「最近先輩たちが、光と…どうなんだって、うるさくてよ」
「…そうなんだ」

笑ってごまかしながら反応を試すような俺の質問に、光はふわりとほほ笑む。
…感情が読めねぇ…!光…相変わらず食事には付き合ってくれるけど…俺のことどー思ってんの!?御幸とはどーなったの…!?
…って、はっきり聞くのもなんかだせぇ気がするし…。
でも…もうそろそろ、じれったい。

「…あのさ、俺もうオフシーズンで…暇あるからさ」
「うん…?」
「どっか…二人で…遠出でもしねぇ?」

つーか、旅行…。二人っきりで、外泊…。はっきり返事はもらってないけど…少なからず脈があるみたいだし…。旅行にでも行けば、絶対仲は深まるはず…!それにもう大人なんだから、これくらい…。

「え…?」

光は目を丸くして顔を赤くした。

「それって…と、泊まりで…ってこと?」
「あっ…、も、もちろん、部屋は別にするし」
「……。」

いい雰囲気になったら、どっちかの部屋で一緒に…なんて展開もあるかもしれないし…!

「いや、ただ、もっと光と一緒に…過ごしたいっていうか…」
「……う、ん」

光は戸惑った様子で口ごもり、目を伏せた。

「りょ、こうは…まだ、早いかも…」

そして…静かにそうつぶやいた。

「そ…そっか、そーだな!ゴメン、気にしないで。ヒャハハ…」
「…ごめん」

…断られた…!!やっぱ…まだ御幸に未練が…?でもなかなか付き合う雰囲気もないよな…御幸のやつ、最近あんま出かけなくなったし…。

「いやいや!こっちこそゴメン…、…あ、デ、デザートでも頼むか!?」
「ううん、大丈夫…」
「そ、そか…」

俺は手に取りかけたメニューを元に戻した。

「…そろそろ出る?」
「そ…そうだな!」

そして帰りを切り出されてしまった…。
会計を済ませてレストランを出て、夜道を並んで歩く。街灯に照らされた広い歩道。もう何度も光を送って…見慣れた道。

「…今日寒いね」

光がマフラーに顔をうずめて白いと息を吐いた。確かに今夜はよく冷える。

「だな…あ、大丈夫?」
「うん。もう家だし。洋一君も風邪…気を付けてね」
「あ、おう、ヒャハハ…」

彼女みたいな心配をされてくすぐったい。まあ光にそんな気はないのかもしれねーけど…。

「あ…雨?」

もうすぐマンションが見えてくるころ。光の声で気づいて俺も顔を上げると、頬に冷たいしずくがぽつぽつと当たった。

「うわ、まじだ」

雨は見る見るうちに強くなる。俺は思い切ってライダースジャケットを脱ぎ、光の頭にかぶせた。

「えっ?洋一く…、」
「ほら走るぞ!」

カッコつけた気恥ずかしさのままに、光の手を取って走った。マンションのエントランスに駆け込むと俺はすっかりずぶぬれで、寒さに身が凍えた。

「…大丈夫?」

光がジャケットを取って俺を心配そうに見つめた。

「平気平気、上着被ってくし」

俺はそのジャケットを受け取り、踵を返した。が、エントランスの外の雨足はかなり強まっており、外に出るのをためらって一瞬踏みとどまる。

「…急な雨だし、すぐ止むだろ。ちょっと雨が弱まるまでここにいるわ」
「え…」
「光は部屋入れよ、寒いだろ」

光は迷うように佇む。まさか部屋に…誘ってくれるとまでは思わないけど。…いや、ちょっと期待はしてる…。

「…風邪引いちゃうよ」
「へ…平気だって」
「……。」

光の目が迷うように揺れて…決心したように俺を見上げた。

「…中、入って」
「え…」
「せめて拭かないと…。でしょ?」

光が静かに言った言葉に心が揺らいだ。嬉しい。けど、これは不可抗力で…光が本当に俺を…部屋に入れたいわけじゃない。

「…いや、」

俺はジャケットを広げて雨水を払った。

