「お疲れ。」

スタジオの撮影準備を待ちながらお茶休憩をしている光ちゃんに声をかける。光ちゃんはいつも通りの笑顔で俺を見上げた。

「お疲れ様です。」
「今日もよろしくね。」
「よろしくお願いします。」

いつも通り、本当に変わらずに愛想の良い光ちゃんの態度に安堵して、間宮の件を切り出そうとしたとき…。

「あ、鈴木さーん、おつかれ様です」
「花城さんお疲れ〜」

…光ちゃんは急にスタッフのほうへ駆け寄って行ってしまった。
え…避けられた?いや…考えすぎ?

モヤっとしつつ俺もお茶を汲み、少し飲んだ。

「いいよな〜花城さん」
「俺らみたいな下っ端の名前までちゃんと覚えてくれて、挨拶してくれるしな〜」

機材のセットをしながら光ちゃんを盗み見て、若い男のスタッフたちが噂をしているのが耳に入る。

「顔も性格もスタイルもいい女優なんて貴重だぜ〜、ああいう子に売れて欲しいよな〜」
「花城さんは絶対売れるだろ、てかもう人気だし。今年の彼女にしたい芸能人ランキング1位だぜぇ?」
「彼氏いたって話が出ると、普通は人気落ちるんだけどなぁ」
「あれだけ美人で普通の高校通ってて彼氏いませんでしたってのも信憑性ないし、あの言い方はむしろ一途っぽくてグッときたな俺は」
「わかる、わかる。良い恋してたんだな〜ってな」
「お偉いさんのおっさんと付き合ってるより断然いいだろ」
「ははは!そりゃそう」

ま…お前らは眼中にないけどな。
麦茶を飲み干した紙コップをゴミ箱に放り込み、俺はスタッフと話し終えてまた一人になった光ちゃんに歩み寄った。

「光ちゃん。」

俺を振り返った光ちゃんは、やっぱり笑顔。いつも通り。

「間宮傑って知ってる?」

だけどその名前を出した途端、光ちゃんは明らかに驚いて固まった。

「え?なんで…」
「あ、やっぱ知り合い?先週俳優仲間で飲み行った時、江川が連れてきてて知り合ったんだけどさ」
「え…」
「今度メジャーデビューすんだって。シンガーソングライターとして。」
「ええ!?」

こんなに驚く光ちゃんはレアだ。それも、全く青天の霹靂って感じ。

「あれ、知らなかった?」
「音楽やってるとかは全然…」
「そうなんだ。それもすごいね」
「ふふ。へぇ、びっくりした…」
「それでその間宮がさ。光ちゃんと会いたがってるんだよね」
「え…。」
「だから今度何人かで食事とかどうかなーって」
「あ〜…」
「高校の先輩だったんでしょ?」

光ちゃんは明らかに困ったように苦笑した。珍しく…さっきからわかりやすい。

「まあこういう業界だと…顔繋いどくのも大事だし。無理にとは言わないけど」
「あ…はい…」
「あ、俺の俳優仲間も何人か誘うよ。同年代のやつ。今後共演とか一緒に仕事することもあると思うし。間宮もさ。」
「……。」

苦笑した光ちゃんの表情が、だんだん、仕方ないか…と言いたげな諦めが混じって固まった。

「じゃあ…よろしくお願いします。」
「よかった。じゃ、連絡先教えて。」
「はい。」

…やっと連絡先ゲットできた。挨拶初日にはぐらかされたままだったんだよなー。

「ありがと。じゃ、詳しいことはまた連絡するね」
「はい。」


***


そして数日後の夜。
光ちゃんとのドラマ撮影のあと、テレビ局のロビーで俳優仲間と待ち合わせをした。

「今日行く店、ほんとになんでも美味いから。」
「楽しみです。」

穏やかに大人っぽい笑みを浮かべる光ちゃん。待ち合わせ時間が近づくと、エレベーターからガヤガヤ降りてきた男3人組が近づいてきた。

「よーおつかれ」
「おつかれ〜」

俺の俳優仲間2人と、迷い込んだ野良犬のようにくっついてきた間宮。その鋭い眼光はずっと、光ちゃんを射抜くように見つめている。態度に出すぎだろ…どんだけ好きなんだよ。初恋に翻弄されるガキみたいだ。

