「美味しかったですね。」
「だな、ヒャハ…」
「あんなお店がこんな近くにあるなんて、知らなかったです」

店を出て光のマンションまで歩いて送る。今日誘った店は光のマンションのすぐ近くにあって、この帰り道のことまで実は想定していた。タクシーの距離だと店の前で別れることになっちまうし…

「明日も朝早いの?」
「いえ、明日はお昼から撮影で」
「へー…」

じゃあ…朝ゆっくりできるな……なーんて……。

…なんて切り出せばいい!?家寄っていい?…なんて言ったらもう、そういうことだって思われるよな?

「…洋一君は?」
「へ!?あ…あ〜俺は…俺も昼から練習…」
「そっか。」

…びっくりした!!いや、名前で呼んでって言ったのは俺だけど…。
…だけじゃなくて、俺の明日の予定を聞かれたのも、なんか…あっちも意識してんのかなとか…!!…考えすぎ?

隣の光をそっと見る。ワンピースの襟元から見える鎖骨が、色っぽい…。
あの男と…キスして、どう思ってるのか…。
俺とのキスは…。

「…そういや…さ、ドラマ…見たぜ」
「あ、…そうなんですか」

光はちょっとぎこちなく笑って目を伏せた。

「……。」
「……。」

き…気まずい。キスシーン見たって言ったようなもんだしな…。
てことは光も、ちょっとは意識して…?
ま、まあ普通に知り合いにキスシーン見られんのは気まずいかもな…。

「光、…演技よかったぜ、すげぇ」
「そう…ですか?」
「うん、ほんと…」

見とれるくらい、キレイだし…。だけど…

「……けど……キスは、ちょっと、辛かった…かも…」
「……。」
「……。」

ごくり、と自分ののどが鳴った。気持ちを素直に伝えるのは、心臓に悪い…。

「ただの演技だし…私はなんとも、思ってない、ですけど」

ちょっと苦笑しながら光は言って、唇を結んだ。
演技だし…仕事だし。それはわかってる。さすがに…そこまで無理解じゃない。
こんだけキレイな子を…女優にスカウトされるくらい素敵な女性を、好きになったからには…。

「…まあ、そっか…」
「……。」

光のマンションが見えてきた。…まだ一緒にいたいし…離れがたい。すごく。

「…俺が…キスしたときは、どう思った?」
「え…」

立ち止まって、光を見つめた。少し俺を見上げて、光の顔が赤くなった。

「……。」

戸惑うように伏せられる瞳。ぷっくりと柔らかそうな唇が目に入る。

「…嫌だった?」
「え、いや、……。」

咄嗟に否定する光に、どくどくと心臓が跳ね始める。

「…びっくり…しました」

唇に手を添えて俯きがちに言った光が、また可愛すぎて胸が疼く…。

「…それってさ」
「……。」
「嫌じゃなかったってこと…で、いい?」

一歩ずつ…一言ずつ、慎重に歩み寄る。もう少し近づきたい。俺の存在を、近いものにしたい。
…御幸よりも。

「……。」

光は赤くなった頬に手を当て、ぎゅっと唇を結んだ。

「……うん…」

へ……。

………え!!?

まって、ちょっと、頭が追い付かない…。

「…でも…。」

熱っぽく火照って、俯く光の色っぽさに、目が離せない。

「まだ、私、……。」
「…うん」
「…ごめんなさい…」
「……。」

え…?

「…一也先輩、が…。」
「……。」

…ショック。すべての景色と音が遠ざかっていくような感覚…。
挫折感、悔しさ、もどかしさ…だけど、そのどれよりも俺の胸の中を支配したのは…。
目を潤ませて頬を染めて俯く光への、どうしようもない欲情…だった。

「…いいよ」
「え…?」
「あいつと比べて…選んでくれよ。俺は全力で、光のこと振り向かせるから」
「……。」
「もう、御幸にも宣言してるし…」
「宣言…?…え、」

光の手を取り、引き寄せた。抱きしめて、その細さと柔らかさに驚く。
女の子って…光って、こんなに華奢で繊細で…男とは違うんだ。甘い、いい匂いもするし…なんだこの、他にはない抱き心地。

体が熱くなって手汗が滲む。心臓が破裂しそうなほど騒ぎ出す。

ドクドクと体の底から、うるさいくらいに…。

そのとき、光が弱弱しく俺の胸を押し返した。そんなふうにされても、全然嫌がってるようになんて、見えない…。

「…決まったら教えて。ずっと待ってるから」
「……。」

光はしばし俺を見つめ、マンションに入っていった。
腕にはいつまでも柔らかい感触が残って…酒に酔ったみたいにくらくらしていた。

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