「よ。もう帰ったの?」
「…今マンション着いたとこ」
電話の向こうで、ガチャッ、バタン、とドアの開閉音が響く。
「そっか、お疲れ。」
「…なんで毎日のように電話してくるの?」
「なんでって…話したいから?」
「…なにそれ。」
ぼそりと不満げに呟く光の声。不貞腐れて口を尖らせた顔が思い浮かぶ。
「新しい彼女と仲良くしたら?」
「……は!?」
そんなのんきな俺の耳に、ぐさりと凶器のような言葉が突き刺さった。
「あ…あの記事のこと!?あーもうそれ…、そうだよそれも言いたかったんだけど!まじで誤解だから!」
「ふーん」
「あの時先輩とかも一緒にいたし!腕掴まれた瞬間撮られただけ!」
「どうでもいい…」
「マジで誤解しないで!マジで!本当に…本当にやめて!」
「もーわかったから…うるさいな」
本当にわかってくれたのか?めちゃくちゃ不機嫌なんだけど。
「まあ……それよりさ、来週の金曜日暇?」
「…なんで?」
「光、誕生日じゃん。」
「…だから?」
「だから?って…。」
え?俺たちってもう…セックスもしたわけだし。ほとんどより戻す流れじゃねーの?っていうか、俺はもう戻したようなもんだと思ってるんだけど…。…違うの?
「なんでそんなつれないこと言うんだよー。」
「何?うざいんだけど。」
「な…なんだよ今日は特に機嫌悪いな…」
「……。」
「なあ、金曜どう?メシでも行かない?」
「…うーん」
「光の好きなモンブランがめちゃくちゃ美味いって店聞いたんだけどな〜」
「……。」
あ…迷ってる。スイーツに釣られるなんてかわいい奴。
「…しょうがないな…。」
「はっはっは!素直じゃねーな」
「ふん」
「まあいーや。詳しいことは後でLINEするわ」
うん、と短い返事が返ってくるのを待って、じゃあ、と電話を切る。
…誕生日の予定ゲット!倉持に先を越されずに済んだ。つーかあいつ、光の誕生日知らないかもな。
俺はにやける頬をそのままに、モンブランのおいしいレストランに早速予約の電話をかけた。
***
「お疲れ。」
そして金曜日の夜、俺は光のマンションの前まで車で光を迎えに来た。
「…お疲れ」
まだ少し不機嫌を引きずった顔で、光は車に乗り込む。黒い大人っぽいワンピース。髪もまとめて、唇には赤いリップ。なんかやけに今日は色っぽい装い…。
「…なに?」
俺の視線に気づいて光が俺を睨んできた。
「いや…、なんか今日可愛いなーって」
「は?」
「あ、いつも可愛いです」
「…うるさい。」
光は窓のほうに顔をそむけてしまった。照れてる。可愛い。
「じゃ、出発〜」
「……。」
俺は車を走らせた。レストランまではそれほど遠くない。
しばらく国道を走って、20分ほど車を走らせた後、レストランの目の前のコインパーキングに車を停めた。
「そこの店。先入って。御幸で予約してあるから」
「…うん」
お互いに有名人同士。店の入り口が人目に付きそうな場合はこうして別々に入店したりする。
光が先に車を降りて、帽子を目深にかぶってサングラスとマスクをして店に入っていった。少し時間をおいて、俺も帽子とマスクをして車を降りる。
店に入って予約の名前を告げると、奥の個室に案内された。
「おまたせ。」
個室に入ると光がすでに席にいて、帽子やマスクやサングラスを外していた。
「うん」
つれない返事を聞いて俺はついにやけながら席に着く。光はそんな俺を不審そうににらむ。
こんなつれない態度でさえ、高校の時から変わってなくてカワイイ…と思ってることなんて、きっと思いもよらないんだろう。
「料理は予約してないからさ、食べたいもん選びなよ」
「うん」
メニューを開いて差し出すと、光が手を伸ばして受け取った。その右手の薬指に、キラリと光るものを見つけて…
「…えっ、ちょっと、それ」
その手を掴んで、引き寄せた。薬指に光る指輪…。間違いなく、昔俺がプレゼントしたもの。
「…なに?」
光は振り払うようにして手を引き抜いた。
そして、ついついニヤける俺の顔を、鬱陶しそうにしながらも赤くなる顔で睨んだ。
「…べつに、深い意味とかないから。」
「へぇ〜?」
照れているのかいたたまれないようにメニューに目を落とす光。
まだ持っててくれたんだ…。しかも俺と会う時につけてきてくれたってことは…光も俺との関係を前向きに考えてくれてるってことだよな?