「初めまして〜、野崎です」
「林です」
「花城光です。よろしくお願いします」

俳優仲間と挨拶を終えた光ちゃんに、間宮が近づいた。

「花城さん、ひさしぶり」
「お久しぶりです」
「ずっと会いたかったっす」

真剣な間宮の様子に野崎と林が笑いだす。

「おいおいどうしたお前〜」
「花城さん困ってるぞ!」
「すいません」

大袈裟に頭を下げる間宮に苦笑する光ちゃん。
どっちが先輩かわからない。

「じゃあとりあえず行くか」

俺がそう言って、俺たちは仲間のマネージャーの車に乗り込み、店に移動した。

車中では光ちゃんを中心に会話が弾み、やっぱり男はみんな綺麗な女の子が好きだと実感する。野崎と林もワンチャン狙ってるような態度で、俺は少し焦りを感じた。

「到着です、また連絡くれれば迎えにきますんで」
「ツカさんありがとう〜」

マネージャーはそう言い残して帰って行き、俺たちは店の前に降り立った。路地裏にひっそりと佇んでいる目立たない店の入り口。ここは会員制のバーで、俺の行きつけでもある。

「ここ…ですか?」

それまで笑顔だった光ちゃんの顔に若干の不安が滲んだ。

「ああここ、怪しそうに見えるけどちゃんとした店だから安心していいよ」
「会員制なの!だから俺らみたいな芸能人御用達ってわけ」
「一般人いたら落ち着いて飲めないでしょ?」

俺たちにそう畳み掛けられてたじろぐ光ちゃんと、そんな光ちゃんを黙って見つめる間宮。

「…わかりました」
「よし、じゃあいこいこ!」
「腹減った〜、いつもの頼んでいい?」
「おう、食おう食おう」

光ちゃんが頷いて、俺たちは店に足を踏み込んだ。薄暗い店内にはカウンター席のみがあって、馴染みのマスターが含みのある笑みを浮かべて俺たちを出迎えた。

「高坂さんどうも。」
「こんばんはマスター。とりあえずいつもの、お願いします」
「はい。どうぞ座っててください」

席は奥から、俺、光ちゃん、野崎、林、そして間宮の順で並んで座った。カウンターは半円型にカーブしていて、全員の顔が見える。

マスターが恒例のつまみを作ってくれている間に、俺たちは何を飲むか話し始める。

「俺、とりあえずジントニック」
「俺もー」
「俺もジントニックで」

すんなりと決める俺たちに対し、光ちゃんと間宮はマスターにメニューを貰った。光ちゃんはメニューを眺めて何かを探すように視線を動かし、間宮は手にメニューを持ったままその光ちゃんの様子を黙って見つめていた。

「あの…アルコール以外の飲み物はありませんか?」

すると光ちゃんがメニューを畳んでマスターに尋ねる。

「ございますよ。」

マスターが別のメニューを取り出して光ちゃんに差し出すと、光ちゃんは安堵したようにお礼を言ってそのメニューを受け取った。
その様子を見て、間宮はやっと自分もメニューに視線を落とした。

