「ハァ…」
デザートが来る前にトイレへ来て、鏡の前でため息をついた。自信のなさげな自分の顔を見て、その見慣れない気持ち悪さに眉根を寄せる。
この間まで、光とうまくいってたと思ったのに…。また、セックスだってしたんだし。けど、思えばあの後から、なんかだんだん素っ気なくなってきて…。
今日も最初からなんか機嫌悪いし。なんでだ…?俺なんかしたっけ?
今日…切り出そうと思ってたんだけどな…。
ヨリを戻そうって。
また一つ息を吐いて、切り替えるように鏡の中の自分をにらみつけ、俺はトイレを出た。光が待っている個室迄への道は、左右にズラリと個室のドアがあり、いくつかのドアからは談笑する笑い声が漏れている。
ここは完全個室で料理もおいしく、人目を気にする有名人からも結構人気の店…らしい。
「アハハ!も〜酔っぱらいすぎですよぉ!」
突然、前方の個室の引き戸ががらりと勢いよく開き、見覚えのある顔が飛び出してきた。
「え〜っ!!御幸くん!?」
げっ…林かすみ。
俺の顔を見るなり、満面の笑みを浮かべて叫んだ彼女に、俺はつい顔が引きつった。
「え〜!なんでいるの〜!?あっ、鈴木さんが呼んだんですかぁ!?」
林が部屋の中を振り向いていうと、俺のチームメイトである鈴木さんも驚いた顔で俺を見つけ、いやいや、と首を振った。
「あれー?お前今日用事あるって言ってなかった?」
「あーいや…ちょっと知り合いと飲み来てて…ハハハ」
頭を掻きながらごまかし、内心冷や汗だらだら。最悪だ…光と二人でここにきてること知られたら、騒ぎになる…!
「え〜誰と来てるんですか〜?女の人?」
「いやいや…あ、じゃあ俺はコレで…」
縋りつくように絡んでくる林をかわし、廊下の角を曲がって、だれも追いかけてきていないことを確認してから個室のドアを開けた。
「おかえり」
テーブルにはすでにデザートと食後のコーヒーが届いていて、光は手を付けずに待ってくれていたらしい。
「あぁごめん…」
落ち着かない俺の様子をじっと見つめる光の視線を感じながら、俺は席についてコーヒーを一口飲み、耐え切れずに言った。
「…さっきそこで知り合いに会っちゃった」
「うん、聞こえた」
そしてさらりと返された言葉に、俺はぎくりとした。
「見つからないほうがいいよね。もう出る?」
デザートもったいないけど、と光は言いながら、淡々とした態度でバッグに手をかけようとする。
「え…いや!食ってからでいいよ」
「…そう?」
わかった、とつぶやき、光は静かにモンブランを食べ始めた。
…おいしい、とほほ笑む光…を想像したけど、光は静かに二口目を口に運んだ。
「……。」
「……。」
「…美味い?それ。」
「え?うん。」
反応うすっ…!なんでだ!?何しても喜んでくれない…。
今日…光の笑顔見てないな…。
ティーポットのそばに置かれた砂時計の砂が落ち切り、光はティーポットの紅茶をグラスに注いだ。
「…急がなくていいからな?」
「うん」
なんだか光が急いでデザートを食べてしまおうとしているように見えてそう言ったが、光はペースを落とすことはなかった。すると俺のスマホが鳴った。…さっきの鈴木さんだ。
あからさまに嫌な顔をした俺を光が見つめてくる。
「出ないの?」
「いや…いいよ」
どうせ顔出せとかいうんだろう。プライベートの邪魔すんなっての…。
「ごめんな落ち着かなくて…せっかくの誕生日なのに」
「……。」
俺の言葉に光は不思議そうに眼を瞬いて、ふっとモンブランに視線を落とした。
「なんで謝るの?別に誕生日とか…気にしてないし」
…そうか。光にとってこれは、デートでも何でもない…のか。
光はモンブランを食べ終え、俺のシャーベットの皿も空になっているのを見て、口元を拭いて紅茶を飲んだ。
「ちょっと早いけど、出ようか?」
「あぁ…」
「別に出たほうがいいよね?」
念のため、とそう言う光に、心の底から申し訳なくなってまたごめんと呟いた。
「じゃあ、一也先輩先に出て。少ししたら私も行くから」
「…わかった」
俺は静かに個室を出て、左右を確認して人気がないことを確かめ、廊下に出た。支払いはさっき済ませておいたから、このまま帰っても構わないだろう。
そっと店の出口に向かって歩き出し、角を曲がって…ぎくりとした。
「あ〜!御幸くん、来た来た!」
…林かすみ。出待ちかよ…!
「もう帰るんですかぁ〜?一緒に来た人は?これからこっちの部屋で一緒に飲みません?」
「いや俺は…」
「あれぇ!?」
俺の声を遮って、林かすみが目をまん丸くして突如叫んだ。その視線は俺の背後を向いていて、まさか、と冷や汗が背中を伝う。振り向くとそこには、やっぱり、後から来た光が立っていた。
「え!?花城光…ちゃん!?えー!!やばいすっごいキレー!えっ、一緒に来てたのって…」
林の目が爛々と輝き、俺と光を交互に見た。まずい、何とかごまかさねーと…!!でも、どうやって…
「…あれ、もしかして御幸先輩ですか?」
動揺する俺に、落ち着いた笑顔でそう言ったのは光だった。
「え…」
「私、同じ高校だった花城光です。覚えてます?」
「え、あー…」
「すごい偶然。びっくりしました。あ、林かすみさんですよね?バラエティーいつも見てます。」
「え〜ありがとうございます〜!」
握手を交わす女二人。林はあざといほどに大げさに喜んではしゃいでいる。
「あ…じゃあ私、表で友達が待ってるので失礼しますね。」
光はそう言うと、極めてスマートに微笑んで、店を出て行った。
…これが女優か。
「ほんとに連れじゃなかったんですかぁ?」
「…そうですけど」
「へぇ〜」
ちょっと怪しむような、けど確信もなくて窺うような林の視線を受けながら、用事があるからと飲みの誘いを断って、俺は店を出ると急いで駐車場へ向かった。
けれど、車のそばに戻ってもそこに光の姿はなくて。
慌てて電話をかけると、数回のコールの後にやっと光が出た。
「はい」
「今どこ?俺車んとこにいるけど…」
あたりを見渡しながら尋ねると、光は一瞬の沈黙の後で言った。
「…さっきタクシー拾った」
「え…!?」
さっと血の気が引いた。光の声が酷く呆れて俺を突き放しているように聞こえた。
「ごめん。今連絡しようとしてたんだけど。一緒に帰るところ、見られるのもよくないんじゃないかと思って」
それは…確かにその通りだけど。なんかすげえ、自分が情けない。
「…ごめん」
そうつぶやくと、しばらく沈黙が流れた。
「…仕方ないよ。別に、大丈夫だから気にしないで。じゃあ…切るね」
「……。」
俺はその言葉にしばらく答えられなかった。俺の返答を待つように、光はしばらく電話をつないでいた。
その妙な合間に、俺は昔、光の家の前でなかなか離れられなかったデート終わりを思い出した。だけど全く違う。あの時の甘酸っぱい気まずさと、今のこの決まりの悪さは…。
プツッ、と電話が切れた。通話終了の画面を見つめて、俺はしばらくそこに立ち尽くした。