞ、アヤシ〜」
確かにここのところの倉持は週に何度も外食に行くし、オフの日なんかカッコつけて髪をセットして出かけて行くし…。誰がどう見ても様子がおかしい。
「なぁ御幸はなんか聞いてねーの?コイツから」
「いや〜俺も怪しいと思ったんすけど…なかなか口が堅くて。」
「え〜同級生にも言ってねぇの!?秘密の相手!?バレたらまずい相手なのか〜!?」
「……。」
先輩に羽交い絞めにされてからかわれる倉持の顔が、一瞬ぎくりとこわばったように見えた。
先輩たちはものすごい勢いでビールを飲み、飲み会の席はどんどん荒れていく。もう帰りたくなってきた。騒がしいのは好きじゃねぇんだよな…。酒の美味さもいまいちわかんねぇし、ビールって太るらしいし。酔っぱらってる奴って、バカみてぇにみっともねぇし…自分はああはなりたくない。
だんだんと酔っ払いが暴走し始める中で、慣れないビールを飲んで顔をしかめている倉持が目に入り、俺は隣に移動した。
「よぉ、どう?ビールの味は」
「あ?」
少し酔ってるんだろう、倉持の顔はいつもより赤く見えた。だけどまだ頭にまではアルコールは回っていないようで、反応はいつもの倉持だった。
「まじぃ。コーラ飲みてぇ」
「はっはっは。わかる」
「……。」
なんだか気まずそうな倉持の態度を不思議に思いながら、こっちまで気まずくなる。しばらくちゃんと話してなかったしな。
「…で、彼女ってどんなコ?」
「は?」
「写真とかないの?見せてよ」
この空気を打破しようと、俺はそう言って倉持をからかった。いつものように怒るかな、と思ったら、倉持は何か苦しそうな顔になって俺を見て、迷うように手元に視線を落とした。
「何、なにかあったの?」
「……。」
なんでそんな…ばつの悪そうな顔をしているのか。どこか胸騒ぎを覚えながら、倉持が口を開くのを待った。
「……は…なしろさん、と…会ってる、最近」
ぽつり、ぽつり、と途切れながら告げられた言葉が、ぷつりぷつりと頭の中でつながって…俺は頭の中が真っ白になった。
「……は?」
周りの喧騒が遠ざかった。ビールジョッキに口をつける倉持を見て意味が分からなかった。何を言ってるんだこいつは?今…、花城さん…って、言った?
「ど…、…どういうこと?」
俺の動揺なんて想定内って顔で、倉持はつづけた。
「最初は偶然…、入った店で花城さんがバイトしてて…会った。そっから…まあ、俺が何度か会いに行って…、…そういう感じに、なってる」
「…は?え?…意味わかんないんだけど…」
「……。」
「そういう感じって…なんだよ」
「俺は…、…付き合いたいと思ってる」
ガシャン、とけたたましい音が鳴った。ジョッキをテーブルに戻す頭も働かないままに、俺は倉持につかみかかっていた。胸ぐらをつかまれながら倉持は、俺をまっすぐに睨み返していた。
「抜け駆けしてる気分だったから…これですっきりしたわ」
「は…?」
「奪いに行くって…言ったよな、俺」
倉持の胸ぐらをつかむ手が震える。こいつが…光と会ってる?なんで?いつから…?
「お…おいおいおい!なにやってんだお前ら」
「離れろって!御幸離せ!」
先輩たちによって引き離された俺は、また頭の中がまとまらなかった。
「飲むと暴れるタチかお前〜?」
「もう飲むのやめとけ!すいませーん、お冷!」
「何があったんだよ?」
先輩に聞かれた倉持は、なんでもないっす、と不愛想に答えた。
***
俺は…、…付き合いたいと思ってる
奪いに行くって…言ったよな、俺
倉持の俺をにらみつける目が脳裏に焼き付いて離れない。
あいつと光が、会ってる…?一体、いつから?今…どんな関係?なんで…。
……なんで……。
考えてもわからないことなのに、そのことだけで頭の中がいっぱいだった。
頭を冷やすために部屋を出ると、ちょうど出かけようとしているような倉持と廊下でばったり出くわした。
「……。」
「……。」
きちんとセットした髪、小ぎれいな服、なんか、シトラスっぽい香水の香りまでさせて。
上から下まで見とがめた俺の目に居心地悪そうに肩をすくめた倉持は、無言のまま歩いて行こうとした。
「倉持…」
咄嗟に呼び止めた自分の声はひどく弱弱しかった。
倉持は気まずそうな顔をして俺を振り向いた。その顔を見て確信した。…光に会いに行くんだと。
「…光、無事に…元気にしてんの?」
倉持の顔が固まって、同情のような色をにじませた。少し考えるように視線を伏せて、俺を気にするようにまたその目がこっちを向いた。
「あぁ…」
何度か頷きながら倉持がそう言って、俺は安堵した。
「…そっか」
元気でやってるなら…とりあえず…よかった。
「…でも、なんで…」
「……。」
「…店ってどこ?今…どこにいんの?」
「……。」
「なんで…見つけたとき、俺に何も言わなかったんだよ…」
倉持はじっと耐えるように眉根を寄せて足元を睨んでいたけど、対峙するように俺を睨みつけた。
「花城さんに…お前には言わないでくれって言われた」
その言葉を聞いて、俺は気が遠くなった。
「なんで…」
「知らねぇよ、そんなの」
「でも…普通、言うだろ!?だって光は俺の…」
「付き合ってねぇだろ、もう、とっくに」
「お前に何がわかるんだよ!?」
「花城さんが一番大変な時に!手放したのはお前じゃねーか!!」
倉持の怒鳴り声は俺の胸に深く突き刺さった。言葉に詰まった俺をにらみ続けて、倉持は畳みかけるようにつづけた。
「俺ならぜってぇ離れない。自分の大事な子が、あんなことになったら…」
「……。」
「俺が協力すると思うな。居場所も何も…、取り戻したいならお前が自力で見つけ出せよ」
倉持はそう言い残すと、俺を置いて寮を出て行った。
光に会いに行くんだろう。きっと…そうだ。
俺は喉の奥に苦い不快感が広がるのを感じた。