「花城光です。よろしくお願いします」

おとなしそうな子だと思った。控えめで内気で、あまり前に出るのは好きじゃない子なのかなと。
だけど容姿は目を奪われるほど綺麗で、同じ人間とは思えないほど特別な雰囲気があって…
一目で分かった。この子は芸能界に入るべくして入った、選ばれし者なのだと。

「神田龍です。よろしくお願いします」

俺は努力して芸能界に入った。小さい頃から何度も何度もオーディションを受け、何度も挫折を味わって、少しづつ端役からのし上がった。
だから知ってる。芸能界には時々、彼女のような子が来るから。

下界では生きられずに、このおかしな世界に連れてこられた子なんだと。

連続ドラマの撮影前の挨拶。主役として選ばれた俺と花城さんの紹介が終わって、他の演者やスタッフの紹介まで回った後…花城さんに一人の男が近づいてきた。

「花城さん、昼食、日下さんのお弁当が届いてますよ。」
「えっ!ありがとうございます。」

マネージャーらしい。ずいぶん仲がよさそう…というか、話している二人を見ると良いマネージャーなのだろうとわかる。花城さんも随分と心を許している様子だし。付き合いが長いのかな?でも、芸能界入りたてなはず…。

「奥さんが届けに来られましたよ。花城さんの心配ばっかりしてました。」
「えへへ…今度顔出しに行きます」
「それがいいですね、来週あたり夕食でも食べに行きましょうよ、予定空けときますね。」
「ありがとうございます。」

いや…このマネージャーだからかな。ホント…いい関係って感じ。
芸能界ではマネージャー運にも相当左右されるから…彼女、運もいいな。

「じゃ、移動は20分後ですので、準備お願いします。」
「はい。」

マネージャーから離れた花城さんに、俺は駆け寄った。

「花城さん!」

振り向いた花城さんは、ふわりと愛想のいい笑顔を浮かべた。

「神田です。共演よろしくお願いします。」
「ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。」

キレーだなあ…。俺は芸能界長いから、綺麗な人は散々見てきたけど…この子はなんか、別格だ。今までどうやって生きてきたんだろうってくらい。

「同級生ですよね?」
「あ…そうですね。でも神田さんのほうがお仕事は先輩ですし」
「いやいやいや、そんな気を遣わず仲良くしてください!」

大げさにお辞儀をすると、花城さんは柔らかい笑顔を浮かべた。

「出身はどこなんです?俺は神奈川なんですけど…」
「東京です。」
「へーじゃあ地元かあ。ご実家も近いんですか?」
「あ…、…はい。割と」
「へえ〜」

一瞬花城さんの表情が固まったのが分かったけど、俺は軽く流してしまった。

「花城さんみたいなきれいな娘さんが芸能界に入って、ご両親心配されてるんじゃないですかぁ?」

…そういった瞬間、今度は花城さんがあきらかに表情を曇らせて固まった。

「いや…、そんなことないですよ。」
「え〜?いやいや心配に決まってますって!」

花城さんは困ったように笑って、少し落ち込んだように口をつぐむ。何か悪いことを言ってしまっただろうか…
俺が焦り始めたとき、近くにいた花城さんのマネージャーが近づいてきた。

「すみません、お話し中に。花城さん、時間なので移動お願いできますか?」
「あ、はい。すみません、神田さん。明日からよろしくお願いします。お先に失礼します。」
「うん!こちらこそよろしく」

また明日、と軽く手を挙げた俺に花城さんは深々と会釈をして、周りの関係者にも挨拶をしながら部屋を出て行った。それを見送って、マネージャーが俺を振り向く。

「あの、神田さん。すみません、差し出がましいんですが」
「はい…?」
「花城さんのことで。今後のこともありますし、お耳に入れていただきたいことがありまして」

改まって、なんだろう…?はい、と目を瞬いて耳を向けた俺に、マネージャーは言いにくそうに切り出した。

「花城さん…実は1年ほど前にご両親を亡くされたばかりで。なのでご両親のことはあまり触れないでいただいたほうが…ご配慮願い申し訳ありませんが。」
「…え!?そうだったんですか!?」

俺はそれを聞いて青ざめた。はい、と頷いたマネージャーの気まずそうな目に、申し訳なさがこみ上げた。

「それは…本当に申し訳ありません。あの、明日とか…謝罪とかってしてもいいですか…?」
「いえ、こちらも公表はしてないことなので…すみません。謝罪までいただかなくて大丈夫ですよ、伝え損ねてしまってすみませんでした。」

では失礼します、とマネージャーは踵を返し、おそらく花城さんを追って帰っていった。
あの子……結構苦労してるんだな……。


***


「花城さん!」

翌日、現場に花城さんが現れたのを見て、俺はすぐに駆け寄った。

「あ…神田さん、お疲れ様です。今日はよろしくお願いします。」
「お…お疲れ。よろしく。」

挨拶を返して、俺を少し心配そうに見つめるマネージャーに視線をやり、小さく会釈をすると、マネージャーは気を使ったように少し離れてくれた。

「あのさ花城さん…」

控室に向かおうとした花城さんを呼び止め、不思議そうに俺を振り向いた花城さんを見つめた。

「あの…昨日ご両親のこと聞いて…。ホントに、無神経なことを言ってすみませんでした」
「え…?」

深く頭を下げた俺に、花城さんは困惑したように目を丸くした。

「い、いえ、あの…気にしないでください。全然大丈夫ですから」
「いや、俺が軽率でした!プライベートなことだし、ズケズケ聞いてごめん」
「そんな…気にしてないです、本当に」

そう言ってくれる優しい花城さんに、俺はもう一度深く謝罪をして、顔を上げた。
花城さんは優しく微笑んでくれて、本番前に一緒に台本読みをすることになった。

「…花城さんて今、一人暮らしなの?」

少し打ち解けてきて、俺が尋ねると、花城さんはうんとうなずいて微笑む。

「事務所が借り上げてるマンションだから、マネージャーさんとかも同じフロアに住んでてお世話になってるけど」
「へー、そうなんだ」
「本当にお世話になってて…家族みたいなの」

そう微笑んだ花城さんの笑顔は、この世のものとは思えないほどきれいで、魅力的で。
俺は一瞬高鳴った鼓動に、気づかないふりをして笑みを作った。

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