「じゃあ…甘口のジンジャーエールで」
「かしこまりました。」
「俺は…モヒートで」
「かしこまりました。」

光ちゃんと間宮も飲み物を注文し、おつまみがカウンターに並ぶ。

「え、間宮と光ちゃんって高校の同級生なんだっけ?」

オリーブをつまみながら林が言うと、間宮が低い声で答えた。

「いや、俺が一個上っす」
「あーそうだったそうだった」
「光ちゃん、御幸一也と付き合ってたってマジなの?」

光ちゃんを固まらせたのは野崎の質問だった。

「え…、」

光ちゃんの視線が動いて間宮を見ると、間宮は謝意を示すように手を顔の前に立てて頭を下げていた。

「ごめん、俺が言った」
「……。」

少し非難がましく間宮を見つめる光ちゃん。

「まあまあ、誰にも言わないから!」
「そーそー、芸能界よくあるこーゆーの。俺らの中だけの話にしとくって!」

そう言う林と野崎に、はあ、と愛想笑いで頷いて、光ちゃんはマスターに差し出されたジンジャーエールを受け取った。
酒も揃い、乾杯をして、一気に空気が砕ける。飲みの席のこの瞬間が好きだ。

「え、でコイツのことずっと振ってたんだって?」

林が間宮を指して揶揄った。間宮は気にも留めない感じでモヒートをぐいっと飲み、光ちゃんの方が困った顔で笑っていた。

それから俺たちは趣味の話や他の芸能人仲間の話で盛り上がり、俺はだんだんと手応えを感じる。こんなに長く光ちゃんと話すのは初めてだけど…ずっと隣の野崎より俺に相槌を打ってくれるし、撮影で会う時より打ち解けてきた気がする。端の席から間宮が若干恨めしそうな視線を送ってくるが、無視。

「マスター、いつもの…マティーニお願い。」
「はい。」

俺は飲み干したジントニックのグラスを置き、マスターに注文した。

「光ちゃん、今18だっけ?」
「はい。来月19です」
「てことは来年20歳?」
「はい」
「へー、じゃそしたら今度は飲みに行きたいな」

下心を感じさせない愛想の良い笑みを浮かべる。光ちゃんも似たような笑みで微笑み返してくる。

「マティーニです」
「どうも」

差し出されたグラスを取り、コースターを滑らせて俺と光ちゃんの間に置いた。

「飲んでみる?」
「え?」

光ちゃんの目が丸くなり、すぐに笑みを戻す。

「いえ…いいです」
「真面目だなー。今年も来年もそんな変わんないって」
「……。」

光ちゃんは静かに笑みを浮かべたまま、ジンジャーエールのストローをかき混ぜた。

「ちょっと味見してみなよ。ほら」

…と言いつつ、これは度数高めに作ってもらってるから、多分光ちゃんは一口でも酔っ払う。酒飲んだことないみたいだけど、みるからに酒弱そうだし…。
そしたら光ちゃんの家を知ってることにして、俺が送るていで光ちゃんを連れて帰っちゃえば…後は流れでこっちのものだ。
一晩過ごして落とせなかった女優はいない。

光ちゃんの視線が俺を見上げ、マティーニのグラスを見る。少し困ったような、だけど諦めたような笑みを混ぜて。
よし、もうこれで、光ちゃんは俺の…

その時、光ちゃんとの間を突き破るように目の前に突き出てきた何者かの手がマティーニのグラスを掴み、取り上げて行った。
驚いて振り向くと、いつの間に後ろに立っていた間宮が、グラスを一気に傾けて空にする。
強いアルコールに顔を顰め、クッと息を吐き、グラスをコースターに叩きつけ…間宮が俺をみた。

「美味いっすねコレ…、」

言い終えないうちに、間宮の体がぐらりと揺れた。
大きな音を立てて人形のように床に倒れる間宮。光ちゃんが驚いて立ち上がり、間宮に駆け寄った。

「間宮先輩!大丈夫ですか!?」

…反応はない。こんな事態になって呆然とする俺に、光ちゃんが叫んだ。

「早く救急車!」
「あっ…、う、うん」

頷いた俺を見て、連絡します、と店の固定電話機に飛びつくマスター。狼狽えることしかできない俺と野崎と林…。

「間宮先輩!聞こえますか!」

その中で毅然と動いている彼女の姿に、情けない気持ちになった。

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