「ここ、ほんとに出るって噂なんだよ」
雰囲気を盛り上げるためか、遊歩道に入ると速水はそう言った。
遊歩道は早ければ10分程度で一周できる長さらしく、道は舗装されているが周りには木が生い茂って街灯もないのでかなり暗く、近くには川も流れている。
俺たちは速水が持ってきた懐中電灯の灯りを頼りに歩いた。
「何が出るんですか!?」
一番乗り気だったくせに、一番怖がっている様子で鷹野が怯えた。
「俺の友達が前に夜ここを通った時、赤い服の女の人を見たとか、声が聞こえたとか言ってたよ」
「ええ〜!」
なんてありがちな…と苦笑してしまいそうな速水の言葉を、鷹野は大袈裟に怖がって花城の腕に抱きついた。
「鷹野お前、そんな怖がりなのになんで来たがったんだよ」
「怖いもの見たさですよ!」
「なんだそりゃ…」
4人で真っ暗な遊歩道を進んだ。近くを流れる川の音がうるさいくらいに響いている。
「あ、ここ…段差あるから気をつけて」
「はーい」
速水が言うと、鷹野がアスレチックのようにジャンプをして段差を飛び降りた。
続いて花城が段差を降りようとした時、ちょっと躊躇って慎重に降りようとしたそぶりに、速水が手を差し出した。
「…すみません」
「気をつけて。」
速水の手に掴まり、花城は段差を降りる。
「速水〜、俺も俺も。」
なんだか面白くなくて、花城に見惚れている速水に俺にも手を貸せと催促した。速水は苦笑して、手を差し伸べる。
「さんきゅ。」
さっきの花城の手の感触を掻き消すように、力一杯握ってやった。速水の顔がちょっと引き攣り、俺は少し溜飲が下がった。
「きゃー!!」
その時突然鷹野が叫んで、俺たちは肩をすくめた。
「ど、どうしたの司」
「今何か聞こえなかった!?」
「え?私は何も…」
鷹野の言葉に首を横に振りながら花城が俺と速水の顔を見る。俺も速水もきょとんとして首を横に振る。
聞こえていたのはずっと川の音くらいで、そんな特別驚くような音なんて一切気が付かなかった。
「何が聞こえたの?」
また花城が聞くと、鷹野は怯えた顔で花城に縋り付く。
「なんか女の人の声みたいな…!」
「え…?気のせいじゃない?」
「絶対聞こえた!!」
鷹野はそう言って辺りを見渡した。
「もうやだ、怖い〜」
「じゃあ早く進もうか。」
花城は宥めるように言い、鷹野の背に手を添えた。その時。
「…あぁ…、……あ」
「きゃーー!!」
確かに女の悲鳴のような声が微かに聞こえた、と思った直後、鷹野が叫んで一目散に走り出した。
「あ!!…おい鷹野待てって!!」
息を呑んだ花城、その花城を置いていけないと立ち尽くしてる速水。二人を置いていくのは気がかりだが、この暗闇に鷹野を一人で放っておくわけにもいかない。
「…先行く!」
後ろ髪を引かれながらも、花城と速水をそこに残して、俺は鷹野の後を追いかけて走った。
後ろ姿は見えるがなかなか追いつけない。くっそ、あいつ、足速すぎないか!?
自分の息の音と森を駆け抜ける足音をききながら、やっと立ち止まった鷹野に追いついた時、そこはもう公園の入り口だった。車通りも人通りも多い明るい道に出て、鷹野はやっと落ち着いた様子で俺に気がついた。
「あれっ!?みんなは!?」
「ついて来れるわけねーだろ…」
俺は切れた息を整えながら、えへへー、と悪びれず笑う鷹野に呆れた視線を送った。
「でも絶対女の声聞こえましたよね!?」
「…なんか動物の声じゃねえの?」
「ほらー!聞こえてたじゃないですか!!」
そのまま鷹野としばらくそこで速水たちが来るのを待っていたが、二人はいつまで経っても出て来なかった。もう俺たちが出てから5分以上経過している。結構出口に近いところまでは来ていたし、普通に歩けばもうとっくに追いついてくるはず…。
俄かに嫌な予感がした。
「二人とも来ませんねー」
呑気にそう言う鷹野に俺は言った。
「戻って迎えに行くぞ。」
「え!?嫌です!私ここで待ってます!」
「…でも一人じゃあぶねえだろ」
「大丈夫ですよここなら人多いし明るいし!私は待ってます!!」
頑として動かないことを決めたらしい鷹野にため息をひとつ吐く。
「…じゃあ俺行ってくるから、ここから動くなよ。…あと、なんかあったら叫べよ。」
「はーい!」
そうして一人で遊歩道に戻る。一歩公園内に足を踏み入れると、外界から遮断されたように外の喧騒は聞こえなくなった。
俺はどこか焦る気持ちに急かされて、駆け足で暗い遊歩道を進んだ。川の音がうるさい。もうすぐ花城たちと別れた場所だ。そう思った時。
黒い木々の間から灯りが漏れていた。
俺は立ち止まり、無意識に息を潜めて灯りの根元に目を凝らす。
川辺のベンチに、二人の人影があった。花城と速水だ。
二人は並んでベンチに腰掛け、川のほうを見て座っている。
「花城さんが俺に興味ないのはわかってたけど…」
速水の声が聞こえた。ここでずっと話し込んでいたんだろうか。
「…さっき、好きな人がいる…って言ってたよね。」
ドキッとした。そしてすぐに、胸がずきずきと痛みだした。
おそらく速水が花城に告って、花城はそう答えたんだ。哲さんのことが、好きだから…
「…はい」
花城は静かにうなずく。受け入れたくない現実だ。
「それって…御幸?」
突然自分の名前が出てきて驚いた。速水から見て自分がそんな存在だと思われていることにも。
花城、相手が誰かまでは言っていないんだ。多分、今日俺が来たことで速水は何らかの勘違いをしている。
「……。」
だけど花城はしばらく何も答えなかった。なんで…すぐに違うって言わないんだ。いや、期待するな、俺。違うと言ったらじゃあ誰なのか聞かれるのが嫌だから答えないだけだ。きっとそうだ。
「…俺、花城さんのこと本当に…かわいいと思うし、花城さん、おとなしいけど、もっと俺に…素を出してほしいって思うし…どんな花城さんでも、俺は…す、好きだから。」
速水が花城を見つめた。
「だから…俺じゃ、だめ?」
速水の言葉を受けて、花城が少しだけ速水を見上げ、すぐにうつむいた。速水の手が、花城の背中に回って…触れようとする。
「…おい!」
たまらず、考えるよりも前に、俺は飛び出していた。
速水と花城は驚いた様子で俺を振り返り、速水は手を引っ込めた。
「あ…御幸?びっくりした」
ははは、と何事もなかったように装って言う速水。立ち上がる二人に、俺は大股で歩み寄る。
「遅いから様子見に来たんだよ」
そう答えると、花城の目が俺の背後を見る。
「…司は?」
「怖がって戻りたくねーって、出口で待ってる」
花城は納得したように頷く。
「だから、早く行くぞ」
俺は進んで行って、速水を睨みながら、花城の腕を掴んだ。
「ちょ…なんですか」
「お前らが遅すぎるからだよ!」
思ったよりも語気が強くなって少し後悔する。花城は息を呑んで黙り込んだ。
なんでこんなイラついてんだ…俺。