「前、この辺で撮られたし…今も張られてるかもしれねえだろ。…つ…付き合ってもない男を部屋に入れちゃダメだろ…誤解されるし…光は女優なんだから」

…あ〜!何カッコつけてんだ俺…!!チャンスなのに…!!
内心後悔しつつ別れを言おうと光を振り返ると、光は真っ直ぐ俺を見上げていて…ドキッとした。

「…そんなの……わかってる」
「…え?」
「…それでもいいって言ってるの」

…え…!?
ど…どういう……展開…。

「…えっ、待って、それって」
「ほら…早く。風邪引くでしょ」
「あ…ちょ、待って!」

嘘だ。嘘だろ。マジで?
俺…光と…?

夢みたいに現実味がないまま、そっけなく前を向いて歩く光の跡についてマンションの中に入った。エレベーターに乗り、3階で降りて、光は鍵を開けて部屋のドアを開ける。

「ちょっと待ってて」

俺の方を見ずに、光は俺を玄関に留めて奥に入って行った。光の部屋…引っ越しの手伝いに来た以来だ。相変わらず、あまり物がない…。

「…はい。」
「あ、ありがとう…」

光はすぐに戻ってきて、バスタオルを差し出してくれた。

「そこ…浴室だから、シャワー使って」
「え…、」
「何か着れるものないか探してくる」
「あ…へ、平気だよ!中はそんな濡れてねぇし…」

なんか、光がテキパキ走り回ってくれるけど、目を逸らされる…。…さっきの発言の真意が知りたいのに…!
とりあえずずぶ濡れのシャツを脱いで上半身はインナー一枚になり、水が滴ることはないのを確認して靴を脱いで上がった。そこで奥の部屋から戻ってきた光と廊下で鉢合わせ、やっと目が合う。

驚いて丸くなった光のつぶらな瞳は、赤い顔ですぐに逸らされた。

「…これ、撮影で貰ったスウェット…男女兼用だから着れると思う…」
「あ、わ、悪い…ありがとう」

光は番組名が書かれた、まだ袋に入ったままの真新しいスウェットを差し出してくれた。

「じゃ…お、お茶でも入れる」
「え、」
「早くシャワー浴びてあったまってきて」
「は、はい…」

光…珍しく挙動不審…。
…緊張、してる?俺に?光が?
あの…高嶺の花だった光が?

悶々としながら脱衣室に入った。
ふわりと香る甘いにおいが強まる。洗面台にはよくわからない化粧品がいろいろ並んでいて、ここが女の子の…光の部屋だって強く再確認する。
落ち着かない気持ちで服を脱いで浴室に入ると、さらに甘い香りが強まった。シャンプーやトリートメント、ボディソープ…このにおいだ。
確かに光のにおいと似てる…けど、光のにおいはもっと…いいにおいなんだよなぁ…。
ここで光はいつも…風呂に入って…。

どんなふうに体を洗ってるんだろう…。光の体は…どんな…。
…っていやいや!落ち着け俺の息子…!!シャワー浴びただけで何反応してんだ…!?
…つーか今日これからそういう流れになんのかな!?やべえ、どうしたらいいかさっぱりわかんねえ…。それにゴム持ってないし!!
ど…どうしよ。
って、いや…流石に急に部屋に来て手ェ出したらダメだよな…そもそもまだちゃんと…付き合うって、返事もらってない…。

…よし。

シャワーで体を温めて風呂場を出た。着ていた下着をまた着て、幸いあまり濡れていなかったズボンをまた履き、上は光に借りたスウェットを着た。タグにはユニセックスFと書かれていて、確かに光が着るにはデカめ。着てみると…ジャストサイズ。

…こーいうオーバーサイズのスウェットを光が着たら…めっっっちゃくちゃ可愛いだろうなあ…。頼んだら着てくれるかな…。…いやそういうのはせめて付き合ってからだよな…。
って何考えてんだ俺…。

悶々とする胸にムラムラとした思いが込み上げてくるのを紛らわせるようにタオルで頭を拭き、脱衣室を出た。
奥の部屋に進むと光がローテーブルの前に座り、温かい紅茶を淹れてくれているところだった。

