俺が主将か…。
あまり実感が湧かない。なんで俺?哲さんのようにみんなから慕われているわけでもない。リーダーって柄でもない。
俺はエゴイストだ。監督はなんで俺を…
空を流れていく雲をぼーっと眺める。3年たちはどこか肩の荷が降りたような様子で、むしろ2年の方がまだ決勝戦敗退を引きずっている雰囲気だ。
…こういうのは小野やゾノのほうが人情があるし向いている。ほんと、なんで俺なんだか…
物思いに耽っていると、突然背後の鉄扉が開いて飛び上がりそうなほど驚いた。ここは非常階段で、いつもほとんど誰も来ないはず。
振り向くと、哲さんと花城が連れ立って立っていた。
「え…」
俺は晢さんのきょとんとした顔、驚いた花城の顔を交互に見る。
「驚いた。御幸、いたのか」
「あ、はあ、すいません」
…驚いたのはこっちのセリフだ。なんでこんな人目を避けた場所に、二人で?
「じゃあな。」
「はい…」
俺をよそに、哲さんが先導して二人は階段を降りていった。俯く花城の顔は赤い。
…何か、聞かれたくない話?花城が哲さんを呼び出したのか、それとも逆?
哲さんはもう、野球部を引退したし…自由な時間ができたとも言える。野球部員はこのタイミングで彼女を作る奴も多い。まさか…
…気になる。気になりすぎる。だけどまさか、盗み聞きなんてできない。普通に気づかれるだろうし…
哲さんが引退したのを見計らって、花城が告白するために呼び出した…のか?哲さんが花城を意識している様子はなかったから、その線が強い…。
でも…花城が振られるとこなんて想像がつかない。
俺は考えれば考えるほど、虚無感に襲われた。
あの二人が付き合ったら…。…考えたくない。
***
「結城先輩!スイング見て欲しいんすけど…」
「ああ、いいぞ。」
夕方の寮。3年生たちは引退したというのに時間が許す限り現役部員の部員の練習に付き合ってくれている。
今日も哲さんと純さん、そして亮さんが放課後遅くまで残ってくれていた。
「いつもありがとうございます。」
ベンチに座って豆乳を飲む亮さんに声をかけると、亮さんはいつもの笑顔で笑う。
「そーだよ受験生の貴重な時間を割いてきてやってるんだから、結果残さないと許さないからね。」
「は、はあ…」
この人は相変わらずだ…。
「怪我の調子はどうです?」
「大したことないって言ってんだろ、しつけーな」
「…すみません」
本当に相変わらずだ。
「倉持!」
「あ…はい!亮さんなんすか?」
「これゴミ捨ててきて。」
「は!?」
「俺足怪我してんだよ?」
「わ、わかりましたよ…」
……。
亮さんからそっと離れ、哲さんの様子をみる。意欲のある1年の練習に付き合う哲さんは、いつも通り。ほんと、なんの変化もない。今日何も特別なことは起こらなかったって顔をしている。普通の男なら、花城に呼び出しなんかされた日には、ニヤつく顔を抑えきれないはずだろう。
今日のあれは、いったい何だったのか…。
「そういや哲、今日昼休みどこ行ってたの?姿が見えなかったけど」
急に亮さんが言って、俺はどきりとした。あれは昼休みのことだったからだ。
だけどもし俺が思っているようなことだったとして、みんなの前で正直に話すわけねーよな…。
「ああ…ちょっとな。」
案の定、哲さんは答えをはぐらかし、1年の指導に集中する。亮さんは訝しげに首を傾げたが、追求されたくないのだろうと察した様子でそれ以上は何も聞かなかった。
あっという間に日は暮れて、通いの部員たちは帰り支度を始めた。
「じゃあ、またな。」
哲さんも純さんたちに軽い挨拶をして帰ろうとしている。
俺は思い切って、その後を追うように足を動かした。
校門の前まで来て、周りに誰もいないことを確認し、遠ざかる哲さんの背中に呼び掛ける。
「哲さん。」
振り返った哲さんは、落ち着いた様子で口元に微笑を浮かべた。
「御幸か。どうした?」
普段見送りなんてしない俺が追いかけてきたことで、何か相談でもあるのだろうかと窺う、頼もしい先輩の目だった。
「…大したことじゃないんすけど、ちょっと気になって」
俺もなんてことない笑顔を装って、哲さんの前まで歩み寄る。
だけどいざ言葉を口にしようとすると、胸がつっかえたように苦しくなった。
「…今日の昼休み…花城といたじゃないですか。」
絞り出した自分の声はひどく緊張していた。
だけどここまで言ってなかったことにはできず、恥ずかしさを投げやって、言葉を続ける。
哲さんの目は、俺をじっと見ている。
「何話して…たのかなと、思って」
「……。」
そんなこと、哲さんが俺に教えてやる義理もない。俺が聞くのもおかしな話だし、少し考えれば俺に不純な動機が…花城への興味があることは明らかで。気づかないでくれと、心のどこかで哲さんの天然な鈍感さに甘えた。
「今日…。あぁ、そういえば会ったな。」
哲さんは頷いて、少し考えるように目を逸らす。その頬が、柄にもなく、少し赤いように見えて、俺は胸にずきりと明確な痛みを感じた。
「そうだな…なんと言えばいいのか」
珍しく言い淀む哲さん。なんだかもう、嫌な予感しかしない。
そしてその声は、本能的に塞ぎたくなった耳の奥まで、はっきりと響いた。
「…花城のことが気になってる。」
空を見つめる哲さんの目が、何か愛おしいものを見つめるように細まった。
「だから、気持ちを伝えた」
俺はしばらく何も言えなかった。何を聞けばいいのか。聞いてもいいのか。頭が真っ白で、今の状況を確認するのが怖かった。
「…告白、したってことですか?」
口が開きっぱなしだったから、乾いてしまった声で聞くと、哲さんは俺を見た。
「いや、まだ…」
そう言って、どこか余裕のある微笑みを浮かべた。
「だが、卒業するまでには伝えようと思ってる。」
…今まで味わったことのない焦燥感が俺を襲った。
だって、花城は哲さんのことが好き。そんなの…告白なんて今しても、花城はきっと…。
「御幸も、花城のことが気になってるんだよな。」
「…え」
「悪いが、遠慮はしない。」
にこりと、どこか清々しい微笑みを浮かべ、哲さんは帰って行った。
俺はしばらく、その場から動けなかった。