「さんまるさーん…あっ、ここですね」
カラオケ店の狭い通路をぞろぞろと歩く。鷹野が先頭で部屋のドアを開き、グラスや機材を持って両手がふさがっている東条と金丸に入室を促した。
「久しぶりだなーカラオケ」
「信二どっち座る?」
ピリッと緊張感が走ったのを感じた。俺と倉持は顔を合わせずともお互いの圧を読み取った。東条と金丸も様子をうかがうような神妙な顔をして、部屋に入ったところで身動きを取らずに顔を見合わせる。
俺には…いや、おそらく男共は全員思っていた。
誰が花城の隣に座るか。
それが問題だ。
「…早く入らない?」
当事者である花城が不思議そうな顔をして、立ち止まった東条達に言う。状況を察しているらしい鷹野がこっそりと噴出した。
「あ、ああ、座ろう座ろう」
「ああ…」
結局先に入った金丸が東条に背を押される形で一番端に座った。続いて東条…と思ったら、鷹野が進み出た。
「あー私目悪いから前のほうがいい!」
「あ、じゃあ鷹野、そっち座りなよ」
東条に譲られる形で、金丸の隣に鷹野が座る。続いて東条。そのあとに自然と花城が続いた。
隣に花城が座ると、東条が花城を見て嬉しそうにニヤついた。
「よーし歌おうぜー!」
隙あらばと、倉持が俺を押しのけて部屋に入り、そのままちゃっかり花城の隣に座る。こいつ…やっぱり狙ってやがったな。仕方なく倉持の隣に座ると、勝ち誇ったような笑みを向けられてムカついた。
「何か食べよ〜!ポテト頼んでいい?」
「好きなもん食えよ」
「え〜ありがとう金丸君!」
「いや別におごらないけどな?」
「俺たこ焼き食いたいなー」
「光何食べる〜?」
「私は特に…」
席に着くとみんな歌なんてそっちのけで食べ物のメニューに集中した。テスト明けでちょうど昼飯時。腹が減っているのだ。
「じゃ、私飲み物とってくるー!」
「あ、じゃあ俺も」
「俺も!先輩たちのも入れてきましょうか?」
「おー気が利くじゃねーか。俺ファンタグレープな」
いち早く食い物を選んだ鷹野と金丸と東条がグラスをもって席を立った。東条が気を利かせると、花城がまだメニューを選んでいるのを見て一緒に残ろうと狙ったのか、倉持が自分のグラスを東条に預けた。
「御幸先輩は?」
「俺は後で自分で行くよ」
わかりました!と、1年3人組は元気よく部屋を出て行った。
「じゃあポテト盛り合わせとたこやきと、マルゲリータ2枚で…とりあえずいいですか?」
くるりとこっちを向いた花城の大きな目が俺と倉持をとらえる。この目に見つめられると不可抗力で照れる。現に俺の前にいる倉持は至近距離でこの上目遣いを食らって、うっと一瞬固まった。
「おっけー」
「じゃ、御幸先輩、注文お願いします」
「なんで俺なんだよ」
「先輩の後ろに電話があるから」
「……。」
ああ、やっぱり俺は花城に弱い…。俺はメニューを受け取って席を立つ。
「こういうのって普通後輩がやるんじゃねえのー?」
「アホかこういうのは男がやるんだよ!なあ花城さん!」
「そうですよねぇ。」
花城に媚びを売る倉持に裏切られた。花城にふふふと笑顔を向けられて、倉持はデレデレしている。
「…あ、注文お願いします。ポテト盛り合わせと…」
「花城さんってカラオケよく来るの?」
「司とよく来ます。」
「へ〜、歌手は誰が好き?」
「特に誰かのファンとかではないんですけどよく聴くのは…」
「…たこやきひとつと、マルゲリータふたつ。以上で」
ガチャン、と内線を切って、席にドカリと座る。
「へー!花城さんのイメージ通りかも。女の子らしくて…」
「そうですか?」
「はっはっは、今は猫かぶってるもんな」
「……。」
いい雰囲気の二人が面白くなくて横やりを入れたら、花城にじとりとにらまれた。そんな顔もかわいいのだけど。
「はっはっはっは!ホラ、そーいうとこ笑」
「テメーがウゼェこと言うからだろーがクソ眼鏡」
「そーですよ」
「……。」
だめだ、倉持が邪魔をする…。
ねー、と顔を見合わせる二人はすっかりいい雰囲気。というか、倉持のデレデレ緩み切った顔がウゼェ。
「ただいまでーす!」
と、そこへ鷹野たちがジュースを持って戻ってきた。3人が元の席に着く前に、あ、と花城が立ち上がる。
「私も飲み物とってくる」
「あ、はーい」
部屋に入ろうとした東条たちが通路に身をよけた。今がチャンスだ。
「あ、俺もー」
倉持は東条に飲み物を取りに行かせたから、このタイミングでドリンクバーに行くのは花城と俺の二人だけ。計画通りだ。扉を閉めようと振り返って見た倉持は、やられた、という顔をしていて可笑しくて口元がにやけた。
「あんま倉持に近づくなよ、あいつ勘違いするから」
ドリンクコーナーに向かう途中で花城に言うと、いぶかしげな視線が返ってくる。
「勘違い?」
「つーか、調子に乗るから」
「別に普通にしてるだけですけど」
「哲さんがいるんだから、あんま男と仲良くしねーほうがいいよって親切で言ってんだよこっちは」
「ちょ…」
花城は慌てて周りを見渡した。
「…急にそういう話しないでよ!」
「誰も聞いてねーって」
「……。」
花城はむすっと黙り込む。ドリンクコーナーにつき、花城はドリンクサーバーのメニューを見て選び始めた。
「…うまくいってるみたいで、よかったじゃん」
「え?」
俺はアイスコーヒーをグラスに注ぎながら、なるべく人ごとのように言った。
「こないだ、一緒に帰ってただろ」
「え、なんで…」
「グラウンドから見えた」
「えっ…。」
「平気だよ、他に誰も気づいてねーから」
俺が言うと、花城は少し安心したように視線をドリンクサーバーに戻した。
「付き合うのも秒読み?」
よくもそんなことが聞けたな、という気持ちと、もうこれ以上やめておけ、という気持ちが胸の中で入り混じった。花城の顔が見れない。うれしそうな赤い顔を、あの愛くるしい表情を、今は見たくない。
「だからそういうんじゃないってば!」
「あーはいはい」
哲さんは真面目だし、受験を控えて行動に移すとも考えにくい。ということは、冬くらいまでは猶予があるのか?なんて、チャンスがあるわけでもないだろうに、こっそり考えてしまう自分に嫌気がさした。
花城はやっと飲み物を決めたらしく、グラスに白ぶどうジュースを注いだ。
やめておけばいいのに、俺は花城の横顔を盗み見た。ほほをバラ色に染めたその横顔は、もうドリンクサーバーなんか見えていないのがまるわかりで。
俺は視線をそらして、やっぱり見たことを後悔した。