「御幸ー、来週どうする?」
「あ、ちょっと待ってください、確認します…」
この間から飲みに誘われていた先輩から再度声を掛けられ、俺はスマホのカレンダーアプリを開いた。そうして気づいた。今週末の土曜日って…。
「あ…、来週大丈夫っす。」
「オッケー、じゃ伝えとくわ」
「お願いします。」
先輩との話を切り上げ、俺は誰もいないロビーに移動した。
少しためらいはあったが、思い切って光に電話をかける。
数回のコールの後、呼び出し音が途切れた。
「…はい。」
静かな声。ちょっと元気がないような。
「よお。…仕事中?」
「まあ…、でも休憩中だから大丈夫。どうしたの?」
相変わらず…高校の時からそうだったけど、素っ気ないな〜…。
「そっか。…あのさ。今週の土曜日…」
「……。」
「…命日…だよな?お父さんとお母さんの…」
電話の向こうで少し息をのんだような気配がした。
「…よく覚えてるね」
「当たり前だろ。…で…何か予定あるのかなと思ってさ」
残された親族…叔父たちとは折り合いが悪そうだし。ほかに頼れる人はいるのかどうか…心配だった。
「…予定…というか…。お墓参りくらいは…って思ってただけで…」
やっぱり…光一人なのか。
「じゃあそれ…俺も一緒に行っていい?」
「…え?」
「一応、会ったことあるしさ。光が良ければ。」
「……。」
明るくて、娘の光をすごく大事にしてて…優しそうだった光の両親が脳裏によみがえる。早く帰るよう俺にくぎを刺したお父さんの圧も、今はすごく…恋しい。だって、光は本当に愛されていて、幸せそうだったから…。
「いいけど…」
光がポツリと答えて、俺は頬が緩んだ。
「じゃあ俺、車出すよ。迎えに行く。」
「…うん」
***
そして土曜日。
昼前に光のマンション前に車を停めた。今年買ったばかりの黒いジープ。マンションから出てきた光はぽかんとして言った。
「…車あるんだ」
「まあ、買ったばっか。どーぞ」
助手席のドアを開けると、光は遠慮がちに乗り込んだ。
そうして光の案内で、ご両親のお墓のある霊園へ向かう。
「いつ免許取ったの?」
「去年の冬、合宿で」
「へぇ…」
光は相槌を打って窓の外を眺める。
光を隣に乗せて運転する日が来るとは…。デートみたいで嬉しい。行先は墓地だけど。
「あれから高坂とはどうなった?」
前を見て運転しながら尋ねた俺の横顔を、光は何か言いたげに見つめて少し微笑む。
「別に何もないけど…」
「本当に?大丈夫?」
「…なんでそんなに気にしてるの?」
「なんでって…当たり前だろ」
「……。」
少しこらえた笑みを浮かべたまま、静かに窓の外にまた視線を移す光。
「…一也先輩って、さぁ…」
「ん?」
「長澤まさみさんが好きなんだね。」
「…え!?」
一気に背筋が凍った。まさか…、まさか。
「え…、……見た?」
「昨日テレビでやってたから。」
「…最悪」
「あはは」
顔を引きつらせる俺を笑いながら見つめる光。
「好きっていうかそれはさあ…推しっていうか…ただのファンだろ」
「ふーん…」
「つーか…光と出会う前だし…」
「へぇー」
にやにやからかうような笑みを浮かべる光に胸がくすぐったくなる。
「なに?やきもち?」
「ふふふ」
…逆にからかってやろうとしたけど、笑ってあしらわれた。あーもう…完全に俺の片思いって感じじゃねーか。どーなってんだこれ。一応俺のが年上なのに、からかわれてるし…。
それに…。
あれを見たってことは、倉持のアレも…聞いたってこと。
「……。」
静かに窓の外を眺める光の横顔は、なにか物憂げで。
倉持の言葉をどう思ったかなんて…聞けなかった。
***
目的地に到着し、駐車場に車を停めた。
きれいに整備された立派な霊園。光は迷わず中へ歩いていく。もう、何度かは来たことがあるみたいだ。
そのあとに続いて歩き、光が立ち止まった大きな墓石の前で俺も立ち止まる。
花城家之墓…そう刻まれた中央の大きな墓石に、光は進んでいって花を供えた。
そして静かに手を合わせると、しばらく黙とうし、俺を振り向いた。
俺も進んでいって、静かに手を合わせる。
光のご両親のことを知った時は本当に驚いた…。そのあとのことも、俺は何も力になってやれなくて…。
でも…これからは…。
きっと光を守っていきます……。
そう心の中でつぶやいたとき、その思いがずしんと重くなって、胸の中に沈んでいったように感じた。
「…ありがとう。」
俺が顔を上げると、光がつぶやいた。
「いや…、俺が来たかったから。」
「……。」
光は静かに目を伏せて、言葉を飲み込むように口をつぐんだ。
「…親戚とか…誰かと連絡とったりしてんの?」
命日だというのに他に誰かが来た形跡がなく、俺は慎重に聞いた。
「今はこうちゃんと従弟の光臣しか、連絡とってない。」
光はそう言って、風になびいた髪を耳にかける。
「こうちゃんと光臣からも今日のこと、連絡は来たけど…今こうちゃんは福岡だし、光臣はアメリカだから。」
「…そっか。」
「他は誰も…、多分もう、命日ってことも忘れてると思う。」
「……。」
そんなことない…なんて無責任なことは言えない。
「でも…光が来てくれて、きっと喜んでるよ。」
「……。」
「…むしろ俺がついてきてるのを心配してるかもな。」
少しでも光に笑ってほしくて、俺は冗談を言った。だけど本当にそうかもしれないと思った。あのお父さん、光のこと溺愛してたし。
「……。」
ふ、と静かに微笑みを浮かべて墓石を眺めていた光の頬に、涙が一粒こぼれた。
「…そうかな…。」
…え?
光の声はどこか自嘲気味で、悲しげで。両親との仲は良かったはずなのになぜそんなことを言うんだろうと思ったとき、光はつづけた。
「私も今日…、先輩から連絡が来なかったら、来なかったかもしれないし…。」
「…なんで?」
光は俺のほうを見ず、足元に視線を落として、呟いた。
「私…、…本当の子供じゃなかったみたいなんだよね」
「……え…、」
秋に差し掛かった少し涼しい風が吹き抜けていった。
光の言ったことがすぐには理解できず…いや、理解はできてもそれを受け入れるのに時間がかかって、俺はしばらく言葉を失っていた。
「…どういう…事?」
「叔父さんの家で暮らし始めてすぐ、叔父さんと叔母さんが話してるの聞いちゃったの。血の繋がりもないのに…って」
「……。」
「私…。…どこの誰なんだろうね」
光は笑い出し、涙を手で拭った。
なんだこれ。なんだよこれ。光が…こんなに辛い思いしてたなんて。想像以上すぎて…どうしていいかわからない。自分が…情けない。
「ごめんね…変な話して」
光はそう言って鼻を啜り、バッグからハンカチを出して涙を拭いて、吹っ切れたように顔を上げた。
「光…、」
なんて……言ったらいいのか……。
「帰ろうか」
光が言って、俺の答えを待たずに歩きだした。
俺はただ…そのあとに続くことしかできなかった。