「あ…ちょうどお茶入ったから」
「…ありがとう」

俺もローテーブルに近づき、光の横に座る形で座った。温かいお茶を飲んで、少しホッとする。やっと体がしっかり温まった。

…で。

「…あのさ。」
「ん…?」

俺はずっと気になっていたことを切り出した。

「さっき言ったこと…本気?」

それでもいい…って。
俺と付き合ってると思われてもいい…ってこと。

「さっき…って?」

光は赤い顔で目を逸らす。その照れた顔が可愛くて俺は顔がにやけた。

「ごまかすなよ。」
「……。」
「…俺と付き合ってくれるの?」

ドクン、ドクン、と心臓が騒ぎ始めた。

「……。」

光が俺を見つめて、静かにはにかんだから。

「えっ、なに、その顔。はっきり言ってくれよ」
「ん〜…」

光は頬に手を当てて恥ずかしそうに目を逸らし、呟いた。

「…まだ付き合うのは早い」
「えっ」

俺の時が止まる。
喜びの絶頂から突き落とされた気分で…

「なんだよそれぇ〜」

俺はたまらず頭を抱えて後ろに倒れ込んだ。光が笑いながらそんな俺を見つめる。
あー、可愛いなちくしょう…

俺は身を起こし、そんな光を見つめた。

「…けど俺のことは好き?」
「……。」

まだ早い、ってのはそういうことだ。
理由はなんなのか…まだそこまでの気持ちではないか、それとも別の…御幸の存在が邪魔をしているか…まではわからないけど。

「…ふふ」

そうやってはにかむ光の反応だけで、もう俺の胸はいっぱいに満たされる。

「…好きなんだ?そうだろ?な?」
「ん〜…」
「…光、」

光の目を見つめながら、ゆっくりと顔を近づける。光はその瞳に俺を映しながら、ほんのすこし唇を開き、受け入れるようにじっとしている。
その唇に、自分の唇を重ねた。柔らかい…そして甘い。

俺、今、光とちゃんと…キスしてる…。

「…ん…」

小さな声が漏れるのを聞いて、胸が熱くなる。腹の底から熱い物が込み上げてくる。
ハッと吐息が溢れ、堪らなく唇を重ね合う。
ずっとこうしていたい…。そんで、もっと…もっとしたい…。

ちゅ、はあ、んん…、
と、響く音にも熱がこもって大きくなっていく。
光の手が俺の肩口に添えられ、俺はだんだんと自分が身を乗り出していることにやっと気がつく。
そしてそのままさらに身を乗り出して、光に覆い被さるように…頭をぶつけないように支えながら押し倒すと、光も身を委ねるように俺の首に腕を回して抱きついてきた。

信じられない、夢みたいな状況…。
もしかして俺、このまま…。

やっと唇を離して光を見下ろすと、影のかかった光の瞳は熱を孕み、俺をじっと見つめていた。

このまま…。

ごくり、と喉を鳴らしたときだった。
光の赤い唇が小さく開いた。

「…エッチはダメ…」

そっと俺の胸を押し返し、光がつぶやいた。
触れられたところがドクンと熱くなる。俺は息の上がった唇を舐めて、思い出したように深呼吸をした。

「し、しない。…ゴメン」

そう言って俺が退くと、光はゆっくりと起き上がり、乱れた髪を手櫛で梳いた。
その動作がやけに色っぽく見えてまたドキドキする。

…て、結局これってどーいう関係?

頭を掻くと、その腕の裾を…そっと光が引いた。
振り向いた俺を、求めるような目で見つめる。

その目を見て俺は堪らず…また唇を重ねた。
光の腰を抱き寄せると、驚くほど細くて…俺の背中に回された光の手は、堪らなく愛おしくて…。
抱きしめて、体を密着させて…唇を擦り合わせて…。

ムラムラと込み上げる欲情を必死に抑えて、頭がおかしくなりそうなほどの理性と本能のぶつかり合いの中で。

まあいいか…、どうでも…。

気が遠くなるように遠ざかる頭の中の声が、そう呟いた。

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