「おいしい!」

スイーツを食べて幸せそうに微笑む花城さんのあまりの可愛さに、俺は気を緩めるとついうっかり尊死してしまいそうなほどだった。
よかった…この店連れてきてよかった…!!
ありがとうございます先輩…!!

「そ、そか、よかった…」
「こんなお店あるの知らなかったな〜…私スイーツのお店は結構詳しいのに」
「そうなのか?割と最近できたみたいだぜ」
「そっか…」

しんみりとつぶやく花城さんを見てハッとした。そうか、花城さん…あの店で働いてるあいだはこんな洒落た店のことなんか、考える暇もなかっただろうしな…。
このご時世にスマホも持たずに住み込みのバイトまでして日銭を稼いでなんとか暮らしていたあの花城さんの姿を思い出すと…やっぱり、俺は胸の底から思いが湧き起こる。

「…よかった、花城さんがまた、明るくなって」

気づけばその思いをそのままこぼしてしまっていた。だってあまりにも、胸が詰まりそうだったから。
花城さんは少し驚いた顔で俺を見つめ、少し恥ずかしそうにその視線を逸らした。
そんな姿を見たら、俺はまた…言いたくなる。

「…花城さん、」

俺の真剣な顔を見て、花城さんは息を呑んだ。
その吸い込まれそうなほど澄んだ、亜麻色の瞳を見つめて…。

俺は…。


…突然、小洒落た店内に似つかわしくない、黒いジャージを雨に濡らした男が店に飛び込んできた。
店員は訝しげな視線を向けながら、お好きな席へどうぞ、と決まった文句を口にする。
俺はだけど、その男から目が離せなかった。だってパッと見た瞬間から、その男の姿形に、なぜか妙に見覚えがあって…、

…いや…、

まさか違うとは思いたい…そう、思いたくて、信じたくなくて、その顔がはっきりと見えるまで、俺はその男を凝視しながら逃げ出したい気持ちに駆られた。

店内の客を見渡すようにキョロキョロとフードを被った頭を動かしながらこちらに歩いてくる男。そのフードを鬱陶しそうに外し、顔がはっきりと見えた瞬間、男と目が合った。

…御幸…!?

「おま…、マジかよ…」

なんでここに?花城さんを探しに?そのずぶ濡れで息を切らした姿、まさか…店を手当たり次第に?
青ざめる俺に何事かと光がゆっくり後ろを向く。

待て…、やめろ…、だめだ…。

何も言葉にならないまま、肩で息を切らした御幸の目がゆっくりと花城さんを見つけ、振り向いた花城さんも固まった。

「……。」
「……。」

見つめ合った二人はただ沈黙し、固まっていた。俺はただその御幸の目元がだんだんと赤くなるのを見て、後ろを振り返ったまま固まって顔の見えない花城さんがどんな顔をしているのか想像するのが辛かった。

「…久しぶり」

ようやく御幸が口を開いて、掠れた声でつぶやいた。その声で我に返ったように、花城さんも微かな声でつぶやいた。

「…なんで…」

そして花城さんが俺を振り返る。その瞳は潤んでいて、俺は胸がギュッと握りつぶされる思いだった。
花城さんは俺が呼んだとでも考えたのだろうか。冗談じゃない。俺は御幸を睨みつけた。

「なんでこんなとこにいるんだよ」
「……。先輩に聞いた」

端的に答える御幸が顎に伝う汗だか雨だかわからない雫を袖口で拭うのを見て、腹が立つほどイケメンで本当にイラつくやつだと思った。
それに先輩って…俺は今日来る店を具体的には言っていない。先輩に勧められたいくつかの店の中から決めただけだ。それも南区の広範囲にわたる…やっぱりこいつ、手当たり次第に…。

「…何しにきたんだよ」
「……。」

御幸はごくりと何かを飲み込んで、やっと少し落ち着いた息を少し吐き、花城さんを見た。

「光…、話したい」

御幸は求めるような目で花城さんを見つめる。嬉しさと切なさの入り混じった、何とも言えない、俺の見たことのないような顔で。
花城さんはまだ混乱のある戸惑った顔で御幸の様子を見つめていた。

「…今は俺と一緒にいるんだよ。勝手なこと言ってんじゃねえ」

周りの目もある。俺は低い声で静かに御幸をけん制した。

「……。」

御幸はそんな俺を見て、だけどまた花城さんを見つめた。やっと見つけたんだ…こいつもそう簡単には引かないだろう。

「…話すならここで話せよ」

仕方なく…俺はそう言った。どうせ花城さんとこれ以上進展するためには…こいつの存在を何とか乗り越えなきゃならないことは、本能的に感じていた。
俺の言葉に顔をこわばらせた御幸の背後に、メニューとトレーを持った店員が歩み寄ってきた。

「お連れ様ですか?」

遠慮がちに声をかけてきた店員を振り向き、御幸はまだ躊躇いの残る顔で椅子に手をかけた。

「…はい」

小さくうなずいて席に着く御幸の前に、店員は水の入ったグラスとおしぼりを置き、メニューを差し出す。

「あ、…コーヒーで」
「かしこまりました。」

御幸はそれを受けとらずにそう言って、店員がかしこまりましたと頭を下げて去ったのを見送り、俺たちはテーブルを挟んで向かい合った。

「で…なんだよ」

俺が御幸をにらむと、御幸は俺を一瞥し、ずっと花城さんを見つめる。俺なんて眼中にないってか…。

「…ずっと心配してた」
「……。」
「よかった…元気そうで」

御幸の言葉をうつ向いて聞いている花城さんの目にだんだんと涙がたまって、花城さんをそれを指先で払った。…涙を流すほど、花城さんはまだ、御幸に気持ちがある…。その事実に俺は悔しさともどかしさを感じた。
御幸も言葉に迷いながら、話しづらそうに言葉に詰まる。俺がいるからなおさらだろう。
しばらくの間、重い沈黙が流れた。

「失礼いたします。こちらブレンドコーヒーでございます。」

店員がやってきて、俺たちは口をつぐむ。御幸が小さく会釈し、自分の前に置かれたコーヒーカップを見つめる。

「ご注文はお揃いでしょうか?」
「…はい」
「では、ごゆっくりどうぞ」

店員が伝票を置いて去っていった。
俺たちに再び沈黙が流れる。だけど御幸が不意に、決意したような目で花城さんを見つめたのに気付いて、俺はにわかに緊張した。

「…やり直したい」

その言葉は沈黙の中にしっかりと響いた。ゆっくりと顔をあげて御幸を見る花城さんの顔を…俺は胸をざわつかせて確かめた。

花城さんは……俺の見たことのない、悲しさと、切なさと、そして言い表せない気持ちの入り混じった、さっき花城さんを見つけた時の御幸のような…そんな顔をしていた。

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