「いただきます。」
撮影途中のランチタイム。仕出しのお弁当をお行儀よく食べる光ちゃんを眺める。
「なんか今日、いつもと違う。」
その笑顔がやけにキラキラして見えて、俺はそうかまをかけてみる。
「え?そうですか?」
目を丸くしてはにかんだ光ちゃんの頬が赤い。
「なんかいいことあった?」
「な…ないですけど。」
あーあ、耳まで赤くしちゃって…。男?
「光ちゃんってさ…。」
「なんですか?」
「キスしたことある?」
ぎょっとして口元を抑え、固まる赤い顔の光ちゃん。
「えっ?な、なんですか急に!」
「だって、今日キスシーン撮るからさ」
光ちゃんはちょっと納得したように、口元を抑えたままごくんと食べ物を飲み込む。
「ファーストキスだったらさすがに申し訳ないな〜って」
「……。」
「あ…でも付き合ってた人いるんだもんね?キスは経験あるか」
困った顔で俺をにらんで、光ちゃんはお弁当に箸を伸ばす。
「まあ俺はファーストキスなんだけどね?」
「…えっ!?」
そして不意打ちで投下した俺の爆弾発言を、見事に食らって驚いてくれる光ちゃんの素直さったら。
「え、ウソ?ホントに?」
「本当。」
「えっ…、ウソ…」
「だから本当だって。」
光ちゃんは目を瞬いて真剣な顔になって、力が抜けたように椅子の背もたれにもたれかかった。
「す…すみません…」
「ぶはっ…なんで謝るんだよ」
光ちゃんが動揺してくれたことが嬉しい。俺も弁当の蓋を取って、割り箸を割った。
「だから今日、めちゃめちゃ緊張しながら来た。」
「……。」
光ちゃんは赤い顔で俯いた。その調子…もっと俺を意識してほしい。
ただの仕事のキス…なんて言わせない。
***
「はい!3、2…」
監督の合図で撮影が始まった。
俺と光ちゃんが向かい合って立ち、見つめあう。
「俺…お前のことが好きみたいだ」
その言葉に自分の気持ちも重なったように感じて、彼女を見つめる視線がじりじりと焦がれた。自分でも熱のこもった視線だとわかる…。
「なら…、もうどこにも行かないで。」
光ちゃんはキラキラした目で、ひるまず俺を見つめ続けている。この状況でも演技を貫くなんて…やっぱすごい。でも、ちょっとくらい動揺させたい。
「ずっとそばにいてよ…。」
「……。」
「いつまで待ってれば…、っ…」
彼女を抱き寄せて、ぎゅうっと力を込めた。華奢で…柔らかい体。だけどすぐに驚いたように強張って、俺の腕の中で固まる。だって…抱きしめるなんて台本にないから。
本当ならここで俺が、不意打ちのキスをして終わり。だけど…
熱を込めて彼女の体を抱きしめると、監督は撮影を続行させた。
「ごめん…」
耳元で囁いた。本当なら、キスの後に言うセリフ…だけど。
もう、自分が演技をしているのかしていないのか、自分でもわからない。
少しだけ体を離して光ちゃんの顔を見ると、光ちゃんは戸惑いがちに俺を見つめ返してきた。俺は強引に、しつこくその瞳を見つめる。すると光ちゃんも撮影が続いていることを考えたのか、俺に身を任せることにしたようだ。
少し顔を近づけると、受け入れるように目を閉じた。
唇が重なって、その柔らかさに胸の奥が疼く。唇を少し開き、彼女の唇をしっかりと食んだ。堪らなく求めるままに。何度も、何度も。そして…
ようやく唇を離して、瞼を開けた光ちゃんは戸惑った瞳で俺を見つめた。
「…はい!カットォ!!」
監督の声で我に返った光ちゃんが離れた。
「いいねぇ高坂君、アドリブ!?」
「あ〜すいません…入り込んじゃいました」
「いや、すごく良かったよ!このまま行こう」
上機嫌な監督に現場の雰囲気も沸いて、俺は頭をかいて光ちゃんを見た。光ちゃんはスッと歩き出し、休憩用テントのほうへ歩いていく。
「よーしじゃあ次のシーン用意してー!」
「大道具運んで〜」
俺もスタッフたちから離れて光ちゃんの後を追った。
どんなベテラン女優でも、キスシーンや濡れ場を演じた相手に、何の感情も抱かないわけがない。まして、初めての撮影で、初めてのキスシーン。自分で言うのもなんだけど、俺、死ぬほどモテるし…。
意識しないはず…ないよな。
「光ちゃん!」
呼びかけると、立ち止まって振り向く光ちゃん。その不意の瞬間にも、瞳はきらきら光っていて、風に髪をなでられて…神秘的な美しさを放っている。
「ごめんねさっき、なんかその…、感情入っちゃった」
なんて反応するかな…、って期待が胸をよぎった。
だけど光ちゃんは次の瞬間、少し冷めた笑みを浮かべた。
「いえ、おかげでいいシーンになったって、監督喜んでましたし」
ニコ、とほほ笑む彼女が、まだ18か19そこらの少女が、手が届かない存在に見えた。
「え、あ、そう…?」
「はい。」
本当に気にしていなさそうな様子の彼女に拍子抜けした。…と同時に、悔しく思う。
「じゃあ、失礼しますね」
「あ、うん…」