「よっ。」
呼び出し音が途切れる瞬間に、こんなに胸に喜びが溢れる子は…光しかいない。
「…なに。」
第一声がこんなに、つれないとしても。
「なにじゃねーよ。相変わらずつめてぇな〜」
「急に電話がきたから」
「悪い、今日休みって言ってたからさ。何してんのかなーと思って…」
数日前の帰り際の光の様子がずっと引っかかっていて、俺はとにかく隙を見つけては光に連絡をとっていた。毎日LINEで、時々はこうして電話で。
とにかく…一人にするのが心配なのもあったし、今は連絡がいつでも取れることが嬉しくもあって。
「別に特に…」
「おっ、御幸〜!」
光が言いかけた時、先輩が通りかかって俺を呼んだ。
「あ、悪い、ちょっと待って…、」
俺は咄嗟に光にそう言って、スマホを外して先輩を振り返る。
「なんすか?」
「あ、ゴメン電話中?何、彼女?」
「いやっ…違いますよ!それよりどうしたんすか?」
彼女です…なんて答えたら、一体どんな子だって根掘り葉掘り聞かれるに違いない。それが女優の花城光だなんて知られたら、とんでもないことになるかもしれないし…俺は咄嗟に嘘をついた。
「今日の飲み、かすみちゃんも来るってよ!し・か・も…お前ご指名♡」
「は?はあ…そっすか」
「いいなあイケメンはよォ〜お持ち帰りしほーだい!よりどりみどり!」
「何言ってんすか…」
ニヤニヤしながら先輩が去っていき、呆れつつ俺は電話に戻る。
「ごめんごめん…先輩に声かけられてさ」
「……。…ううん」
さっきまでも元気がなかったが、明らかに更にワントーン低くなった光の声がした。
「どした?…大丈夫?」
「何が?大丈夫だよ」
「でも声が暗…」
「しつこい」
え、なんか、怒ってる?
「飲み会でしょ?行ってらっしゃい」
「え?いや飲み会は夜…、」
「私ももう出かけるから、じゃあね」
プツッ、と電話が切れる。
…え、なんで急に怒ってんの…?
***
「こんばんは〜はじめましてぇ」
隣に座ってきた女の、甘ったるい香水がツンと鼻の奥をついて、俺は顔を顰めた。
「林かすみです〜よろしくお願いします」
「あーども…」
離れた席で飲んでいる先輩が、ニヤニヤした視線を送ってきた。迷惑すぎる。
「えー御幸さんってぇ、あんまりこういう飲み会来ないって聞いてたんですけどぉ…なんで今日は来たんですか?」
流し目で胸を強調する姿勢、のぞく鎖骨と組んだ脚。計算され尽くされてる…さすがあざとさを売りにしているタレント。
「別に理由はないです。」
「えーそうなんですかぁ?じゃあ私、ラッキーですね♡」
いや、知らねぇけど。
こういう女苦手なんだよな…早く帰りたい。今日だってこの飲み会がなければ光と会えたかもしれないのに…。
俺は今日何度目かわからないスマホの確認をした。光からの連絡は何もない。一応飲み会の前に、今から飲み会だとどーでもいい報告のLINEをしたのだが…。
あいつのことだから、ふーん…って終わってそう。
「よ〜、飲んでるー?」
その時ドスンとぶつかるようにして、この回の主催者である先輩がやってきた。先輩は完全に酔っぱらった赤い顔で俺と林さんを覗き込む。
「飲んでま〜す」
林さんがハイボールのジョッキを掲げて答えると、先輩は満足そうに目じりを下げた。
「御幸〜テンション低いぞ!!ほらもっと飲め飲め!!」
「あーはい…」
酔っ払いに絡まれるのはごめんだ…。少し相手したらこっそり逃げよう、なんて考えていると、太腿をぞわぞわとした感覚が襲った。
…隣の林さんが偶然にしてはおかしいくらいに、自分の太腿を俺の足に押し当てて擦り付けてきたのだった。
「……。」
恐る恐る彼女の様子をうかがうと、流し目で意味深な視線を送られた。
ヒ〜…早く帰りたい……!!
***
「ラーメン行く?ラーメン!」
「いやまだ飲み足んねぇーよ!」
店を移すことになって皆で街中を歩く。俺は前のほうで先輩とじゃれついている倉持の後姿を眺めながら歩いていた。
「お前コノヤロ〜」
「ヒャハハ!勘弁してくださいよ」
元気だなぁあいつは…。
お世話になってる先輩だから今日は仕方なく来たけど…早く帰りたい。次の店に行く前に飲みすぎたことにしてここらで抜けようか…、なんて考えながら歩いていると、ツンと腕を引っ張られた。
「御幸さん♡」
俺に腕を絡めてきたのは林さん。俺を引き留めるように引っ張り、集団から少し引き離された。
「二人で抜けちゃいませんか?」
腕に胸を押し当てるように抱き着く林さんに、ぞわぞわとした嫌悪感が込み上げた。
「いや、無理」
反射的に、本能から、つい即答して腕を振り払った。林さんは驚いたように固まって、表情から笑みを消した。
「…先輩!次どこ行きます?」
「おー御幸」
俺は逃げるように走って集団の中に戻り、倉持とじゃれついている先輩に駆け寄った。後ろからさっきにも似た寒気を感じたが…気づかないふりをした。
***
【激写】ダイエーの二枚目捕手・御幸一也、“あざと女子”美女タレントと夜の密会
002:御幸まじかよ
003:林かすみとかあきらかな地雷に引っかかっちゃったね〜
004:御幸なら選び放題なのになぜこいつに行ったのか
005:これ御幸、腕振り払ってね?
006:御幸の女ファン共が発狂してて笑う
007:遊びだろ。野球選手ならあるある
「気にすんなよ御幸〜、不倫とかじゃねーんだから」
「そうそう、独身なんだから何も悪いことじゃねーって!」
「いや…誤解なの知ってるでしょ先輩ら…」
先日の飲み会の時の、林かすみに一瞬腕を組まれた瞬間をマスコミに撮られていたらしい。週刊誌の記事がネットに流れてちょっとした騒ぎになっており、先輩たちが面白がって俺をからかいに来た。
「え?誤解なの?」
「二人で話してたしいい雰囲気なのかと思ってたわ」
「いやいやいや…ないですから!」
こんなのもし光に知られたら…最悪すぎる!いや…まさか信じないだろうけど!多分…。
きっと…。…不安だ。