スマホの画面に映る、花城光という名前。

連絡するなって言われたけど…
最近テレビで見るたびに痩せ細っていくあんな姿を見たら…さすがに放って置けない。

うざがられても…迷惑でも…

…嫌われても。

一思いに発信ボタンを押した。
しばらく呼び出し音が響いて、留守電サービスに接続され、無機質な機械音声が流れる。

仕事中か…?
それとも無視?

時間をおいて、またかけてみた。
それを繰り返し、一日経って、5回目の電話。

…プツッ、と呼び出し音が途切れた。

「…もしもし?」

少し迷惑そうな声。だけど久しぶりに聞いた光の、俺に対する言葉に、不意に泣きそうになった。

「久しぶり」
「…何?」

短く言うと、光は静かに呟いた。
冷たくされるのは慣れてる。

「何じゃねーよ。最近どうしたんだよお前」
「…え?」
「何かあっただろ」

電話の向こうで静かな躊躇いを感じる。

「…何もないよ」
「嘘つけ。わかるんだよお前のことは」
「……。」
「お前…忙しいのはわかるけどちゃんと飯食えてる?」
「…何?関係ないじゃん」
「バカ。ほっとけるかよ」

静かに鼻を啜る音が聞こえた。

「…なんでいつもそうやって…」

そして聞こえてきた光の声は震えていた。…泣いてる?

「今、家?」
「……。」
「20分くらいで行くから待ってて。」
「え?なん…」

勢いのまま電話を切った。我ながら大胆なことしてる。けど…一度は追いかけずに後悔したから。
振り払われても、突き放されても…今度は絶対、自分の心に従いたい。


***


スーパーで食材を買い込み、光のマンションへ向かった。来客用スペースに車を停め、駐車場内からインターフォンを押す。

「…はい」
「よっ。開けて」
「……。」

少し迷うような間を置いて、ロビーのドアが開いた。エレベーターに乗って、光の部屋の前まで来ると、もう一度部屋のインターフォンを押す。

今度は応答はなく、少ししてドアが開いた。

久しぶりに会う光は…本当に痩せてて、顔色も悪くて。涙ぐんだ目が悲しげに揺れている。

「お邪魔します。」
「え、ちょっと…」

半ば強引に上がり込み、俺は真っ直ぐキッチンに向かった。最低限の調味料が並ぶキッチンに、小さな冷蔵庫を開けると中はほとんど空っぽ。スーパー寄ってきてよかった。

「ほとんど何もねーじゃん。普段ちゃんと食べてる?」
「…何しにきたの」

冷蔵庫に食材を仕舞い込む俺を訝しげに見つめる光。

「まあいいから、ちょっと座って待ってろよ」

俺が言うと、光はしばらく佇んでいたけど、やがて諦めたように奥の部屋に引っ込んだ。

さて…と。

ここ、炊飯器もねーじゃんか。
パスタの乾麺買ってきてよかった。念の為使いまわせるように、汎用性高い材料を揃えたし…

鍋もないからフライパンで麺を茹でよう。
本当に普段、食事どうしてるんだ…?

俺は手早くナポリタンを作り、これまた最低限しかない食器の中で一番大きくてマシな平皿にナポリタンを盛り付けて、フォークを探して添えて運んだ。

「おまたせ。」

テーブルの前で膝を抱えて座る光はとても小さく見えた。俺はその前にナポリタンを置いた。

「あったかいうちに食えよ。そしたら話聞かせて。」
「……。」

光は静かにナポリタンに視線を落とす。同時に下瞼に涙が溜まって、今にもこぼれ落ちそうになった。
俺は袖を伸ばして握り、手を伸ばして光の目元の涙を拭った。スウェットに光の涙が染みを作る。その濡れた感触に胸が締め付けられた。

「ほら。」

フォークを持たせてやると、光は躊躇いつつ、小さくパスタを巻き取って啄むように一口食べた。
ぽたっ、と涙が一粒落ちた。

そのまま、ナポリタンを食べる光の頬に涙が落ちるたび、俺は拭ってやった。
光はだんだんと落ち着いて、ナポリタンを食べ終える頃には頬に血色が戻った。

「…ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした。」

光は静かに沈黙する。

「で…何があったの」

俺が尋ねると、光は涙を飲み込むようにごくりと喉を鳴らし、光の目にまた涙が溜まり始めた。

「なあ…話してよ」

部屋には静寂が降りた。殺風景な部屋。今やっと気づいた。それが光の心の中を表してるってこと…。

「……。」

光は小さく首を横に振った。

「言いたくないなら…それでもいいけどさ」

でも、俺も引くつもりはない。

「でも俺…また来るから。」
「…え?」
「ダメって言っても来るから。…お前が、倉持を選んだんだとしても」
「……。」
「幸せそうなんだったら…大人しく身を引こうと思ったよ。けど…お前見るたびに痩せてくし…」
「……。」
「…昔お前のこと、無理矢理にでも追いかけなかったこと…俺めちゃくちゃ後悔してんだよ」

光は目を瞬いて、そのまま静かに伏せた。
俺は光をそのままにし、食器をキッチンに下げて洗い始める。
1人分の食器はすぐに片付いて、俺は部屋に戻って荷物を手に取った。

「じゃ…帰るわ。」
「…え?」

もう?と、光の目が戸惑っている。

「冷蔵庫にちょっとしたモン入れといたから明日にでも食べて。」
「……。」
「ちゃんと食えよ。」

光の様子はまだ、元気がなかったけど。
伏せられた目に、少し安堵が滲んだのが俺にはわかって、少し嬉しくなる。

「じゃあ…、あ、戸締りちゃんとしろよ。」
「…うん」

俺が部屋のドアを閉めようとすると、光はゆっくりと立ち上がって、俺を見送りに来てくれた。
玄関で靴を履き、光を振り返る。光は壁に寄りかかって、どこかバツの悪い顔で俺を見上げる。

「…ありがとう」

光はぽつりと、まだ受け入れきれない様子で、だけどとりあえずお礼を呟いた。
そんな光を見たら、俺はつい胸がきゅうっと締め付けられて。

無意識に、光の頭に手のひらを乗せてしまった。

「あ、悪い…」

驚いて丸くなる光の目に見つめられ、俺は慌てて手を引っ込める。

「…じゃ…またな」
「……うん…」

またな、という言葉に、光が頷いてくれたのを見て安堵した。
これで良かったはず…。いや、もっと早く…あの時にこうしていれば…良かったんだ。

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