「…やり直したい」

ごちゃごちゃした感情を一言で表すと、それだった。
ほとんど不可抗力のようにこぼれ出た言葉に、俺はあとから納得した。

再会した光は相変わらずきれいで…だけど昔のような無邪気さはあまりない。少し痩せて、そして大人びた表情をするようになった…。きっと…色々な苦労があったはずだとわかった。

俺を見た光が、躊躇うようにまた目を伏せた。

「…それは…。」

すぐに…簡単に、はいと言ってもらえるとは思ってない。けど、やっぱりそうなんだと現実を思い知ると、俺は深く落胆した。心のどこかで期待してた…光にもまだ気持ちが残っていること。
嫌い合って別れたわけじゃないと、ずっと自分に言い聞かせていた。

「…困ってんだろ、花城さん」

倉持も部外者にはなるまいと食い下がるように介入してくる。

「…ごめん。でも…」
「……。」
「ずっと心配してたの…、…わかるだろ?」
「……。」
「あんなふうに…別れるしかなくて…」

光は俺から離れてしまった。逃げるように、手を振り払ってまで。
連絡を取る手段もなく、姿を消してしまった光に、俺はどうすることもできなくて。

「…それは…本当に、ごめんなさい」

光は静かに言って、涙をこらえるように唇を噛んだ。

「先輩に、迷惑かけたくなかった」

光の性格上、そう思うのは少しわかる。けど、俺は頼ってほしかった…。それを言ってもきっと、困らせるだけなんだけど…。

「迷惑なんかじゃねえよ…」
「……。」

光がまた、涙をぬぐう。倉持は静かに俺たちの様子を見つめ、眉間にしわを寄せている。

「もう、光は…戻る気はない、ってこと?」

息をのんだ倉持の視線が光に向く。光は泣き出しそうな顔で俺を見た。

「……私…、」

光が何か言いかけた時、答えを焦れる気持ちで待って、息をするのも忘れた。まだ、俺のこと好きだとか…いやさすがにそれは都合がよすぎるかもしれないけど、でも、忘れてないってこと、なにかそういう片りんだけでも見つけたくて、俺は光の顔をじっと見つめていた。

そしてそれは、俺だけではなかった。

「…私ずっと…」
「…ス、ストップ!!」

倉持が慌てて光の言葉を遮った。驚いて息をのんだ光が倉持を見た。

「…なんだよ、倉持」
「……。」

倉持は苦しげに顔をしかめ、ぐっとつばを飲み込んで、祈るように言葉を絞り出した。

「やっぱ……やめてくれ、今は…」

項垂れる倉持の頭を、光は静かに見つめた。そして少し苦し気に眉を下げ、目を伏せた。
倉持は…最近の光を知ってる。俺の知らない光を。そして、光も…最近だけで言えば、倉持との関係のほうがきっと、深い。
今の光の表情を見て、俺はその想像を掻き立てられ、現実を突きつけられたような気がした。

「…じゃあ…光、連絡先だけ教えて。」
「……。」
「…頼むから」

俺は自分のスマホを差し出した。光はしばらくためらった後、俺のダメ押しの一言を聞いて、おずおずとスマホを受け取った。
光が電話番号を入力するのを、倉持は少し悔しそうに見守る。
少しして光が俺にスマホを返してきて、俺はその番号を保存し、コーヒーを飲みほした。

「じゃあ…また連絡する」
「……。」

静かにうつむく光にそう声をかけ、倉持に千円札を渡して席を立った。

「おい…別にいいって」
「邪魔して悪かったな」

光の手前か、倉持はそれを返そうとしてきたが、俺がそう言うと倉持は鼻白んだような顔になって、千円札をポケットに押し込んだ。


***


翌日電話をかけると、長い呼び出し音の末に、光が電話に出た。

「…はい」

本当に本物の連絡先だったと知って安堵する。これでまた、光とのつながりができた。

「もしもし…俺だけど」
「…うん」
「昨日はごめん、急に行って」
「……。」

あの後倉持とどんな話をしたのか…想像もつかなくて俺はその考えを振り払った。

「でも…また会えて、俺は嬉しい」
「……。」

光はずっと黙っている。

「昨日は…感極まって、あんなこと言ったけどさ…」
「……。」
「何があったのかも…俺にはわからないけど」
「……。」
「俺の気持ちは変わらないから」

ずっと黙っていた光が、少し息をのんだ。

「いつか…何があったのか、俺にも話してくれると…嬉しいんだけど」
「……。」
「まあ…無理にとは言わない」

しばらく沈黙が流れる。俺は手持ち無沙汰に頭をかいた。

「…高校、卒業した後」

ふいに、光が静かな声で話し始めて、俺はどきりとした。

「!…うん」
「叔父さんの家を出たの…そこに住まわせてもらうのは、難しくて」
「…うん」

…なぜ?そんなに非道な人物なのか?叔父たちは…。
そう疑問がわいたが、俺は口を挟まずとにかく話を聞いた。

「それで…」
「…うん」
「…しばらく定食屋さんで…住み込みでアルバイトを…して」
「……うん」
「……。」
「…してたんだけど…」

光が…どんな苦労をしてきたかは、俺の乏しい想像でしかないけど、それでも胸が痛んだ。

「…お父さんとお母さんのことが…あったあと」
「……。」
「その…叔父さんの家に住んでたんだよな?」
「…うん」
「そこから、急に連絡取れなくなったしさ…。…そこで何があったの?」
「……。」

光はしばらく躊躇って、迷いながら、ぽつぽつと話し始めた。

「叔父とは…両親とも蟠りがあって…」
「…うん」
「私のことも…迷惑だったと思う。でも、高校を卒業するまでは、面倒を見てくれた」

スマホも取り上げられ…進学も断念したのに。
光は感謝しているかのようにそう言った。

光の話を整理すると…少しだけ理解できた。
叔父たちとの関係が悪く、高校卒業後、一人で働いて生きていかなきゃならなくなったこと。それに負い目を感じ、俺との関係を断ったこと…。

「…そっか…」

なんて言ったらいいか…わからなかった。両親を同時に亡くしただけでも壮絶だというのに、光は…たった一人で生きていく決意を、あの頃からしていたということ。
そりゃ…俺には理解できないだろうとも思うよな…。

「…話してくれてありがとな。」
「……。」

まだきっと…これがすべてじゃない。だけどひとまずは俺はそう言った。今、全部を聞き出す必要はない…。光はきっと思い出すのも辛いだろうから。

「今度さ…飯でも行かない?」
「…え?」
「その、光が働いてたとことか。」

え…、と戸惑った光の声がして、俺は口元を緩めた。

「…一也先輩が来るようなところじゃないよ…」
「なんでだよ。倉持は通い詰めてたじゃん」
「……。」
「定食屋だろ?どんな?」
「…和食とか中華とか、色々ある…」
「たとえば?おすすめは?」
「…一番人気だったのは…生姜焼き定食」
「おー、いいね、大好物。腹減ってきたわ」

電話の向こうで、そっと笑う息遣いが聞こえた。

「なあ…、とりあえずさ、友達には戻ってくれない?」

今は…それでいい。光とまた会えただけで。

「…いいよ。」

そしてその言葉が返ってきて、俺は顔が緩んで胸が温まるのを感じた。

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