アメリカ留学3週間目…

こっちでの生活にも慣れてきて、むしろ両親と顔を合わせることのない解放感が心地よい。
あの家は息が詰まる。実の息子の俺でさえ。だからきっと光は…すごく辛かっただろう。

芸能界に入ったのは驚いたけど…自分の居場所を見つけて、あの男ともよりを戻して。この間見かけた光は自然な明るい光に戻ってるように見えて安心した。

大学の図書館に入るとひんやりとした空気に包まれる。少しかび臭い。ここの蔵書は州内でもトップクラスで、見つからない本はまずない。
俺は課題のレポートに使うための本を探しに今日ここへ来た。その目的の本が収蔵されているのは確認済みだし、1週間前にもこの図書館で見かけた。その時に借りておけばよかった。
目的の本棚に近寄り、分厚い背表紙が並ぶ列を眺める。だけど…
その本があったはずの場所はぽっかりと空いていて、本はどこにも見当たらなかった。

…誰かに先を越された。

がっかりして図書館を後にした。仕方ない…大学外の本屋を探すか?
面倒なことになった。

構内の中庭を歩く。ベンチには昼食をとる生徒たちが三々五々散らばっている。
その中で目立った、カラスの濡れ羽色のような黒々とした黒髪の青年。あいつ日本人か?
しかもよく見ると、そいつが横に積んでいる本の中に、俺の目的の本があった…。

「……。」

俺は数秒考えて、そいつに近づいた。
声をかける前に、そいつは俺の気配に気が付いたように顔を上げた。

「日本人?」

尋ねると、そいつは寡黙な視線を俺に向けた。

「そうだけど…日本語上手いな」
「…俺も日本人だ」
「へぇ…ダブル?」
「よく言われるけど、純日本人だ」

髪や目の色素が薄いから、混血だと思われるのは慣れてる。ただ否定してもいつもはなかなか信じてもらえないのだが、そいつはすぐに納得したのかそれともどうでもいいのか、へぇと頷いた。

「その本、いつ読み終わる?」

俺は積まれた本の中の一冊を指した。

「これ?もう読んだ」
「…じゃあ、貸してくれ」
「いいけど、読み終わったら大学の図書館に戻しておいてくれ」
「わかった」

なんだかこいつ、話が早い。あっさりしすぎている。別に、友達になろうとして声をかけたわけじゃないけど。大学内で日本人に会うことは珍しいのに、やけに興味がなさそうで。

「留学生?」

俺は隣に座った。そいつは俺に視線をやり、少し迷惑そうに本を閉じた。

「ああ」
「大学は?」
「東大」
「へぇ…」
「そっちは?」

俺にも質問してくるとは驚いた。人と馴れ合うのが嫌なのかと思った。

「白栄」
「…へぇ」

穏やかな風が吹く。腹減ったな…

「…昼食は?」
「まだ」
「じゃあ、食堂に行かないか」
「…あぁ」

俺の提案にうなずいたそいつは、ベンチの上の本をリュックにしまい始めた。そのうちの一冊を俺に手渡して。

「あ…名前は?」
「周防衛」
「周防。俺は花城光臣。」
「花城…?」

初めて周防が興味をひかれたような目で俺を見上げて、すぐに目をそらした。俺は特に追求せずに、ベンチから立ち上がった。


***


食堂で並んで座り、寡黙な周防に質問をぶつける。

「学部は?」
「法学部…花城は?」
「経済。…弁護士にでもなるのか?」
「まあ、一応」
「ふーん…」

将来の弁護士の卵と人脈を作っておくのも悪くないな…。

「高校はどこだった?」
「東京の青道高校」
「…青道?」

サンドイッチを掴んだ手が止まった。周防はオレンジにフォークを刺して俺を見た。

「知ってるのか」
「まあ…」
「さっきから思ってたけど…もしかして、花城光の親戚か何か?」

突然光の名前を出されてどきりとした。

「…いとこ」
「へぇ。世間は狭いな」

周防は淡々とした態度で言って、オレンジを口に運ぶ。
…まさかここで、光と縁のある人物と会うなんて。ほんと…世間は狭い。

「光と…仲良かったのか?」
「仲良くはないけど…3年の時同じクラスで、一緒に生徒会に入ってた」
「…へぇ」

じゃあ…クラスメイト以上には面識があるということ。

「…今どうしてる?」
「え?」
「3年の終わりごろ…色々あったみたいだったから」

こいつ…初めて進んで質問してきたな。

「あぁ…まぁ。しばらく俺の実家に居候してたけど…色々あって卒業と同時に出てった」
「……どこに?」
「住み込みで働ける場所を探すって…言ってた」

周防は静かに瞬きをして、皿の上に視線を落とした。

「…花城って、結構裕福な家庭だと思ってたけど、違うのか?」

深く踏み込んだ質問…。さすがにわかった。周防が光のことを気にしていると。

「…お前、弁護士目指してるって言ってたな」
「…それが?」
「聞きたいことがあるんだけど…。」
「……。」
「…横領された遺産を取り戻す方法」

皿を見つめていた周防の目が、俺を見た。さすがに少し、驚きをにじませて。
俺はこいつと二人で、これから大きな目的に向かっていくような…大きな音が近づいてくるような気がした。
あたりに響く食堂の喧騒が反響して、そんな俺たちを阻もうとする悪意ある視線から、隠してくれているような気がした。

184

ALICE+