「光ちゃん。」
「あ、お疲れ様です。」
撮影現場に入ってきた光ちゃんに声をかけると、またいつもの笑顔が向けられて安堵した。
良かった…昨日のこと、気にしてないみたいだ。
「お疲れ。…間宮どう?」
「元気そうでしたよ。」
「そっか、よかった。…光ちゃん一人でお見舞い行ったの?」
だとしたら、あいつ、相当な怪我の功名…。
「いえ、…友達と一緒に。」
「友達?」
「はい。あ…失礼します。」
光ちゃんは頷くと、何か追求を逃れるようにスタッフの方へ駆け寄って行った。
…ま、いいか。
***
「お疲れ様でした〜」
今日の撮影が無事終わり、出演者たちが帰り支度を始める。
「お疲れ光ちゃん。」
荷物をまとめてスタッフに挨拶をしている光ちゃんを呼び止めると、ふわっと花開くような笑みが向けられる。数時間の撮影の後でも疲れを滲ませないこの笑顔…癒される。
「お疲れ様でした。」
しかしうっかりそれに見惚れていてはこうやってさっさと帰られてしまうので、俺は慌てて我に返った。
「今日時間ある?佐伯さんが今日最後の撮影だったから、みんなで飲み行こうって話してるんだけど」
佐伯敏一はベテラン俳優で、大御所といってもいい。俺は今日こっそりとスタッフに手回しして、彼のお疲れ会という名目で飲み会をセッティングさせた。これは光ちゃんも断りにくいはず。
「あ…、はい、ぜひ」
少しぎこちない笑みを浮かべ、光ちゃんは頷いた。計画通り。
「じゃ、行こうか。」
「はい。」
***
「みんな今日はわざわざありがとうね〜」
宴もたけなわ、すっかり出来上がった佐伯さんが上機嫌にそう言って席を立つ。
「じゃああとは若い人たちで楽しんで!」
「きゃ〜佐伯さんありがとうございます〜!」
「よっ!さすが大御所俳優!」
「一生ついていきまーす!」
佐伯さんは札束をテーブルに置き、マネージャーと連れ立って帰って行った。
「あの人愛妻家だからね〜。結婚してから日を跨いで帰ったことないんだって!」
「へえ〜、素敵ですね」
スタッフの女の子に耳打ちされた光ちゃんが目を細めて微笑む。
「光ちゃんもそんな人見つけてね!光ちゃんが変な男につかまっちゃったら、私ショックすぎる!」
「あはは、なんですかそれ」
「可愛いから心配なの〜!」
この場で酒を飲んでいないのは唯一の未成年である光ちゃんだけで、すっかり酔っ払ったスタッフに絡まれるのをのらりくらりとあしらいつつ、オレンジジュースを飲んでいた。
「おつかれ〜。」
俺は飲み会のノリを装ってそんな光ちゃんの隣に移動した。
「あっ!ほら、高坂さんなんていいんじゃない〜?」
「え、あは…、お疲れ様です」
するとスタッフの子が目の色を変えて光ちゃんに抱きつき、ヒソヒソとはしゃぎながら揶揄う。光ちゃんは笑ってそれを流して、俺に挨拶を返した。
「なんの話してたの?」
「何って女子トークですよ〜!ねー光ちゃん!」
「あはは…」
「あ…鈴木さんおかわりいきます?」
俺は向かいの席にいたベテランスタッフの鈴木さんのグラスがほとんどからになってることを指摘する。あ、そうですね、と答えた鈴木さんに、光ちゃんの隣にいたスタッフの子がサッと立ち上がった。
「あ、じゃあ私注文してきます!他に注文ある方いますか〜!?」
スタッフの子が光ちゃんから離れた。狙い通り。俺は早速光ちゃんに話しかけた。
「光ちゃん、昨日はごめんね」
「いえ…、」
光ちゃんは微笑むけど…ちょっと壁を感じる。やっぱ酒勧めたのが裏目に出たかな…。
「俺も昨日は酔っ払っててさ…困らせちゃってごめん」
「いえ、大丈夫です」
「いやでもやっぱ…、光ちゃんには誤解してほしくないからさ」
「…誤解?」
目を瞬く光ちゃんに、勝負を仕掛けた。
「俺…、結構本気なんだよね、光ちゃんのこと」
光ちゃんのキラキラした目が俺を見つめた。
落ちた…。
落ちただろ、これ。
ここまで言って落とせなかった女はいないし。
「…え?」
光ちゃんの顔が赤くなって微笑みを広げた。照れ笑い隠しきれてないじゃん…可愛すぎ。
「この後うち来ない?」
「……。」
頬に手を当てて微笑む光ちゃんが、照れたように目を伏せて…また、ちら、と俺を見つめる。
これは…来たな。
「…あれ〜〜?そこなんか近くないですかあ〜〜?」
そのとき酔っ払った共演者が遠くからヤジを飛ばしてきた。…邪魔が入った。
「なになに、デキてんの〜?」
「二人っきりで何話してんすか〜〜」
「なんでもないですって。」
手を振ってあしらうと、ヤジは光ちゃんに飛んできた。
「あやし〜。光ちゃん教えてよ〜」
「うふふ」
にっこりとお淑やかに微笑む光ちゃん。まあ、変なこと言うわけな…、
「なんか高坂さんが…こっそりきたから何かと思ったんですけど…」
「え、なになに?」
え…何を言い出すんだ光ちゃん?
「ほんと何かと思ったら…このあとうち来ない?って」
うふふ、と微笑んだ光ちゃんの静かな笑い声だけが、広い宴会場に響いた。
…周りの視線が突き刺さる…。
「…ええ〜!?なんすかそれ高坂さん〜!」
「まさか光ちゃんのこと〜!?」
「え…、いやいや違うって!光ちゃんのことはほんと、可愛い後輩だと思ってるから!そーいうのじゃないから!」
慌てて否定して、ハッとした。
振り向くと…光ちゃんはにっこりいい笑顔で…
「そうですよね!これからもよろしくお願いします、先輩。」
…やられた…。