「…私ラム肉のソテー」
「好きだな〜。」
店員を呼び、料理を注文した。
光はラム肉のソテーにバゲットのセット、ぶどうジュースと食後にモンブランとアールグレイティー。
俺はフィレステーキとライスのセット、辛口のジンジャーエールに食後はシャーベットとコーヒー。
店員が引き上げると、光は不思議そうに俺を見た。
「お酒飲まないの?」
「飲まねえよ。光もまだ飲めないしー」
「…別に、飲めばいいのに」
「一人で飲んでもつまんねえもん」
別にそこまで、酒好きじゃねえし。
「ま、とりあえず…」
俺は仕切りなおすように言って、バッグから小さな箱を取り出した。
「はい。誕生日おめでとう」
「え…。」
光が驚いてぽかんと固まる。再度、ほら、と箱を差し出すと、光は躊躇いながら受け取った。
「そんな…いいのに」
喜んでくれるかと思ったのに、光の困ったような悲しげな表情を見て、俺は戸惑った。
「なんでそんなカオすんだよ。ほら…開けてみ?」
「……。」
だけど無理して笑って光に促すと、光はゆっくりと包装を解いていく。まるで遠慮するような手つきで。
そして箱を開いて、そこに収まったネックレスを見て…それでもまだ困惑した表情で俺を見上げた。
「え、こんな高価なもの…」
確かにそれは、先輩たちから聞いた、女の子に人気の高級ブランドのジュエリー。光の性格上、別に高級ブランド好きというわけではないことは知ってたが、いいものをあげたかったし、俺も今はそこそこ稼いでいるし、光も立派な女優。ちゃんと光に似合うと思ったし、光に見合ったものだと思ったのだけど…。
「いやいや、これでも俺ケッコー活躍してるんだぜ?」
「…それは知ってるけど…」
光の表情が晴れず、俺は少し焦った。
「だって、そんな、私…」
戸惑いながら言いかけて一瞬口をつぐんだ光の、言おうとしたことがわかってしまって、俺は言葉を失った。
…恋人でもないのにって。光の表情はそう物語っていた。
「も、もらえないよ」
「なんだよ、そんな風に言うなって」
「だって…」
「このくらい、大したもんじゃないから」
そう言って、ちょっとだけしまったと思った。本当は大本命ど真ん中の、気合を入れまくったプレゼントだった。なのに俺自身がそれを否定してしまった。これじゃもう、伝えられない。
今日…言おうと思ってた。ヨリを戻そうって。
「…ほら!いいから貰ってくれよ。」
「……。」
戸惑った顔で、箱に視線を落とす光。
ちょっとは…喜んでくれると思ったんだけどな…。
「…ありがとう」
申し訳なさそうに憂う顔で光は言って、箱をバッグにしまった。
昔…このネックレスとは比較にならないほど安いあの指輪をプレゼントしたときは、あんなに喜んでくれたのに。そりゃ、光は高価なものにこだわる子じゃないって知ってるとはいえ…、まさか悲しむなんて。
どうしたら光が笑ってくれるのか…、なぜだろう、今全く分からなくなった。
好きな食べ物も、好きな場所も、好きなことも…何でも知っていると思っていたのに。
なんでこんなに、遠くなってしまったんだろう。