「はしーるーくもーのーかげーをーとびーこーえーるーわ〜」
部屋に戻ると鷹野が元気いっぱいの歌声を響かせていた。
「ほら詰めて詰めて」
「は?おま…」
俺は花城より前に部屋に入り、倉持を東条の隣に詰めさせて自分がそこに座った。否応なしに花城は席の端、俺の隣に座ることになる。しかしさすがに堂々と花城の隣に座りたいだなんて言えない倉持と東条は、落胆した諦めの表情で黙り込んだ。計画通り。
「なつのにーおーい おーいーかーけーて〜」
聞き覚えのある曲だ。鷹野らしい、元気で爽やかな、今の季節ぴったりの歌。
「ああーゆめはーいつまーでーもーさーめなーいー」
花城は微笑みを浮かべてリズムに合わせて体を揺らす。その姿に男たちはみんな鼻の下を伸ばして見とれている。
「うーたーうーかーぜーのーようーに〜」
鷹野はそこまで歌うとマイクを置いて、花城を見た。
「光、次曲入ってるからねー!」
「え?なんの?」
「えへへー歌ってほしいの勝手に入れちゃった!」
もう…、とあきれた視線を鷹野に送る花城。花城の歌か…ちょっと、いやかなり、聴いてみたい。
次の曲の伴奏が始まり、曲名がモニターに映し出される。
タイトルは…『je t'aime★je t'aime』。聞いたことない。アーティストも知らない。メロディーはかなりファンシーでポップだ。
「これ好きだよね司…」
「光が歌うのがいいの!」
花城はやれやれといった様子で鷹野からマイクを受け取った。さっきまでメニューを見たりお喋りしていた男共がにわかに花城に注目する。
「街角に並ぶ 映画のポスター」
…歌いだしたその声は、いつもの花城の声だけど少しつやっぽくて、甘くて、透き通っていて。音程がどうとか歌唱力がどうとかではなくて、単純にずっと聞いていたい歌声で、つい聴き入ってしまう。
「もうこの街にも飽きたわ」
少し気だるげな表情のまま淡々と歌う花城がまた、色っぽい雰囲気で目が離せない。
「受話器の向こうにため息を返す キャンセルしないで」
「…懐かしいなーこの歌、なんか聞き覚えある」
「何の曲だっけ…」
ひそひそと東条と金丸が会話する。鷹野は満足げに手拍子をして曲にノっている。
「ハートのロケットに 隠した写真誰も
知らない 本気の恋 神様は気づいてる」
そんなありふれた歌詞に、俺は少しぎくりとした。
「ジュテーム ジュテーム
かなわない夢なんて 見たくないわ」
…花城って
「でもロマンス目覚めてゆく」
なんでこんな、美人なんだろ…
「愛してるわ」
…こんな、歌詞の言葉で、ドキッとしてしまうほど。
「クレープに描く愛の傘の下で
やまぬ雨の音 ジュテーム ジュテーム」
間奏が入り、東条もノリよく上半身を揺らして花城を見つめる。金丸なんてぼーっと見惚れちまってる。
そのまま花城は歌い切り、まだ伴奏も終わらぬうちにマイクの電源を切ってテーブルに置いた。
「光可愛い〜!!」
感動して盛り上がっているのは鷹野一人。男共はみんなポケーっと花城にくぎ付けだ。そんな空気をかえるべく、俺はわざと花城をからかった。
「そんな真顔で歌う曲じゃねーだろ笑」
「うるさいなー…じゃ御幸先輩は表情まで感情込めて歌ってくれるんですね。」
「…さーてトイレにでも」
「逃がさねーぞ御幸ィ!!」
***
「席替えしようぜ!!」
1時間近くたったころ、女子二人がトイレに行っている間に倉持が提案した。
「なんで?」
俺が尋ねると倉持は鋭く俺をにらみつける。
「わかってんだろーがこのクソメガネ…」
「いやぜんぜんわかんない笑」
「テメーだけずっと花城さんの隣でズルいんだよ!」
「なんでだよ笑」
俺たちのやり取りを居心地悪そうに聞いている東条と金丸。今は金丸が歌っていたが、さすがに気まずいのかそっとマイクをテーブルに置いてしまった。
「女子が戻ってきたら席替えするぞ!!」
「別に合コンじゃあるまいしどーでもよくね?」
「いいわけあるか!こんなチャンス滅多に…」
「たっだいま〜」
突然女子たちが帰ってきて、俺たちは肩をすくめた。
「どしたのー?歌わないの?」
「あ、いや…」
鷹野が金丸に不思議そうに聞く隣で、花城は元の席…つまり俺の隣に座り、倉持の視線が俺に突き刺さる。
「光ちょっと詰めて〜」
すると鷹野が元の席に戻るのではなく、そのまま花城の隣に座ろうとした。
「こっちモニター遠いけどいいの?」
「私ずっと歌ってたから!ちょっと休憩〜」
…ということらしい。さっきまで席替えだなんだと息巻いていた倉持は、さすがに女子がいる前では言いづらいらしく、不満げに俺をにらむだけだった。
「ちょっと詰めてください」
「あ、おう」
花城の距離が近くなる。甘い、清涼な香りがする。男ばかりの寮生活では絶対に出会うことのない香りだ。
「ほらほら金丸君、曲終わっちゃうよ!歌いなよ!」
「あ、お、おう」
金丸はまたマイクを手に取り、途中から歌い始めた。登場がマラカスで盛り上げ、鷹野もテンションを上げて花城に抱き着いたり踊ったり、大盛り上がりだ。
「ちょっと、メニューとってくれませんか」
「あ、ああ」
急に花城が俺に身を寄せてきてドキっとしたところ、そういわれて慌てて取り繕う。
「いえーい!」
「きゃ…」
すると突然、鷹野の身振りにぶつかって体制を崩した花城が、よろけてこっちに倒れこんできて、咄嗟に俺の足の間に手をついた。目の前に来た花城の顔、甘い香り、きわどい場所にある花城の手。一瞬頭が真っ白になり、騒がしい音響さえも一切聞こえなくなった。
「す、すみません」
花城がうつむいたまますぐに身を起こして離れる。
「ごめん光ー!」
「もー、ちょっと落ち着いてよね。」
笑いあう女子二人の後ろで、俺は男どもからの怨念を背後から感じ、身震いした。